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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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神谷紗月とリヴィア・アーデント

神谷紗月が、目の前に立っている。


黒い髪。


茶色の瞳。


見慣れた現代の服。


そして――二十歳の頃の自分。


リヴィアは、しばらく何も言えなかった。


自分自身を見ている。


それなのに、目の前の少女は自分とは違う。


彼女には、この世界で生きてきた記憶がある。


家族も。


学校も。


友人も。


そして――死ぬ直前までの人生も。


「あなたが……私の未来なの?」


紗月がもう一度尋ねる。


リヴィアはゆっくり頷いた。


「……はい」


「じゃあ、私は死ぬの?」


その言葉に、リヴィアの胸が締めつけられた。


「……」


答えられない。


紗月はそんなリヴィアを見つめる。


「やっぱり」


「え?」


「その顔、そうなんだね」


紗月は少しだけ笑った。


「私、死ぬんだ」


リヴィアは拳を握る。


「あなたの死は……」


言葉を選ぶ。


「私が見た記録では、事故でした」


「事故……」


紗月は空を見上げる。


「雨の日だった」


「はい」


「帰り道で、車が……」


「はい」


「そして私は、リヴィア・アーデントとして生まれ変わった」


リヴィアは驚いた。


「どうして、それを?」


「あなたが私だから」


紗月は当然のように答えた。


「私が持っている記憶を、あなたも持っているんでしょう?」


「……」


「なら、分かるよね」


紗月は胸元に手を当てる。


「私は死ぬ」


リヴィアは一歩前へ出た。


「でも――」


「ん?」


「それは、あなたの人生の終わりじゃありません」


紗月が目を瞬く。


「どういう意味?」


「あなたは、私として生きています」


「私は……あなた?」


「はい」


「でも、私は私だよ」


紗月は少し困ったように笑う。


「あなたも、私とは違うでしょう?」


リヴィアは黙った。


その通りだった。


神谷紗月とリヴィア・アーデント。


同じ記憶を持っていても、同じ人生ではない。


同じ魂なのか。


同じ存在なのか。


そんなことは、もう重要ではない。


「私は……」


リヴィアは胸元へ手を当てる。


「神谷紗月だった頃の私も、大切にしています」


「でも、今の私はリヴィア・アーデントです」


紗月はじっと彼女を見る。


「……そう」


そして、少し嬉しそうに笑った。


「じゃあ、ちゃんと生きてるんだね」


「はい」


「幸せ?」


その質問に、リヴィアは一瞬だけ黙った。


隣を見る。


ルシアンがいる。


彼は何も言わず、静かにこちらを見ていた。


「……はい」


リヴィアは答えた。


「幸せです」


紗月は安心したように微笑んだ。


「そっか」


「なら、よかった」


その瞬間。


空に黒い亀裂が走った。


「……!」


ルシアンが剣を抜く。


セレネも身構える。


フィリアが空を見上げた。


「また……」


紗月が驚いて後ろを見る。


「何?」


「逃げてください!」


リヴィアが叫ぶ。


「あなたを消しに来ています!」


「私を?」


「はい!」


黒い亀裂から、黒い光が降りてくる。


リヴィアは咄嗟に紗月の前へ立った。


「下がって!」


「でも……」


「あなたが消えたら、私もどうなるか分かりません!」


その言葉に、紗月が目を見開く。


「……私が消えたら、あなたも?」


「分かりません」


「だから、守ります」


ルシアンが隣に立つ。


「僕も手伝う」


紗月がルシアンを見る。


「あなたが……ルシアン?」


「はい」


「ゲームにはいなかった人?」


ルシアンが苦笑する。


「どうやら、そのようです」


紗月は少し考え――。


突然、笑った。


