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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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観測者が選ぶ未来

 白い空間。


 そこには、何もなかった。


 空もない。


 地面もない。


 遠くまで続くはずの地平線すら存在しない。


 ただ無限の白だけが広がっている。


 その中央に、一人の少女が立っていた。


 銀色の長い髪。


 淡い金色の瞳。


 白い服。


 かつて無数の世界を観測していた存在。


 そして今。


 彼女の目の前には、一つの扉がある。


 扉に刻まれた文字。


『未来』


 少女は、その文字を見つめていた。


 しかし。


 手を伸ばしても、指先が震えてしまう。


『観測者は、選択してはならない』


 背後から声が響く。


 巨大な瞳。


 白い空間そのものを覆うほど巨大な存在。


『お前は記録するために存在する』


『選ぶことは許されない』


 少女は目を閉じた。


「……どうして?」


『何?』


「どうして、私だけ選んではいけないの?」


『お前は観測者だからだ』


「それは理由になっていない」


 少女の声は震えていた。


 けれど。


 今までとは違った。


 そこには、ほんの少しだけ怒りがあった。


「人間には未来を選べと言った」


『……』


「世界にも未来を選ばせた」


「フィリアにも」


「ノエルにも」


「リヴィアにも」


「ルシアンにも」


 少女は振り返る。


「なのに、どうして私だけが駄目なの?」


 巨大な瞳が沈黙する。


 その時。


 白い空間に、小さな光が浮かんだ。


 リヴィアたちの姿。


 ヴァロリアの研究施設。


 学院。


 エルディア王都。


 フィリア。


 ノエル。


 ミレイア。


 そして。


 ルシアンとリヴィア。


 観測者は、その映像を見る。


「……」


 彼女は静かに呟いた。


「私が残した未来」


「私が見つめ続けた未来」


「私が失いたくなかった世界」


 そして。


「全部、私の選択だった」


 リヴィアが映像の向こうから答える。


「はい」


「……」


「だからこそ」


 リヴィアは静かに続ける。


「最後くらい、自分のために選んでもいいと思います」


 観測者は目を見開く。


『自分のため……』


「はい」


『でも、それを選んだら、何かを失うかもしれない』


「そうですね」


『怖くないの?』


 リヴィアは少しだけ笑った。


「怖いですよ」


「今でも」


 ルシアンが隣に立つ。


「僕たちだって、未来がどうなるか分かりません」


「それでも」


 リヴィアは彼を見る。


「選びたいと思える未来があるから」


 観測者は二人を見る。


 その表情には。


 今まで一度も見せなかった感情が浮かんでいた。


 羨望。


 寂しさ。


 そして。


 ほんの少しの憧れ。


「……私にも」


 観測者が呟く。


「そんな未来があるのかな」


 フィリアが答える。


「あるよ」


 観測者が驚いてフィリアを見る。


「どうして?」


「だって」


 フィリアは首を傾げた。


「まだ決めてないから」


「……」


「決めてないなら、これから決められる」


 ノエルも頷く。


「僕もそうだった」


「未来なんてないと思ってた」


「でも、名前をもらって」


 ノエルは自分の胸に手を置く。


「明日があるって思えた」


 観測者は二人を見る。


「……あなたたちは」


 小さく笑う。


「本当に不思議ね」


「よく言われます」


 リヴィアが答えた。


「誰に?」


「……以前の私自身に」


「?」


「いえ、何でもありません」


 フィリアが首を傾げる。


「今の、面白かった?」


「……少しだけ」


 ルシアンが笑う。


「リヴィアらしいですね」


「ルシアン様まで……」


 緊張していた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


 観測者はその光景を見つめていた。


 そして。


 初めて。


 笑った。


「……これが」


「未来を選ぶということ?」


「たぶん」


 リヴィアは頷く。


「正解かどうかは、誰にも分かりません」


「それでも?」


「それでもです」


 観測者は扉を見る。


 手を伸ばす。


 今度は。


 震えなかった。


 指先が扉に触れる。


 その瞬間。


 巨大な瞳が大きく開いた。


『選択を停止せよ』


 空間が揺れる。


『お前が選択すれば、観測体系そのものが崩壊する』


 観測者は扉から手を離さなかった。


「……それでも」


『何?』


「私は」


 彼女は振り返る。


「観測者であることをやめる」


 巨大な瞳が震えた。


『許可しない』


「許可を求めているんじゃない」


 観測者は初めて。


 はっきりと言った。


「自分で決めたの」


 その瞬間。


 白い空間に巨大な亀裂が走った。


「……!」


 リヴィアが息を呑む。


 観測者を中心に、無数の水晶が砕けていく。


 世界の記録。


 過去の可能性。


 選ばれなかった未来。


 その全てが、一度だけ光になって消えていく。


「危険です!」


 リヴィアが叫ぶ。


「このままだと、全部の記録が!」


 ルシアンがリヴィアの肩を掴む。


「下がって!」


 しかし。


 観測者は叫ばなかった。


 逃げもしなかった。


 ただ。


 一つ一つの水晶を見つめていた。


「……ごめんなさい」


 彼女は呟く。


「私は、ずっとあなたたちを閉じ込めていた」


 水晶の中に。


 かつての世界が映る。


 笑う人。


 泣く人。


 戦う人。


 恋をする人。


 そして。


 未来を選ぶ人。


「全部を残したかった」


「でも」


「残すことと、生かすことは違った」


 一つの水晶が砕ける。


「だから」


 観測者は目を閉じた。


「これからは、あなたたち自身に任せる」


 その瞬間。


 巨大な瞳が動いた。


『愚かな選択だ』


「……」


『全てを失うぞ』


 観測者は目を開いた。


「それでも」


 彼女は微笑む。


「一つを選べる未来の方がいい」


 巨大な瞳に亀裂が走った。


 そして。


 バキィィィン!


