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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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まだ名前のない未来

 翌朝。


 リヴィアは学院へ向かう馬車の中で、昨日書いた課題のことを考えていた。


 膝の上には、一枚の紙。


 そこには、昨日の夜に自分で書いた文章がある。


『私が望む未来は――自分の大切な人たちと、一緒に笑っていられる未来です』


 そこまでは問題ない。


 問題は、その下だった。


『そして、その隣に誰がいるのかは――』


 そこから先が空白になっている。


「……」


 リヴィアは紙を見つめる。


「書けません……」


 小さな声が馬車の中に落ちた。


 もちろん、書けない理由は分かっている。


 昨日。


 ルシアンから言われた言葉。


『君が自分で答えを出すまで、僕は待ちます』


 その言葉を思い出すだけで、胸の奥が少し熱くなる。


「……本当に、困った人です」


 リヴィアは紙を折りたたんだ。


 そして窓の外を見る。


 王都の街並みが流れていく。


 以前の自分なら、こういう未来について考えること自体を避けていただろう。


 ゲームのシナリオには、自分の結末が用意されていた。


 だから未来は恐ろしいものだった。


 しかし今は違う。


 未来には、何も書かれていない。


 だからこそ――。


「自分で書かなければならないんですね」


 馬車が学院の前で止まった。


 リヴィアが降りる。


 すると。


「おはよう、リヴィア!」


「おはようございます」


 エヴリンが駆け寄ってきた。


「昨日の課題、書いた?」


「一応」


「見せて」


「嫌です」


「即答!?」


 エヴリンが頬を膨らませる。


「どうして?」


「恥ずかしいからです」


「そんなに?」


「……はい」


「じゃあ私も見せるから」


「それとこれとは別問題です」


「ずるい!」


「お互い様です」


 二人が笑う。


 その時。


「おはようございます」


 後ろから声がした。


「……」


 リヴィアの笑顔が一瞬だけ固まる。


 ルシアンだった。


「おはようございます、ルシアン様」


「おはようございます」


 リヴィアも挨拶する。


 そして。


 昨日のことを思い出す。


 顔が少し熱くなる。


「……?」


 ルシアンが不思議そうに見る。


「どうしました?」


「い、いえ」


「顔が赤いですが」


「赤くありません」


「そうですか?」


「はい」


「では、僕の見間違いですね」


「そうです」


 即答するリヴィア。


 エヴリンが隣で笑いをこらえている。


「……」


 リヴィアが横目で睨む。


 エヴリンは慌てて口を閉じた。


 しかし、その直後。


「リヴィア」


「はい?」


「昨日の課題ですが」


「……!」


 ルシアンが言った。


「僕は少し書きました」


「そうなんですか?」


「はい」


「何と?」


「秘密です」


「……」


 リヴィアは目を細めた。


「私には聞いたのに?」


「聞いてはいません」


「……」


 確かに。


 ルシアンは聞いていない。


 ただ、エヴリンと一緒に話していただけだ。


「……ずるいです」


「何がです?」


「昨日からそればかりですね」


「気に入っている言葉なので」


 ルシアンが微笑む。


 リヴィアは何も言えなくなった。


 エヴリンがとうとう吹き出した。


「ふふっ……」


「エヴリン!」


「ごめん!」


 三人はそのまま教室へ向かった。


 しかし。


 午前の授業が始まっても、リヴィアの頭から昨日の観測記録は離れなかった。


『第二記録』


『対象――リヴィア・アーデント』


『選択――未来の伴侶』


 黒板を見ながら、リヴィアは考える。


 もし、本当に観測されているのなら。


 自分が誰を選ぶのか。


 それを記録することに、何の意味があるのだろう。


 そして。


 なぜ自分だけなのか。


「……」


 ペンが止まる。


「リヴィア?」


 隣の席からエヴリンが小声で呼ぶ。


「大丈夫?」


「はい」


「また考えすぎてる?」


「……少し」


 エヴリンは小さく笑った。


「だったら、放課後に考えよう」


「どうして?」


「今は授業だから」


「……」


 リヴィアは黒板を見る。


 確かに先生がこちらを見ている。


「リヴィア嬢」


「はい!」


「今の問題を」


「……」


 教室中の視線が集まる。


 リヴィアはゆっくり立ち上がった。


「ええと……」


 黒板を見る。


 問題を見る。


 そして。


「……分かりません」


 教室が静まり返る。


 先生が目を丸くする。


「珍しいな」


「申し訳ありません……」


 リヴィアが座る。


 エヴリンが小声で言った。


「未来のことを考えすぎて、現在の授業を忘れてるよ」


「……返す言葉もありません」


 昼休み。


 リヴィアたちは中庭のベンチに座っていた。


 暖かな風が吹き、木々の葉が揺れている。


 そこへ、アルベルトとカイルもやってきた。


「ここにいたのか」


「アルベルト様」


「一緒に食べてもいいか?」


「もちろんです」


 全員が昼食を広げる。


 すると。


 アルベルトがリヴィアを見る。


