4 夕飯
水と牛乳をカートに積んだ。
水を一つ入れると、あと二つ、と言われた。牛乳も大きな容器を一つ取った。
「一人だと小さいのでいいんだけどね」
「そんなに飲むかなぁ」
「あなたがいると料理にも使うでしょ」
言われてみればそうだった。
私は自分がコーヒーへ入れるくらいの量しか考えていなかった。
肉売り場で大きな塊を見ると、エリコは私の顔を見た。
「焼きたい?」
「まあ、そのうちね」
「じゃ、明日。みんな呼んでもいい?」
「みんなって?」
「お隣とか。ロイにもいろいろ手伝ってもらってるし……」
私の知らない名前が続いた。
何人になるのかを彼女の指が数えているうちに、カートには肉が二つ載った。
「切るところから任せるわよ」
「道具はあるの?」
「あるわよ。何でも」
実際、何でもありそうだった。
夕飯を食べ始めるころには、窓の向こうの日差しが低くなっていた。
昨日のスペアリブには味がよく染みていた
箸では食べづらく、手で持つと、すぐ指がべたべたになった。
エリコは黙って紙ナプキンをこちらへ寄せた。
「うまいね」
「よかった」
彼女はサラダを取り分けた。
私の皿の肉の脇へ、薄緑の葉を山にして寄越した。
「そんなにいらないよ」
「食べなさい」
ダンボール箱から出したばかりのビールはぬるかった。
氷を探して冷蔵庫を開けると、エリコが席を立ち、私のグラスを取り上げた。
扉の窪みに押し当てると、大きな音を立てて氷が落ちて出てきた。
「生意気だねぇ。車のくせに」
「ハリーが欲しがったの」
グラスを受け取ると、氷の角が、手の中で響いた。
「帰ってきたら、ここで飲むつもりだったんだろうな」
口に出してから、余計なことを言った気がした。
「うん」
エリコは席へ戻った。
「ベリンダは、うるさいって言ってた。寝てるときに勝手に氷作るんですって。それがガチャガチャ言うのよ」
「それは確かに、うるさそうだ」
「でしょう」
彼女は小さく笑い、私の皿の上の肉から骨をナイフで外していた。
少しして、私の皿を見ないまま聞いた。
「水無月さん、どうしてるの」
噛んでいた肉は柔らかく、噛むのも飲み込むのも苦労は無かったが、しばらく返事ができなかった。
「どうしてるんだろうね」
「連絡してないの?」
「してないよ」
「来てるでしょ。向こうから」
私はグラスを持った。
氷が先に入ってこようとして唇に当たり、飲みにくかった。
水無月は前の妻だった。
今の妻が前の妻の様子を聞くというのは、考えてみれば妙なのだが
エリコは昔から、こちらが思っている順番では話をしない。
「何で知ってるの」
「私のところにメールが来たから」
「君に?」
「あなたと連絡が取れないって」
テーブルの下にいたベンがゆっくり動いた。
足に触れた茶色い背中を、私は踵を引いてそっと避けた。
「取れないっていうか……」
「うん」
「もう連絡しないでくれって言ったの、向こうなんだよ」
「今は、連絡したいんじゃないの」
私は骨を皿の端へ置いた。さほど広くないテーブルに並べられた隣の皿と繋がった。
「何の用だって?」
「自分で聞いて」
「聞いてないの?」
「私から聞くことじゃないでしょ」
何か知っている顔にも見えた。
知っていて言わないのか、知らないからそう言うのか、彼女の場合はわかりにくい。
「それを言うために呼んだの?」
エリコはフォークを止めた。
「片づけを手伝ってって、言ったでしょう」
「いや、そうだけど」
「それで来てくれたんじゃないの」
私は頷いた。
彼女はまた食べ始めた。
私も葉を口へ入れた。
ドレッシングに醤油が少し混ざっていて、馴染みのある味がした。
食事が終わり、皿をシンクへ運んでいると、携帯が鳴った。
エリコのだった。
電話の相手は、今夜来るつもりだったらしい。
エリコは私のほうを一度見てから、今日はね、と英語で言った。
少し聞き、もう一度、今日は、と言った。
声は柔らかかったが、そこで話を終わらせようとしているのがわかった。
「……誰?」
「キャシィ。近くの友達」
「来ればよかったのに」
「あなた、疲れてるでしょ」
「別に、平気だけど」
「私が、今日はこうしていたいの」
彼女は携帯を伏せ、蛇口を開いた。
私は何も言わず、洗った皿を受け取った。
布巾の場所を聞くと、腰のところの引き出しを顎で示された。
そこには布巾が三枚、端を揃えて重ねてあった。
拭いた皿を戻す場所は知らなかった。