「なるほど」


「何がですか?」


「私が『誰?』って思った人が、今の私の未来にいるんだ」


リヴィアの顔が赤くなる。


「そ、それは……」


ルシアンが少し楽しそうに尋ねる。


「君は、昔のリヴィアに僕のことをどう思われていたのかな?」


「分かりません!」


「本当に?」


「今は関係ありません!」


紗月が二人を見て笑う。


「なんだか、仲良さそう」


「……!」


リヴィアの顔がさらに赤くなる。


「そ、それも今は関係ありません!」


セレネが小さく笑った。


「状況が状況なのに、いつもの二人ですね」


黒い光が迫る。


ルシアンが前へ出る。


「話は後だ」


「はい!」


リヴィアは青い宝石を掲げた。


「紗月さん!」


「なに?」


「私の後ろから離れないでください!」


「分かった!」


三人が力を合わせる。


青い光。


白い光。


金色の光。


三つの魔力が重なり、黒い光を押し返した。


しかし――。


黒い亀裂は消えない。


むしろ広がっていく。


セレネが叫ぶ。


「これは攻撃じゃありません!」


「じゃあ、何?」


「この世界そのものを消そうとしています!」


リヴィアは周囲を見る。


ここは紗月が生きていた世界。


道路。


建物。


信号。


コンビニ。


学校。


どこにでもある日本の街。


そして、この場所には――。


紗月の人生がある。


「この世界を消させない!」


リヴィアが叫ぶ。


「私の前世だからじゃありません!」


紗月が振り返る。


「……」


「ここで生きている人たちがいるから!」


青い光がさらに強くなる。


ルシアンが微笑む。


「君らしい」


「そうでしょうか?」


「うん」


「でも――」


リヴィアは空を見る。


「私一人では足りない」


その瞬間。


街の向こうから、無数の光が現れた。


エヴリン。


アルベルト。


カイル。


セドリック。


ノア。


第五世界のフィリア。


そして――。


第四世界の管理者。


さらに、今まで訪れた世界の人々。


それぞれの世界から、記憶の光が集まってくる。


セレネが驚く。


「世界同士が……」


「繋がっている」


リヴィアは理解した。


世界を一つにするのではない。


それぞれの世界を、それぞれのまま繋ぐ。


「そういうことだったんだ」


紗月が尋ねる。


「何が?」


「観測者は、世界を一つにしようとしていた」


「でも、私たちは違う」


リヴィアは微笑む。


「違う世界のまま、互いを覚えていられる」


紗月の目が大きくなる。


「……それが、新しい未来?」


「はい」


その瞬間。


紗月の胸元に光が生まれた。


小さな青い光。


リヴィアの胸元にも同じ光が浮かぶ。


二つの光が繋がった。


紗月は驚く。


「これ……」


「私たちの記憶です」


「私がリヴィアになった証?」


「違います」


リヴィアは首を横に振る。


「あなたが生きた証です」


紗月の瞳から涙が落ちた。


「……そっか」


彼女は笑う。


「私の人生、無駄じゃなかったんだね」


「もちろんです」


リヴィアは頷く。


「あなたがいたから、今の私がいます」


紗月はしばらくリヴィアを見つめる。


そして――。


「じゃあ、最後に一つお願いしていい?」


「はい」


「私の人生の続きを、お願い」


リヴィアは驚いた。


紗月は笑っている。


「私ができなかったこと」


「あなたがやって」


リヴィアは胸に手を当てた。


「……分かりました」


紗月がルシアンを見る。


「それと――」


「僕?」


「この子をよろしくね」


ルシアンは一瞬驚いたあと、静かに笑った。


「もちろんです」


「ちょっと!」


リヴィアが慌てる。


紗月は楽しそうに笑った。


「未来の私は、照れ屋なんだね」


「もう……!」


その瞬間。


黒い亀裂が大きく揺れた。


巨大な瞳が現れる。


『異常な接続を確認』


『神谷紗月とリヴィア・アーデントの同時存在』


