↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
77/178

重なり始めた世界

空が、ゆっくりと変わっていく。


第五世界の青い空に、無数の景色が浮かび始めていた。


エルディア王国。


ヴァロリア王国。


アルカディア王国。


東の仙境。


そして、これまでリヴィアたちが訪れたことのない世界まで。


まるで透明な水面に、別々の世界が映し出されているようだった。


「……こんなことが」


リヴィアは呆然と空を見上げる。


フィリアは震える手で胸元を押さえた。


「始まってしまった」


「何が?」


「世界の接続です」


セレネが答えた。


「観測者は、本当にすべての世界を繋げようとしている」


ルシアンが空を睨む。


「世界が一つになったら、どうなる?」


「分かりません」


セレネは首を横に振る。


「でも、少なくとも……今まで存在していた世界の境界は消えます」


リヴィアは拳を握った。


「境界が消える……」


その言葉を聞いた瞬間。


第五世界の地面が大きく揺れた。


「きゃっ!」


フィリアがよろめく。


リヴィアがすぐに腕を掴んだ。


「大丈夫ですか?」


「う、うん……」


遠くの草原に亀裂が走る。


その向こうから、見覚えのある建物が現れた。


「……王立セイレーン学院?」


リヴィアは目を疑った。


確かに見える。


エルディア王国の学院。


けれど、それだけではなかった。


学院の隣にはヴァロリア王城が現れ、そのさらに奥には東の仙境の浮遊山が重なっている。


世界が混ざっている。


「まずい」


ルシアンが呟く。


「このまま進めば、全部が一つになる」


セレネが白い本を開く。


ページが激しくめくれていく。


「記録が変化しています!」


「何が書かれている?」


「待って……」


セレネの顔から血の気が引いた。


「リヴィア」


「はい」


「あなたの記録が消え始めています」


「……え?」


リヴィアが本を見る。


確かに。


『リヴィア・アーデント』


その名前の文字が、少しずつ薄くなっていた。


「どうして私の記録が?」


「世界の統合が始まったからです」


セレネが説明する。


「それぞれの世界で異なる存在だった人間を、一つの記録に統合しようとしている」


「だから、矛盾する存在から消されていく」


リヴィアは息を呑む。


「矛盾する存在……」


「はい」


セレネがルシアンを見る。


「あなたたちです」


ルシアンの記録にも変化が起きていた。


『ルシアン・ヴァルクレスト』


その文字も薄くなっている。


リヴィアは彼の手を強く握った。


「そんな……」


「大丈夫」


ルシアンは落ち着いた声で言う。


「まだ消えてはいない」


「でも……」


「僕はここにいる」


ルシアンは自分の胸に手を当てる。


「記録が消えても、僕自身が消えるわけじゃない」


セレネが静かに首を振った。


「それは、分かりません」


「……」


「これまで世界の修正で存在を消された者たちは、記録だけではなく、記憶からも消えていきました」


リヴィアはルシアンを見る。


彼の姿はそこにある。


声も聞こえる。


手の温度も感じる。


それなのに。


記録が消えれば、彼の存在そのものが危うくなる。


「……嫌です」


リヴィアが呟く。


「また、同じことになるなんて」


ルシアンが彼女を見る。


「リヴィア」


「私は、殿下が消える未来を何度も見ました」


「そのたびに拒んできた」


「なのに……」


リヴィアの瞳に涙が浮かぶ。


「どうして、また同じところに戻されるんですか……」


ルシアンは何も言わず、彼女の手を両手で包んだ。


「戻ってないよ」


「え?」


「僕たちは前とは違う」


「何が違うんですか?」


「今は――」


ルシアンは周囲を見る。


フィリアがいる。


セレネがいる。


そして、これまで二人を支えてきた人々の記憶がある。


「僕たちだけで未来を守ろうとしていない」


リヴィアは顔を上げた。


その時。


遠くから声が聞こえた。


「リヴィアー!」


「……!」


聞き覚えのある声。


リヴィアが振り返る。


重なった世界の向こうから、何人もの人影がこちらへ走ってくる。


最初に姿を現したのは――。


エヴリンだった。


「エヴリン!」


「リヴィア!」


エヴリンは駆け寄ると、リヴィアの手を握った。


「よかった……!」


「どうしてここに?」


「分からないの!」


エヴリンは息を切らしながら答える。


「王都にいたら、突然景色が変わって……」


その後ろにはアルベルト、カイル、セドリック、ノアの姿もある。


「お前たちだけで行くなんて、ずるいだろ」


アルベルトが苦笑する。


カイルも頷いた。


「学院の生徒たちも避難させています」


「セドリックが魔法で道を作ってくれた」


ノアが続ける。


セドリックは肩をすくめる。


「まあ、世界が消えるかもしれないっていうのに、何もしないのもつまらないからね」


リヴィアは呆然と彼らを見る。


「みんな……」


エヴリンが笑う。


「言ったでしょう?」


「もう、あなたを忘れたりしないって」


その言葉を聞いた瞬間。


