↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/21

3 家へ

彼女の住まいへ行きます。日々の時間の流れから、人間関係が戻り出して、でも少し距離を感じます。トレーラーハウスではなく、どこへでもトラックで弾いて走れるトレーラだけれど、家のように大きい。グースネックなのか5thなのかは書いていません。(よくご存知の方々、ごめんなさい)

町に入ってから、エリコは大通りを右へ折れた。


「先に、ちょっと寄るわね」


 墓地だった。

 映画で見るような芝生が一面にあるのではなく、赤い地面のあちこちに、低い石や十字架が立っていた。

そこに飾られた造花の色は、日を受けた側だけが薄くなっていた。


車を降りると、靴の縁が乾いた土へめり込んでいく。


 エリコは迷わず歩いて行く。


私はその後ろをついていったが、途中から少し距離が開いた。

彼女の歩くのが速くなったのか、私が遅くなったのか。


 小さな石の前で、彼女が止まった。

 名前と日付が彫ってあった。


日付を見て、私の知らないところでハリーの人生が終わっていたことがわかった。


それまでに知っていた友人の死という記号は、エリコから聞いた話の中にあるだけだった。


 私の中にハリーの顔がぼんやりと出てきた。


 握手をしたのを思い出した。


手の皮が厚く、顔は笑っていたけれど、何を話したかは出てこなかった。


彼と話している横で、妻のベリンダが何か付け足して話に入って来ていた。


彼らが住んでいたトレーラーの前に、布引きの椅子が二つあった。

周りにあったものが浮かんできた。


 エリコは両手を合わせ、しばらく下を向いていた。


「ハリー。来たわよ」

 小声ではなく普段の声だった。


「この人も来たの。覚えてるでしょ」

 紹介され、私はなんとなく曖昧に頭を下げた。


エリコは少し待ってから、低い声で笑った。


「そうね。まあ、何とかなると思う」


 何か石の向こうから返事があったように答えた。

考えていたことを言い直したようにも聞こえた。


私は石の脇の、ひび割れた土を見ていた。


 エリコには、時々、見ていてわからない時があった。


日本にいたころからそういうことはあったが

こちらへ来て、周りと溶け込んでからは、口調も変わった。


だからといって、私には何がどうと言うことを確かめようがない。

目の前にいる彼女が、本当に誰かと話すようにしている。

そのことは見ればわかった。


「私、行くわね」

 彼女は言った。


「また来るから」

 持っていた水を石の上へ少し流した。

濡れたところだけ、石が濃くなった。


 車へ戻るまで、私は何も聞かなかった。

ドアを開け、ステップに足をかけると、靴底から赤い粉が落ちた。


座席に腰をかけたまま靴をドアの外に出し、両足を叩いていると、反対側からエリコが言った。


「そんなに気にしなくていいわよ」


「いや、入っちゃうと、あとがね」

「毎日入るんだから」


 そう言いながらも、彼女は靴の先をステップに二度当てた。


 運転席に座っても、すぐには鍵を回さなかった。

フロントガラスの向こうで、造花が揺れていた。


「何て?」

 私は聞いた。


「何が?」

「いや。ハリー」


 エリコはこちらを見た。

意外なことを聞かれたような顔だった。


「別に」


 それから視線を戻し、


「私が、喋りたかっただけかもしれない」

 と言った。


 何か答えたほうがいいと思ったが、適当な言葉がなかった。


彼女は鍵を回した。

車がぶるっと身を揺すり、エアコンの音が大きく私たちの間を埋めた。



「今日は何食べる?」

「何でもいいよ」


「そう言って、あとから文句言うでしょ」


「言わないって」

「じゃ、昨日の残り」


「何の?」

「ほらね」


 私は笑った。

彼女も口の端で笑ったが、車を動かすまで、まだ少し時間があった。


 トレーラーは、RVパークの奥にあった。

 白い側面に茶色の模様が走り

張り出した壁の下には、昼の光が届かない深い影ができていた。

車というより、小さな家を間違ってここへ持ってきて、そのまま置いてしまったようだった。


「これを引っ張るの?」


「そのためのトラックよ」

「うちの部屋より広いんじゃないか」


「広さだけならね」


 ドアの内側で、何かがぶつかる音がした。


彼女が開けると、ベンが網戸の向こうに顔を出した。

網戸も開けると、彼は体ごと出ようとし

私たちを超えて向こうへ行く勢いだった。

呼び止められ、振り返って私の足元を回り出した。

私の匂いを嗅ぎ、鞄を嗅ぎ、もう一度私を嗅いだ。


「覚えてないか」


「覚えてるわよ。確認してるだけ」

 確認は長かった。


歓迎式が終わるとようやく通してもらい、中へ上がる。


 エアコンが天井で大きな音を立てていた。

窓には薄いブラインドが下りていて、その隙間から入る光がテーブルの上に縞を作っていた。


台所には洗ったマグカップが二つ、逆さに置いてあった。


「そこ、荷物置いていいわよ」

 奥のベッドの端を示された。


「こっちで寝るの?」

「好きなほうで」


 小さいほうのベッドには、薄い毛布が畳んであった。


私は鞄を足元へ置いた。

大きいほうを覗くのも変な気がして、荷物を置いてそのまま戻った。


 エリコは冷蔵庫から鍋を出していた。


「ほら、これ。昨日のスペアリブ。温めれば美味しいけど、少し足りない?」

「なかなかうまそうじゃない」

「じゃぁ、これね」


 鍋を戻すとき、冷蔵庫の扉から透明なケースが見えた。

皺の寄った段ボールに入った卵、半分の玉葱、ラベルの剥がれた瓶。


暮らしている冷蔵庫だった。


彼女が昨日は一人でここへ帰り、扉を開けて、

何を食べようか考えていたことが、その中身を見て感じた。


 空港で待っていた時の電話では、夕飯を食べたかどうかを聞いていた。

何を食べたのかも聞いたかもしれない。

残った半分の玉葱はどうするんだろう。


「ねえ、聞いてる?」

「何?」


「買い物。行ける? 疲れてるなら休んでていいけど」

「行くよ」


「じゃ、あれだけ中へ入れるの手伝って」


 外の収納庫に、段ボールが三つ残っていた。

 私は手前の一つを抱えた。見かけより重かった。


底が湿気で少し柔らかくなっていて、抱え直すと、中で金属の触れる音がした。


「それ、下から持って」


「何が入ってるの」

「工具とか。いろいろ」


 入り口を通るとき、段ボールの角がドアの枠に引っかかった。

エリコが向こう側から持ち上げた。


「そっち、少し下げて」

「どっち」


「あなたの右でしょ」

「最初からそう言ってよ」


 どうにかテーブルの脇へ置いた。

二人とも、指を段ボールの下から引き抜いてから腰を伸ばした。


「これ、今日やるの?」

「明日でいいわ」


 彼女は言ったが、開きかけた蓋を片手で押さえ

その上に置くものを探すように周りを見た。

結局、何も置かなかった。


ゆっくりと進めて行くつもりですが、堪え性がないので、先に進めたい魂を、細かく書くことで昇華させがちです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。