14 預かる
時間軸を再び戻します。
翌朝、キャシィは植物を抱えて来た。
私がドアを開けると、広がった葉が先に入ってきた。
尖った葉の先が私の顎をつつき、私は体を引いた。
鉢植えは見た目より重そうで
キャシィは挨拶をそこそこに、入口の段を足で探りながら上がってきた。
私が横から手を出そうとするとと、土には触らないで、と言われた。
窓際の席に鉢を置いた後も、そこに置くのをためらいがちに
彼女はすぐに手を離さなかった。
鉢を包んでいた買い物袋は、底の下へ折り込まれている。
爪のきわに土が入っていた。
バーベキューの日の鮮烈な赤い爪は、薬指と小指だけが光
、他は爪半月あたりにだけ色が残っていた。
「しばらく、置いてもいい?」
エリコは葉を一枚持ち、裏を見た。
「ここ、夜は冷えるわよ」
「家でも窓際だったもの」
「私たち、また出るかもしれないの」
キャシィはそのとき初めて私を見た。
笑顔になるまでに、ほんの少し間があった。
「星は見えた?」
私は頷いて、天の川の話をした。
すぐに出てこない言葉の代わりに腕で空の幅を示した。
彼女は興味深く話終えるのを待っていた。
私が言い終わる前から頷いていたが、続きを急かすことはなかった。
「エリィは、ああいうところが好きだから」
エリコは湯を沸かしていた。横顔だけが見えた。
「キャシィも行ったことが?」
「ずっと前ね」
誰と、と訊こうとしてやめた。
彼女が鉢を少し回したので、続きがあるのかと思ったのだった。
葉に隠れていた細い支柱がこちらを向いた。
上のほうで、茎と一緒に糸で縛られていた。
三人分のカップが並んだ。
キャシィは椅子に掛けたバッグを膝へ戻し、また掛けた。
エリコはそのたびに視線を動かさなかった。
私は外へ出ようか、と日本語で訊いた。
「どうして?」
「話、あるんじゃないの」
「コーヒー、淹れたところよ」
キャシィが私たちを交互に見たので、私は、コーヒーが熱い、と英語で言った。
彼女は笑ってカップの取っ手に触れた。
まだ飲んでいないものを熱いと言ったことが、妙に不思議だった。
しばらく、店の話になった。
キャシィは野菜を仕入れる店の名を挙げ、それからアルという名前を言った。
エリコが短く何かを返事して返す。
キャシィは私のほうへ向き直り、その店で働いている人だ、と補った。
私はそばで聞いていて聞き取れていなかったことと、関係の深さを補ってくれたことに頷いた。
「今日、店は?」
エリコが訊いた。
「午後から」
「その鉢を持って行くつもりだったの?」
「車に置いておけないでしょう」
しかし二人は、私が理解したつもりの内容を話しあっているようには見えなかった。
キャシィの携帯が震えた。
彼女はバッグを開けず、その上に手を置いた。
音が止んでから、別の話を始めた。
昨日、夫が夕食を作ったという。
肉に甘いソースをかけすぎた、と笑い、私が昨夜の鶏肉の話をすると、声を上げて笑った。
「男の人は、焦がすとソースで隠すのね」
「僕は、焼き直しただけ」
「そのほうがいいわ」
彼女はそう言ったあとで、カップに口をつけた。
エリコのコーヒーは、いつもより濃かった。
私が自分の失敗をもう一つ話そう思い、続けようとしたとき
キャシィはエリコへ何かを訊いた。
声を落としたわけではなかった。
ただ、それまでの私にもわかる速さをやめた。
聞こえたのは、昨夜と、ここ、という単語だった。
エリコは私の皿にあったパンの屑を指で集めた。
「ここへ来るとは、言ったの」
キャシィが言い直した。
今度はわかった。
「今日は来たわね」
エリコが答えた。
キャシィは唇を開き、閉じた。
それから私に向かって、あなたがいるのを忘れていた、と謝った。
笑っていたが、私が何と返しても、失礼になりそうだった。
外へ出るための理由を探し、私はゴミ袋を持った。
中身はわずかだった。
立つときに鉢植えの葉に肩が触れ、支柱ごと揺れた。
キャシィが反射的に手を出した。
私と彼女は同時に謝り、エリコは黙って見ていた。
集積所から戻っても、すぐには中へ入らなかった。
家に上がるために引き出された足かがり、その下の段に腰を掛けると、ベンが網戸の内側で鼻を鳴らした。
網戸越しに指で触れる。犬の息は湿っていた。
中の声は、意味が取れないくらいに早く聞こえた。
笑い声が一度あった。エリコの声だった。
キャシィは一時間ほどして出てきた。
鉢は持っていなかった。
私が立とうとすると、片手を私の肩に置き、そのままでいいというように軽く叩いた。
彼女が段を降りる間だけ、指の重さがあった。
「エリィを、急がせないでね」
「何?」
彼女はもう手を離していた。
聞こえなかったのか、答えず、車の鍵を探した。
私も繰り返さなかった。
中へ戻ると、カップは三つとも片づいていた。
鉢だけがテーブルの一角を占めている。
「預かるの?」
「置いてっちゃった」
エリコは葉に触れず、鉢の下の袋を引っ張った。
袋は土と水で貼りついていた。
私は向こう側から鉢を持ち上げた。
彼女はその間に皿を差し入れた。
鉢を下ろしても、二人とも少し手を残した。