リヴィアの胸元の青い宝石が輝いた。


薄くなっていた彼女の名前が、再び白い光を帯びる。


セレネが驚く。


「記録が……」


「戻っています」


リヴィアが自分の名前を見る。


『リヴィア・アーデント』


今度は消えない。


ルシアンの名前も戻っていく。


「どうして……?」


フィリアが小さく呟いた。


「記録がなくても、覚えている人がいるから」


セレネが理解する。


「……記録ではなく、記憶」


「はい」


フィリアは頷いた。


「この世界は、誰かが書いた記録だけで存在するんじゃない」


「誰かが誰かを覚えていることで、存在できる」


リヴィアはエヴリンを見る。


「私を……覚えていてくれたから?」


「もちろん」


エヴリンは笑う。


「友達だもの」


リヴィアの瞳から涙が一粒落ちた。


「……ありがとうございます」


アルベルトが空を見上げる。


「感動しているところ悪いけど――」


「何か来る」


全員が空を見る。


巨大な亀裂の向こう。


あの巨大な瞳が再び開いた。


『記憶による存在維持を確認』


『修正方法を変更する』


リヴィアの表情が変わる。


「修正方法を……?」


『個体を消す必要はない』


『記憶そのものを統合する』


セレネが青ざめる。


「記憶を統合……」


ルシアンが尋ねる。


「それはどういう意味だ?」


『あなたたちが持つ、すべての記憶を一つにする』


『異なる世界で生きた記憶』


『異なる人生』


『異なる選択』


『すべてを一つの人生として再構成する』


リヴィアは息を呑む。


もし、それをされたら。


神谷紗月。


リヴィア・アーデント。


二つの人生が一つになるだけではない。


これまで見てきた無数の未来。


選ばなかった人生。


ルシアンが存在しなかった未来。


すべての記憶が混ざる。


「そんなことをしたら……」


セレネが呟く。


「誰が本当の自分なのか、分からなくなる」


巨大な瞳が光る。


『統合を開始する』


その瞬間。


リヴィアの頭の中に、無数の記憶が流れ込んできた。


前世。


悪役令嬢としての人生。


ゲームの未来。


ルシアンと出会わなかった世界。


エヴリンと敵対した未来。


そして――。


ルシアンがいない未来。


「……っ!」


リヴィアは頭を押さえる。


「リヴィア!」


ルシアンが彼女を抱き支える。


「大丈夫!」


「違う……!」


リヴィアは震えながら顔を上げる。


「殿下……」


「ここにいる」


「でも、記憶が……」


「僕を見て」


ルシアンの青い瞳が、真っ直ぐにリヴィアを見つめる。


「今、君が見ている僕は誰?」


リヴィアは震える唇を開く。


「……ルシアン・ヴァルクレスト」


「そう」


「私が選んだ人」


「うん」


「私が……この世界で一緒に生きたいと思った人」


ルシアンは微笑んだ。


「それだけ覚えていればいい」


リヴィアの中で、何かが繋がった。


無数の記憶。


無数の可能性。


それらすべてを消す必要はない。


「……違う」


リヴィアは立ち上がる。


「全部、私です」


セレネが見る。


「リヴィア?」


「神谷紗月も」


「リヴィア・アーデントも」


「私が選ばなかった未来も」


「私が選んだ未来も」


「全部、私が生きてきた可能性です」


青い宝石が強く輝く。


「だから、誰にも一つに決めさせません!」


その瞬間。


第五世界の空に巨大な光が走った。


そして、白い本がひとりでに開く。


新しいページに文字が刻まれた。


『記憶――統合不能』


『存在――統合不能』


『選択――統合不能』


『理由――本人による自己認識』


巨大な瞳が初めて沈黙した。


リヴィアは空を見上げる。


「私は私です」


「そして、殿下は殿下です」


ルシアンが隣に立つ。


「僕たちの未来を、一つにする必要なんてない」


二人は手を繋ぐ。


エヴリンたちも、その後ろに並ぶ。


フィリアは空を見上げた。


そして――。


巨大な瞳の奥に、初めて小さな亀裂が入った。


『……理解できない』


その声が震える。


『なぜ、複数の可能性を持ったまま存在できる?』


リヴィアは答えた。


「それが――」


「人間だからです」


巨大な瞳が大きく開いた。


そして、世界全体が震え始める。


『ならば、すべての可能性を直接観測する』


『第五世界を基点として――』


『全世界の未来を同時に開く』


空が完全に割れた。


その向こうには――。


数え切れないほどの世界が広がっていた。


そしてその中心に。


今まで誰も見たことのない、巨大な白い扉が現れた。


その扉には、たった一つの文字が刻まれている。


『終』


リヴィアはその文字を見つめる。


ルシアンが静かに言った。


「……終わりの扉」


リヴィアは頷く。


けれど、その目には恐怖だけではなく、決意が宿っていた。


「行きましょう」


「うん」


二人は歩き出す。


その先に待っているのが、本当の終わりなのか。


それとも――。


まだ誰も選んだことのない未来なのか。


リヴィアには、まだ分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。