 巨大な瞳が砕けた。


「……!」


 白い空間が光に包まれる。


 リヴィアたちは思わず目を閉じた。


 しばらくして。


 静かになる。


「……終わった?」


 フィリアが恐る恐る目を開く。


 そこには。


 もう巨大な瞳はなかった。


 観測者だけが立っていた。


 しかし。


 彼女の姿は以前とは違っている。


 銀色の髪はそのまま。


 淡い金色の瞳も同じ。


 だが。


 白い服の胸元に。


 一つの小さな青い結晶が輝いていた。


「……これは?」


 観測者自身が驚いている。


 リヴィアが近づく。


「何か変わりましたか?」


「分からない」


 観測者は結晶に触れる。


「でも」


 少し笑う。


「何も記録されていない」


「……え?」


「この結晶には」


「私の未来が、まだ書かれていない」


 リヴィアは微笑んだ。


「それなら」


「はい?」


「ちょうどいいですね」


「何が?」


「これから、自分で書けます」


 観測者は少しだけ目を見開く。


 そして。


「……そうね」


 小さく頷いた。


「名前も」


 彼女は自分の胸元を見る。


「まだ持っていない」


 フィリアがすぐに言った。


「じゃあ、名前をつけよう」


「え?」


「リヴィアが得意」


「フィリア?」


「私にもつけてくれた」


 観測者がリヴィアを見る。


「あなたが?」


「はい」


 リヴィアは少し困ったように笑う。


「でも、名前はとても大切なものですから」


「だから?」


「あなた自身が選んだ方がいいと思います」


「……」


 観測者は考える。


 長い沈黙。


 そして。


「一つだけ」


「はい」


「名前を考える時間を、もらってもいい?」


 リヴィアは笑った。


「もちろんです」


「ありがとう」


 その瞬間。


 白い空間の奥に。


 新しい景色が生まれた。


 緑の草原。


 青い空。


 小さな町。


 人々の笑い声。


「……」


 観測者は驚いた顔でそれを見る。


「世界……?」


「新しい世界ですか?」


 ルシアンが尋ねる。


 観測者は首を横に振った。


「違う」


「これは」


 彼女は少しだけ笑う。


「私が選ばなかった未来」


「……」


「観測者ではなく」


「一人の人間として生きた未来」


 その世界では。


 一人の少女が町を歩いていた。


 誰にも観測されない。


 誰にも命令されない。


 ただ。


 普通に生きている。


 観測者はその少女を見つめる。


「この未来も、消さなくていい?」


「もちろんです」


 リヴィアが答える。


「選ばなかった未来も、あなたの一部ですから」


「……」


 観測者は静かに頷いた。


 そして。


 白い空間が少しずつ崩れ始める。


「この場所も終わるの?」


 ノエルが尋ねる。


「たぶん」


 観測者が答える。


「観測する必要がなくなったから」


「じゃあ、どうするの?」


 フィリアが聞く。


「私も」


 観測者は少し考える。


「未来を探してみる」


「一人で?」


「……」


 観測者はリヴィアを見る。


「もし許してくれるなら」


「エルディアに来ますか?」


 リヴィアが尋ねた。


 観測者は目を丸くした。


「いいの?」


「はい」


「でも、私は……」


「あなたも、もう観測者ではありません」


 リヴィアは微笑む。


「だったら、一緒に学院へ行ってみませんか?」


「学院?」


「はい」


 フィリアが嬉しそうに言う。


「パンもある」


「……」