「そういえば、課題は書いたか?」


「はい」


「未来についてのやつか」


「そうです」


 アルベルトは頷く。


「僕も書いた」


「何と書いたんですか?」


 エヴリンが尋ねる。


「それは――」


 アルベルトが少し困った顔をする。


「秘密だ」


「……」


 エヴリンがじっと見る。


「どうして皆、秘密にするの?」


 カイルが静かに言った。


「未来なんて、人に見せるものではないだろう」


「カイルまで……」


 エヴリンが肩を落とす。


「では、カイル様は何と書いたんですか?」


「僕は――」


 カイルは少し考える。


「守りたいものを守れる人間になりたい、と」


 リヴィアは静かに頷いた。


「カイル様らしいですね」


「そうか?」


「はい」


 それぞれの答えが違う。


 けれど。


 誰もが自分自身の未来を考えている。


 その光景を見て、リヴィアは少し安心した。


 ゲームの世界だった頃。


 人々は、それぞれ決められた役割を持っていた。


 けれど今は。


 誰もが自分の未来を考えている。


 その時だった。


 中庭の噴水の水面が、一瞬だけ銀色に光った。


「……」


 リヴィアは気づいた。


 水面に、小さな文字が浮かんでいる。


『第二記録――継続』


 そして。


『選択対象――拡張』


「……拡張?」


 リヴィアが呟く。


「どうしました?」


 ルシアンが聞く。


「記録の対象が……私だけではなくなったようです」


 全員が顔を見合わせる。


「どういう意味だ?」


 アルベルトが尋ねる。


「分かりません」


 リヴィアが水面を見る。


 次々と文字が浮かぶ。


『アルベルト・レインハルト』


『エヴリン・ローゼン』


『カイル・エヴァンス』


『リヴィア・アーデント』


『ルシアン・ヴァルクレスト』


 そして。


 最後に一つ。


『複数の選択が未来を形成する』


「……」


 ルシアンが水面を見つめる。


「つまり、リヴィアだけではない」


「はい」


「僕たち全員の選択を記録している」


「そうみたいです」


 エヴリンが少し考えた。


「でも、それなら……」


「何ですか?」


「少し安心した」


 リヴィアが驚く。


「安心?」


「うん」


 エヴリンは水面を見ながら言う。


「誰か一人の未来だけを決めようとしているわけじゃないから」


「……」


「私たち一人一人が選んだものが、これからの世界を作るんだと思う」


 リヴィアはその言葉を聞いて、微笑んだ。


「そうですね」


 すると。


 水面の文字が変化する。


『第二記録――仮説』


『人間の未来は、単独では成立しない』


『他者との選択によって変化する』


 そして。


『観測対象――関係性』


 銀色の光が消えた。


 しばらく誰も口を開かなかった。


「……」


「……」


「……」


 最初に沈黙を破ったのはエヴリンだった。


「つまり……」


 彼女は少しだけ顔を赤くする。


「恋愛も記録されるってこと?」


「……」


 全員が黙る。


 アルベルトが咳払いをした。


「その可能性はあるな」


「……」


 エヴリンの顔がさらに赤くなる。


 リヴィアも同じだった。


「……」


 隣を見る。


 ルシアンと目が合った。


「……」


「……」


 二人とも、なぜか同時に視線を逸らした。


 カイルが静かに立ち上がる。


「僕は先に戻る」


「待って、カイル!」


 エヴリンが慌てる。


 アルベルトも立ち上がった。


「僕も行こう」


「アルベルト様まで!?」


 四人が去っていく。


 中庭に残ったのは、リヴィアとルシアンだけだった。


「……」


「……」


 気まずい沈黙。


 風が吹く。


 リヴィアの灰金色の髪が揺れる。


 ルシアンがそれを見つめた。


「リヴィア」


「はい」


「僕たちの選択が、未来を作るそうです」


「……そうですね」


「なら」


 ルシアンが一歩だけ近づく。


「僕は、これからも君と過ごす時間を大切にしたい」


 リヴィアは顔を上げる。


「それが、今の僕の選択です」


「……」


 リヴィアは胸の前で指を組む。


「私も……」


 言葉を探す。


「ルシアン様と過ごす時間は、好きです」


 ルシアンの目がわずかに見開かれる。


 リヴィア自身も言った直後に気づく。


「……」


「……」


「今のは、その……」


 顔が赤くなる。


「恋愛的な意味とは限りませんから!」


「はい」


 ルシアンが笑う。


「分かっています」


「本当に?」


「ええ」


「……」


 リヴィアは少しだけ唇を尖らせる。


「でも」


 ルシアンが続ける。


「その答えを聞けただけで、僕は十分嬉しいです」


 リヴィアは何も言えなかった。


 ただ。


 その顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。


 そしてその瞬間。


 学院の噴水の底。


 誰にも見えない場所で、銀色の瞳が開いた。


『第二記録――進行』


『関係性――確認』


『選択――自由』


『未来――未確定』


 最後に。


 一つの新しい文字が浮かぶ。


『第三記録――準備』


 その記録の対象として表示された名前は――。


『フィリア』


 銀色の瞳が静かに閉じた。

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