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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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自由になった世界で

神谷紗月が消えた後。


第五世界には、しばらく誰も言葉を発することができなかった。


リヴィアは胸元に抱えた小さな本を見つめていた。


『神谷紗月――完』


その文字は消えない。


けれど、不思議と悲しくはなかった。


終わったのではない。


確かに、そこに存在していた人生が記録された。


それだけだった。


「……紗月さん」


リヴィアが小さく呟く。


「ありがとうございました」


隣に立つルシアンが、静かに彼女を見る。


「寂しい?」


「はい」


少しだけ迷ってから、リヴィアは答えた。


「でも、不思議と温かいです」


「どうして?」


「最後に、ちゃんと話せたから」


リヴィアは本を胸に抱く。


「前世の私に」


「今の私が、会えたから」


ルシアンは微笑んだ。


「なら、きっと彼女も同じだよ」


「……そうでしょうか」


「うん」


その時。


「リヴィア!」


エヴリンの声が聞こえた。


リヴィアが振り返る。


少し離れた場所に、エヴリンたちが立っていた。


「大丈夫?」


「はい」


リヴィアは笑う。


「もう大丈夫です」


エヴリンは安心したように胸を撫で下ろす。


「よかった……」


アルベルトが空を見上げる。


「それにしても――」


「さっきの文字、本当に消えたな」


『観測終了』


『全世界――自由化』


空に浮かんでいた文字は、すでに消えている。


セレネが白い本を確認する。


「世界間の接続も停止しています」


「では、元の世界に戻れる?」


カイルが尋ねる。


「おそらく」


セレネは頷いた。


「それぞれの世界は、再び独立した状態に戻るはずです」


フィリアが少し寂しそうにする。


「じゃあ……みんな、帰るの?」


その言葉に、全員が黙った。


リヴィアはフィリアを見る。


「そうですね」


「この世界に残ることもできますが――」


フィリアが俯く。


「……私はどうしたらいい?」


リヴィアは少し考えた。


フィリアは第五世界から生まれた存在。


世界が自由になった今、彼女はどこに属するのか。


そもそも、彼女に帰る場所はあるのか。


するとルシアンが言った。


「フィリア」


「はい」


「君が決めればいい」


「私が?」


「うん」


ルシアンは笑う。


「誰かに決められる必要はない」


リヴィアも頷いた。


「あなた自身の未来です」


フィリアは二人を見つめる。


そして、少しだけ考えた。


「……じゃあ」


彼女はリヴィアを見る。


「私は、あなたたちと一緒に行きたい」


リヴィアは驚く。


「私たちと?」


「うん」


「でも、私たちはエルディアに帰ります」


「だから」


フィリアは笑った。


「私もエルディアに行ってみたい」


エヴリンが嬉しそうに手を上げる。


「私は賛成!」


「フィリアが王都に来たら、友達になれるもの」


フィリアの目が輝いた。


「友達……」


「うん」


「私にも、できる?」


「もちろん」


フィリアは嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、リヴィアも微笑む。


「では、決まりですね」


セレネが白い本を閉じる。


「では、帰還しましょう」


しかし――。


その瞬間。


第五世界の空に、一本の光が走った。


全員が振り返る。


「……?」


光はゆっくりと降りてきた。


地面に触れる。


そこに現れたのは、一枚の白い紙だった。


リヴィアが拾い上げる。


「これは……」


紙には文字が書かれている。


『観測終了』


その下に――。


『ただし、観測者の存在が消えたわけではない』


リヴィアの表情が変わる。


「……」


ルシアンが横から覗き込む。


「まだ続いているのか」


セレネも眉を寄せる。


「おかしいです」


「何が?」


「観測者が世界を観測できなくなったなら、この紙も存在するはずがありません」


「つまり……」


「誰かが、今も観測しています」


リヴィアは空を見る。


何もない。


青い空。


白い雲。


ただ、それだけ。


「でも……」


エヴリンが不安そうに尋ねる。


「もう、私たちを操ることはできないんでしょう?」


セレネは少し考える。


「少なくとも、今までのように未来を固定することはできないはずです」


「なら、大丈夫」


エヴリンは笑った。


「だったら、怖がる必要なんてないよ」


アルベルトも頷く。


「その通りだ」


「観測されていようが、俺たちが自分で決めるなら問題ない」


カイルが剣を収める。


「未来を奪われなければいい」


セドリックは肩をすくめる。


「観測されるくらいなら、好きにさせておけばいいんじゃない?」


ノアも笑う。


「俺たちの人生まで見られて困ることなんてない」