 観測者が少し困った顔をする。


「それは、そんなに重要なの?」


「重要です」


 リヴィアが真顔で答えた。


「ただし」


「一人一個です」


 フィリアが付け加える。


「……」


 ルシアンが笑った。


「それはフィリアにだけ適用してください」


「ルシアン様!」


 リヴィアが振り返る。


 観測者も。


 ノエルも。


 ミレイアも。


 思わず笑った。


 その笑い声の中で。


 白い空間が光へ変わっていく。


 最後に。


 一つの記録だけが残った。


『第五記録――完了』


『観測者――観測を終了』


『世界――自由』


『未来――未確定』


 そして。


 最後の一文。


『選択する権利――全存在へ』


 光が消える。


 次の瞬間。


 リヴィアたちは、ヴァロリアの地下研究施設へ戻っていた。


 誰も言葉を発しない。


 ただ。


 黒い水晶だけが静かに輝いている。


 その表面に。


 新しい文字が浮かんだ。


『観測――終了』


『記録――完了』


 そして。


 最後に。


『次なる記録――人間自身が作る未来』


 リヴィアはその文字を見つめた。


「……」


 もう。


 次に何が起こるかは。


 誰にも分からない。


 観測者も。


 巨大な瞳も。


 世界を決めるシステムも。


 すべて消えた。


 これから先は。


 人間自身が未来を作る。


 リヴィアは隣を見る。


 ルシアンがいる。


 フィリアがいる。


 ノエルがいる。


 ミレイアがいる。


 そして。


 まだ名前のない観測者がいる。


「……帰りましょう」


 リヴィアが言った。


「エルディアへ」


 ルシアンが頷く。


「はい」


 フィリアも笑う。


「パン」


「……」


 リヴィアが額に手を当てる。


「あなたは本当にそればかりですね」


「大事だから」


「分かりました」


 リヴィアは苦笑した。


「帰ったら一つだけ買いましょう」


「二つ」


「一つです」


「……一個半」


「パンに半分という概念を持ち込まないでください」


 研究施設に。


 小さな笑い声が響いた。


 その声を。


 今度は誰も記録していない。


 誰も観測していない。


 ただ。


 そこにいる人々が。


 自分たちの未来として、生きている。


 それだけだった。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


第二章では、リヴィアたちが「決められた未来」と向き合い、そして最後には、自分自身の未来を選ぶところまで辿り着きました。


観測される世界。

選ばれなかった未来。

そして、未来を記録する者自身の選択。


長い旅になりましたが、彼女たちはようやく、自分たちの足で未来へ進めるようになりました。


そして物語は、ここで終わりではありません。


第三章では、リヴィア、ルシアン、セレネ、フィリア、ノエルたちの新しい日常と、それぞれが選んでいく未来が始まります。


二人の関係も、まだ答えは出ていません。


これから彼らがどんな未来を選ぶのか。

そしてリヴィアが最後にどんな答えを出すのか。


ぜひ、これからも見届けていただけると嬉しいです。


もしこの物語を「続きも読みたい」と思っていただけましたら、評価やブックマーク、感想などで応援していただけると大きな励みになります。


皆さんの応援が、この物語の次の一歩につながります。


それでは、第三章。


『自分たちで選ぶ未来』で、またお会いしましょう。

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