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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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王子が待ち続ける未来

王城へ続く扉が閉じた。


その向こうには、いつもの王城とは少し違う空気が流れていた。


以前なら、王族同士の会談と聞くだけで緊張していたかもしれない。


けれど今のリヴィアは違う。


ここで話すのは、ゲームの未来ではない。


悪役令嬢としての結末でもない。


自分自身の未来だ。


「緊張している?」


隣を歩くルシアンが尋ねる。


「……少しだけ」


「意外だね」


「婚姻について正式に話すんですよ?」


「それなら、緊張するのも当然か」


「殿下は緊張していないんですか?」


「しているよ」


「……嘘です」


リヴィアは即座に言った。


ルシアンはいつも通り落ち着いている。


「顔に出ていないだけ」


「それは私も同じです」


「そう?」


「はい」


ルシアンは少し笑った。


「じゃあ、僕たちは似てきたのかもしれないね」


「……」


リヴィアは返事をしなかった。


ただ、少しだけ頬が熱くなった。


二人が会議室へ入る。


そこにはエルディア国王アレクシスを中心に、王妃や数名の重臣が集まっていた。


そして――。


ヴァロリア王国から来た使者の中には、レオンハルトの姿もあった。


「久しぶりですね、リヴィア嬢」


「レオンハルト殿下」


リヴィアは礼をする。


レオンハルトは穏やかに笑った。


「弟から話は聞いています」


ルシアンが眉を上げる。


「兄上、余計なことまで話していないでしょうね」


「さて、どうでしょう」


「……」


リヴィアは二人を見る。


兄弟なのに、どこか性格が違う。


ルシアンが少し困った顔をするのを見て、リヴィアは思わず笑った。


「ふふ……」


ルシアンがこちらを見る。


「何?」


「いえ」


リヴィアは口元を隠す。


「殿下でも、そのような顔をするんだと思って」


「兄上のせいだよ」


「私のせいにしないでください」


レオンハルトが笑う。


会議室の空気が少しだけ柔らかくなった。


しかし、国王が咳払いをすると、全員が姿勢を正す。


「では、本題に入ろう」


アレクシスが二人を見る。


「両国は今回の一連の事件を通じて、以前より強い協力関係を築く必要があると判断した」


「ヴァロリアも同意しています」


レオンハルトが答える。


「特に世界観測に関する記録については、今後も共同で調査する必要があるでしょう」


リヴィアは頷いた。


「私も賛成です」


「ただし――」


国王が一枚の書類を机に置く。


「もう一つ、重要な議題がある」


リヴィアは書類を見る。


そこには――。


『リヴィア・アーデント』


『ルシアン・ヴァルクレスト』


二人の名前が並んでいた。


リヴィアの心臓が大きく跳ねる。


「両王家は、二人の婚姻について正式な協議を開始したい」


静かな部屋に、その言葉が響いた。


リヴィアは書類を見つめた。


以前なら。


この話を聞いただけで、ゲームのバッドエンドを連想していただろう。


悪役令嬢として王族と結ばれる未来。


政治的な婚姻。


決められた人生。


けれど――。


今は違う。


「……お父様」


「何だ?」


「この婚姻について」


リヴィアは顔を上げる。


「私は、まだ答えを出していません」


国王は頷いた。


「分かっている」


「では――」


「急かすつもりはない」


その言葉に、リヴィアは少し驚いた。


「今回の戦いを通じて、私は理解した」


国王は静かに続ける。


「未来を誰かに決めさせるべきではない」


リヴィアの胸が温かくなる。


「だから、これは両王家からの提案だ」


「命令ではない」


「……ありがとうございます」


リヴィアは深く頭を下げた。


すると、レオンハルトがルシアンを見る。


「お前は?」


「僕は、前にも言った通りです」


ルシアンは落ち着いて答える。


「リヴィアが決めるまで待ちます」


レオンハルトは微笑む。


「そうか」


「ただし」


ルシアンが続ける。


「僕自身の気持ちは、変わりません」


リヴィアの心臓が跳ねる。


「……!」


レオンハルトが少し楽しそうに弟を見る。


「随分と素直になったな」


「兄上」


「何だ?」


「今は真面目な会議です」


「そうだな」


そう言いながら、レオンハルトは笑っている。


リヴィアは顔を赤くしながら視線を落とした。


国王も少し笑った。


「では、具体的な話は後日にしよう」


「はい」


会議が終わる。


リヴィアが立ち上がると、ルシアンが隣に来た。


「大丈夫?」


「……はい」