リヴィアは彼らを見る。


以前なら、こんな考え方はできなかった。


誰かに未来を見られることが怖かった。


物語に決められることが怖かった。


でも今は違う。


未来を知っていても。


記録されていても。


観測されていても。


最後に選ぶのは、自分たちだ。


リヴィアは紙を折りたたんだ。


「では、帰りましょう」


エヴリンが頷く。


「うん!」


セレネが帰還の魔法陣を展開する。


白い光が地面に広がった。


フィリアは魔法陣を見ながら、少し緊張している。


「……これが、エルディア?」


「はい」


「どんなところ?」


「大きな王都ですよ」


「食べ物は?」


リヴィアが少し考える。


「……そこですか?」


フィリアは真剣な顔で頷く。


「重要」


エヴリンが笑い出した。


「ふふっ!」


リヴィアも思わず笑う。


「では、まず王都のお菓子を食べましょう」


「本当?」


「はい」


「約束?」


「約束です」


フィリアが嬉しそうに笑う。


そして全員が魔法陣の中へ入った。


最後にリヴィアとルシアンが残る。


ルシアンが彼女を見る。


「帰ろうか」


「はい」


「……エルディアへ」


「はい」


リヴィアは頷く。


けれど、その瞬間。


彼女の手にある小さな本が微かに震えた。


「……?」


リヴィアが表紙を見る。


『神谷紗月――完』


その文字の下に。


新しい文字が一行だけ浮かんでいた。


『観測記録――次の章へ』


リヴィアの表情が固まる。


「殿下」


「見えた」


ルシアンも真剣な顔になる。


しかし、その文字はすぐに消えた。


何事もなかったかのように。


「……今のは?」


「分かりません」


リヴィアは本を閉じる。


「でも――」


「今は帰りましょう」


ルシアンが頷く。


「そうだね」


二人は魔法陣へ入った。


白い光が二人を包む。


視界が揺れる。


そして――。


王立セイレーン学院の中庭に戻ってきた。


「……帰ってきた」


リヴィアが周囲を見る。


青い空。


学院の建物。


噴水。


花壇。


見慣れた景色。


エヴリンが大きく息を吸う。


「エルディアの空だ!」


アルベルトが笑う。


「やっぱり、ここが落ち着くな」


フィリアは周囲を見回している。


「ここが……エルディア」


「そうです」


リヴィアが答える。


すると学院の建物から、何人もの生徒が出てきた。


彼らはリヴィアたちを見ると――。


一斉に歓声を上げた。


「戻ってきた!」


「リヴィア様!」


「殿下!」


「セレネ様!」


「フィリア?」


知らない少女の名前に、何人かが首を傾げる。


けれど、すぐに笑顔になる。


フィリアが戸惑う。


「私……知られてる?」


エヴリンが笑う。


「これから知ってもらえばいいよ」


「……うん」


フィリアが笑った。


リヴィアはその光景を見ながら、静かに息を吐く。


本当に戻ってきた。


自分が選んだ世界へ。


その時。


学院の鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


四度。


全員が空を見上げる。


しかし――。


五度目は鳴らなかった。


代わりに、学院の時計塔に新しい文字が浮かぶ。


『観測――停止』


リヴィアは微笑んだ。


「今度こそ……」


ルシアンが隣に立つ。


「終わった?」


「いいえ」


リヴィアは首を横に振る。


「終わったんじゃありません」


「始まったんです」


ルシアンはその言葉を聞いて微笑んだ。


「そうだね」


リヴィアは空を見る。


これから先、どんな未来が待っているのか。


もう分からない。


ゲームのシナリオもない。


決められた攻略対象もいない。


観測者によって固定された未来もない。


だからこそ――。


初めて、本当の意味で自分の人生を生きられる。


リヴィアはルシアンを見る。


「殿下」


「何?」


「これからも……私の隣にいてくれますか?」


ルシアンは少し驚いた顔をした。


そして、柔らかく笑う。


「もちろん」


「ずっと?」


「君が嫌だと言うまで」


「……言いません」


リヴィアの頬が赤くなる。


ルシアンは少しだけ笑った。


「じゃあ、決まりだね」


二人の手が自然に重なる。


その瞬間。


王都の遠く――。


誰にも見えない空の彼方で。


一つの小さな光が瞬いた。


そして、誰にも届かない声が響く。


『観測を停止する』


『未来への干渉を終了』


『最終記録――』


一瞬の沈黙。


『自由意志による世界の継続を承認』


光が消える。


その声の主が誰だったのか。


リヴィアたちは知らない。


ただ――。


この世界にはもう、誰かに決められた物語は存在しなかった。


そしてリヴィア・アーデントは。


神谷紗月の人生も。


悪役令嬢としての人生も。


ルシアンと出会った人生も。


すべてを自分のものとして抱えながら――。


新しい未来へ歩き始めた。

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