『矛盾を確認』


リヴィアは空を見る。


「矛盾じゃありません」


『……』


「二人とも私だから」


『一つに統合する』


「拒否します」


『ならば、両方を削除する』


黒い光が降り注ぐ。


リヴィアは青い宝石を掲げた。


ルシアンが剣を構える。


セレネが結界を張る。


フィリアが光を広げる。


そして――。


紗月も、初めて自分の手を前へ伸ばした。


「私も戦う」


リヴィアが驚く。


「紗月さん?」


「私の人生だから」


紗月の手から、小さな光が生まれる。


それは決して強い光ではなかった。


けれど。


確かに存在していた。


リヴィアは笑った。


「……はい」


二人は並んだ。


神谷紗月。


リヴィア・アーデント。


同じ過去を持ちながら、違う人生を歩んだ二人。


そして二人の光が重なった。


黒い亀裂が大きく揺れる。


『理解不能』


『同一存在の同時成立は――』


「違います」


リヴィアが言う。


「私たちは同じ存在じゃない」


紗月も続ける。


「でも、繋がっている」


二人の光がさらに強くなる。


「だから――」


「未来は一つじゃない」


二人の声が重なった。


次の瞬間。


空が白く染まった。


巨大な瞳が初めて悲鳴のような声を上げる。


『――観測不能』


そして。


黒い亀裂が閉じ始めた。


リヴィアは空を見上げる。


その向こうで。


誰かがこちらを見ている気がした。


しかし、今回は――。


その存在を恐れなかった。


なぜなら。


もう、自分たちだけではないから。


無数の世界。


無数の人々。


無数の記憶。


それぞれが違う未来を持ったまま、繋がっている。


やがて光が消える。


静かな街に戻った。


紗月がリヴィアを見る。


「じゃあ……そろそろ行くんだね」


リヴィアは頷く。


「はい」


「寂しい?」


「……少し」


紗月は笑った。


「私も」


二人は静かに抱き合った。


それは、過去の自分と未来の自分が初めて交わす抱擁だった。


「ありがとう」


紗月が囁く。


「私の未来を生きてくれて」


リヴィアの瞳から涙が落ちる。


「こちらこそ」


二人が離れる。


その瞬間。


紗月の姿が少しずつ光へ変わり始めた。


「紗月さん!」


「大丈夫」


紗月は笑う。


「消えるんじゃない」


「私の世界に戻るだけ」


「そして――」


彼女はリヴィアを見る。


「あなたは、あなたの未来へ」


リヴィアは頷く。


「はい」


光が強くなる。


最後に紗月がルシアンを見る。


「ルシアン」


「はい」


「この子を泣かせたら怒るからね」


「善処します」


「そこは『絶対に』でしょ!」


リヴィアが思わず突っ込む。


紗月が笑う。


「じゃあ、元気で」


光が弾けた。


神谷紗月の姿が消える。


残ったのは、一冊の小さな本。


リヴィアが拾い上げる。


表紙には、初めて文字が刻まれていた。


『神谷紗月――完』


そして、その下に新しい文字が浮かぶ。


『リヴィア・アーデント――続行』


リヴィアは本を胸に抱いた。


「……まだ続くんですね」


ルシアンが隣に立つ。


「そうみたいだね」


リヴィアは笑う。


「だったら――」


「最後まで、自分で選びます」


その瞬間。


遠い空の彼方で。


今までとは違う鐘が鳴った。


一度だけ。


そして空に、新たな文字が浮かぶ。


『観測終了』


『選択継続』


『全世界――自由化』


リヴィアは空を見上げる。


しかし。


その文字の一番下には、まだ一行だけ残っていた。


『最終観測者――未確定』


リヴィアの表情が変わる。


「……まだ、終わっていない」


ルシアンも空を見る。


「うん」


そして二人は、もう一度手を繋いだ。


物語はまだ続いている。


けれど――。


今度の未来を決めるのは、誰かではない。


彼ら自身だった。

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