「本当に?」


「はい」


少し間を置いて。


「ただ……」


「うん?」


「殿下は、あんなところであのようなことを言わなくても……」


「どのこと?」


「気持ちは変わらない、という……」


「本当のことだから」


「……」


リヴィアは何も言えなくなった。


ルシアンは少しだけ笑う。


「嘘をつく必要はないでしょう?」


「そうですけど……」


「嫌だった?」


リヴィアは足を止める。


「……嫌ではありません」


「それならよかった」


ルシアンが歩き出す。


リヴィアはその背中を見る。


「殿下」


「ん?」


「私が……」


言葉が出てこない。


もし。


自分が答えを出すなら。


その答えは――。


でも、まだ怖い。


恋というものを、自分はずっと避けてきた。


攻略対象から離れることばかり考えていた。


なのに今。


目の前にいる人は、ゲームには存在しなかった。


そして、自分が自分の意思で惹かれた人。


「……いえ」


リヴィアは首を振る。


「何でもありません」


ルシアンは少しだけ目を細める。


「そう」


「はい」


二人は王城の廊下を歩く。


しばらくすると、ルシアンが突然立ち止まった。


「リヴィア」


「はい?」


「一つだけお願いしていい?」


「何でしょう?」


「明日、学院が終わった後に時間をくれる?」


「……?」


「二人で話したい」


リヴィアは少し驚く。


「何の話ですか?」


「それは、その時に」


「教えてくれないんですか?」


「うん」


「……気になります」


「じゃあ、来てくれる?」


リヴィアは少し考える。


「分かりました」


「ありがとう」


ルシアンは笑った。


その笑顔を見て、リヴィアの胸がまた少しだけ高鳴った。


翌日。


学院の授業が終わる。


リヴィアは約束の場所へ向かった。


王城の庭園。


以前、二人で話した場所だった。


夕暮れの光が庭園を照らしている。


赤く染まった空。


風に揺れる薔薇。


そして、その中央にルシアンが立っていた。


「来てくれたんだね」


「約束しましたから」


「そうだった」


ルシアンは笑う。


二人は並んで歩き始めた。


しばらく無言だった。


リヴィアは何を話すのか気になって仕方がない。


「殿下」


「うん?」


「そろそろ教えてください」


「何を?」


「今日ここへ呼んだ理由です」


ルシアンは足を止める。


夕日の光が、彼の黒青色の髪を淡く照らしていた。


「……実は」


ルシアンが静かに言う。


「婚姻の話とは別に、君に伝えたいことがある」


リヴィアの心臓が跳ねる。


「……何ですか?」


ルシアンは彼女を見る。


その瞳は、いつもより真剣だった。


「リヴィア」


「はい」


「僕は、君に答えを急がせたくない」


「……」


「でも、僕自身の気持ちは伝えておきたい」


リヴィアの指先が僅かに震える。


ルシアンが一歩近づく。


「君と出会ってから、僕の未来は何度も変わった」


「君が僕を守ってくれた」


「僕も君を守りたいと思った」


「一緒に世界を見て」


「何度も未来を選んだ」


リヴィアは黙って聞いている。


「そして今」


ルシアンは、真っ直ぐに彼女を見る。


「僕は、これから先の未来も君と一緒に見たいと思っている」


リヴィアの頬が赤くなる。


「それは……」


「恋愛の答えを今すぐ出してほしいという意味じゃない」


ルシアンは穏やかに続ける。


「ただ、知っておいてほしい」


「僕が君の隣にいる理由を」


リヴィアは胸元に手を当てる。


心臓が速い。


けれど、不思議と嫌ではなかった。


むしろ――。


嬉しい。


その感情を認めることが、少し怖い。


「……殿下」


「うん?」


「私も……」


言葉を探す。


「あなたと一緒にいる時間は……好きです」


ルシアンの瞳が少しだけ揺れる。


「それだけでも、今は十分です」


リヴィアは恥ずかしそうに笑った。


「だから……もう少しだけ、時間をください」


ルシアンは頷いた。


「もちろん」


そして、二人は夕暮れの庭園を並んで歩き始めた。


急がない。


決めつけない。


誰にも未来を決めさせない。


それでも少しずつ――。


二人の未来は、同じ方向へ進み始めていた。


その夜。


王城の地下深く。


誰もいなくなった観測室で。


完全に消えたはずの黒い水晶が、一度だけ光った。


そこに新しい文字が浮かぶ。


『観測――停止』


『世界――自由』


『最終観測者――未確定』


そして、その下に。


これまで存在しなかった文字が、一行だけ現れた。


『次なる記録――人間の未来』


黒い水晶の奥で。


小さな瞳が、ゆっくりと開いた。

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