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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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未来を諦めない者

 その日の夜。


 リヴィアは自室の窓辺に立っていた。


 夜空には無数の星が浮かんでいる。


 以前なら、その星空を見ても「観測されている世界」という言葉が頭に浮かんだだろう。


 しかし今は違う。


 この世界は自由になった。


 誰かに筋書きを決められることもない。


 未来を奪われることもない。


 それでも――。


 今日、別の未来が存在することを知った。


「選ばれなかった未来……」


 リヴィアは小さく呟く。


 昼間に見たフィリア。


 あの世界のフィリアは、誰にも選ばれなかった未来に取り残されていた。


 もし、あの未来が消えていたら。


 もし、自分たちが気づかなかったら。


「……」


 リヴィアは胸元に手を当てた。


 神谷紗月だった頃の自分も、似たようなものだった。


 あの世界では死んだ。


 けれど、その未来を消してしまうのではなく。


 そこに生きていた自分も、自分自身として受け入れた。


「だから……」


 リヴィアは窓を閉める。


「選ばれなかった未来も、存在した意味はある」


 その時。


 扉がノックされた。


「リヴィア様」


 侍女の声。


「はい」


「フィリア様がお見えです」


「フィリアが?」


 リヴィアは扉を開けた。


 そこにはフィリアが立っていた。


 昼間とは違い、少し不安そうな顔をしている。


「どうしました?」


「眠れない」


「……」


 リヴィアは少し驚く。


「怖い夢でも?」


「違う」


 フィリアは首を横に振る。


「今日見た私のことを考えてた」


「……そうですか」


「私は、あの子を助けられない?」


 リヴィアは答えに迷った。


「今は、分かりません」


「そう」


 フィリアは俯く。


「でも」


 リヴィアは続ける。


「あなたが心配する必要はありません」


「どうして?」


「あなたはもう、自分の未来を選んだからです」


「……」


「それに」


 リヴィアは微笑む。


「未来を選ぶことは、他の未来を憎むことではありません」


 フィリアが顔を上げる。


「……」


「自分が選ばなかった道があったとしても、その道を歩いた自分を否定する必要はないんです」


 フィリアはじっとリヴィアを見る。


「リヴィアも?」


「え?」


「別のリヴィアがいたら?」


「……」


 リヴィアは少し笑った。


「きっと、いると思います」


「会いたい?」


 その質問に。


 リヴィアはすぐには答えられなかった。


「……少しだけ」


「どうして?」


「自分がどんな選択をしていたのか、知りたいから」


「でも、怖くない?」


「怖いですよ」


 リヴィアは正直に答える。


「違う未来の私を見たら、今の自分を否定したくなるかもしれません」


「……」


「でも、それでも」


 リヴィアは自分の胸に手を置く。


「私は今の私を選びたい」


 フィリアは静かに頷いた。


「分かった」


「何がです?」


「私も、今の私を選ぶ」


 リヴィアは微笑んだ。


「はい」


 二人が話していると。


 再び扉がノックされた。


「リヴィア」


 聞き慣れた声。


「……ルシアン様?」


「はい」


 扉を開ける。


 そこにはルシアンが立っていた。


「夜遅くにすみません」


「どうしたんですか?」


「父上から連絡がありました」


「ヴァロリアから?」


「はい」


 ルシアンは一枚の封書を取り出す。


「ヴァロリアの研究施設からです」


 リヴィアの表情が変わった。


「研究施設……」


「今日の観測現象について、向こうでも確認されたようです」


「こちらだけではなかったんですね」


「ええ」


 ルシアンは封書を開く。


「『記録されなかった未来への接続現象』」


 リヴィアは眉を寄せる。


「同じ現象を?」


「はい」


「どこで?」


「研究施設の地下にある記録保管室です」


 フィリアが尋ねる。


「何があったの?」


「一冊の本が開いたそうです」


「本?」


「はい」


 ルシアンが一枚の報告書を見せる。


「記録されていない人物の名前が、次々に書かれていたそうです」


 リヴィアの目が見開かれる。


「記録されていない人物……?」


「しかも」


 ルシアンが続ける。


「名前だけではありません」


「何が?」


「その人物が選ばなかった未来まで記録されている」


「……」


 リヴィアは報告書を見る。


 そこには、いくつもの名前が並んでいた。


 しかし。


 その中に、一つだけ見覚えのある名前があった。


「……ミレイア」


 フィリアが顔を上げる。


「ミレイア?」


「はい」


 リヴィアはその名前を指でなぞる。


「彼女の名前があります」


 ルシアンも頷く。


「だから、明日ヴァロリアへ向かおうと思っています」


「明日?」


「兄上も同行します」


 リヴィアは少し考えた。


 そして。


「私も行きます」


「そう言うと思っていました」


「……」


「ただし」


 ルシアンが少し真剣な表情になる。


「危険だと判断したら、すぐに戻ってください」


「分かっています」


「本当に?」


「本当です」


「以前も同じことを言って、地下遺跡に――」


「……」


 リヴィアが目を逸らす。


「それは……」


「それに」


 ルシアンが続ける。


「以前のリヴィアなら、危険があれば自分一人で調べに行っていたでしょう」


「……」


「今は?」


 リヴィアは少し考える。


「……誰かに相談します」


「成長しましたね」


「子供扱いしないでください」


 フィリアが突然言った。


「リヴィアは子供じゃない」


「フィリア?」


「リヴィアは強い」


「……」


「でも、危険なところに行くときは私も行く」


 ルシアンが微笑む。


「頼もしいですね」


「うん」


 リヴィアは苦笑する。


「でも、フィリアも無理はしないでくださいね」


「分かった」


 そして。


 フィリアは少し考えてから言った。


「パンも一個にする」


「……」


 リヴィアは固まった。


「それは、今の話と関係ありますか?」


「大切なこと」


 ルシアンが笑う。


「確かに重要ですね」


「ルシアン様まで……」


 部屋に小さな笑い声が響いた。


 しかし。


 その夜。


 ヴァロリア王国の地下研究施設では。


 誰も笑っていなかった。


 白い石造りの地下室。


 青い魔力結晶が壁に埋め込まれている。


 研究員たちは、一冊の古い本を囲んでいた。


 その本には。


 存在しないはずの名前が次々と浮かんでいた。


『ミレイア・ノクス』


『選択――故郷に戻らない未来』


『選択――母を探さない未来』


『選択――研究を継がない未来』


「……」


 研究員の一人が震える。


「これは、本人が選ばなかった未来なのか?」


「分かりません」


 別の研究員が答える。


「しかし、記録が勝手に増えています」


「止められないのか?」


「無理です」


 その時。


 ページが突然めくれた。


 誰も触れていない。


 次のページに、一つの名前が現れる。


『ルシアン・ヴァルクレスト』


 研究員たちが息を呑む。


 そして。


 その名前の下に、文字が浮かぶ。


『選択されなかった未来――存在』


『第二存在――分岐』


『未来――未確定』


 さらに。


 その隣に別の名前が浮かぶ。


『リヴィア・アーデント』


 研究員の一人が後退する。


「……二人の未来が接続している」


「どういう意味だ?」


「分かりません」


 本のページがさらにめくられる。


 そこに描かれていたのは。


 リヴィアとルシアンが並んで立つ姿。


 しかし。


 その二人の背後には、無数の別の未来が存在していた。


 結婚している未来。


 別れている未来。


 出会わなかった未来。


 王都を離れた未来。


 戦争に巻き込まれた未来。


 そして。


 誰も選ばなかった未来。


 無数の可能性。


 それらが一本の糸のように繋がっている。


 そして、その中心に。


 一つの文字が浮かんだ。


『第四記録――開始』


 研究員たちは言葉を失った。


 同じ頃。


 エルディア王国。


 リヴィアの部屋。


 彼女は窓の外を見ていた。


 まだ眠れない。


 明日はヴァロリアへ向かう。


 ミレイア。


 彼女の選ばなかった未来。


 そして。


 ルシアンの選ばなかった未来。


「……」


 リヴィアは小さく息を吐いた。


「また未来ですか」


 しかし。


 以前ほど恐ろしくはなかった。


 なぜなら。


 今の自分には、一緒に未来を選んでくれる人たちがいる。


 エヴリン。


 アルベルト。


 フィリア。


 そして――。


「……ルシアン」


 名前を口にしただけで、少しだけ頬が熱くなる。


「……」


 リヴィアは慌てて布団に潜り込んだ。


「今は考えません!」


 しかし。


 目を閉じても。


 ルシアンの顔が浮かんでくる。


「……もう」


 リヴィアは枕に顔を埋めた。


 その頃。


 王城の地下では。


 黒い水晶の小さな瞳が、静かに開いていた。


 しかし。


 今回は文字を表示しなかった。


 代わりに。


 ほんの一瞬だけ。


 水晶の中に、二人の姿が映った。


 リヴィアとルシアン。


 そして、その周囲に広がる無数の未来。


 最後に。


 黒い瞳の奥で。


 一つの問いだけが浮かんだ。


『もし――』


『誰かが自分の未来を諦めたなら』


『その未来を、誰が選ぶのか』


 黒い瞳が閉じる。


 明日。


 リヴィアたちはヴァロリアへ向かう。


 そこで待っているのは。


 ミレイアが選ばなかった未来。


 そして。


 まだ誰も知らない――。


 第四記録だった。

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