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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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まだ姿を現さない観測者

王都に静寂が戻った。


つい先ほどまで空を覆っていた黒い亀裂は消え、夜空には星が戻っている。


王城も。


学院も。


街並みも。


一見すれば、すべてが元通りだった。


けれど――。


リヴィアは空を見上げたまま動かなかった。


東の空。


そこに浮かんだ巨大な瞳。


ほんの一瞬だった。


次の瞬間には消えていた。


「……今の、見ましたか?」


ルシアンに尋ねる。


「見た」


セレネも頷いた。


「私も見ました」


エヴリンが不安そうに二人を見る。


「何だったの?」


リヴィアは答えられなかった。


白い本には、こう書かれている。


『本当の観測者は、まだ姿を現していない』


つまり。


今まで戦っていた存在さえ、本当の敵ではなかった。


「……まだ終わっていない」


リヴィアが呟く。


ルシアンは静かに頷いた。


「でも、今までとは違う」


「違う?」


「今までは、誰かが僕たちの未来を決めようとしていた」


ルシアンは王都を見渡す。


「でも、今は違う」


人々がいる。


学院の生徒たちがいる。


エヴリンも。


アルベルトも。


カイルも。


セドリックも。


ノアも。


そして――。


リヴィアの隣にはルシアンがいる。


「僕たちの未来を覚えている人がいる」


セレネが白い本を閉じた。


「だから、観測者が未来を固定することはできなくなった」


リヴィアは胸元の青い宝石に触れる。


「……だったら、次は何をするんでしょう」


「それを調べる必要があります」


セレネが答えた。


「観測者が何者なのか」


「そして、なぜ今まで姿を現さなかったのか」


その時。


王城から一人の騎士が駆けてきた。


「リヴィア様!」


「どうしました?」


「国王陛下がお呼びです!」


リヴィアは一瞬だけルシアンを見る。


「お父様が……?」


「はい」


騎士は息を整えながら続ける。


「王城地下で、異常な記録が見つかったそうです」


セレネの表情が変わった。


「どんな記録ですか?」


「それが……」


騎士は困惑した顔をする。


「誰が書いたのか分からない記録なのです」


「内容は?」


「王城の地下に存在するはずのない部屋についてです」


リヴィアは眉を寄せる。


「存在しない部屋?」


「はい」


騎士が一枚の紙を差し出す。


そこには王城の地下構造図が描かれていた。


しかし、通常の設計図にはない部屋が一つだけ追加されている。


王城の最深部。


その部屋の名前は――。


『観測室』


リヴィアの瞳が大きくなる。


「観測室……」


セレネが紙を見る。


「これは……」


「知っているんですか?」


「いいえ」


セレネは首を横に振った。


「でも、こんな部屋が存在するはずがありません」


ルシアンが設計図を見る。


「地下には何度も入った」


「僕も見たことがない」


「それなのに……」


リヴィアは紙の端を見る。


そこには小さな文字が書かれていた。


『最終観測者が帰還した時、開く』


リヴィアは息を呑む。


「私が戻ったから……?」


セレネが頷く。


「おそらく」


エヴリンが不安そうに尋ねる。


「その部屋に行くの?」


リヴィアは少し迷った。


危険かもしれない。


また何かの罠かもしれない。


でも――。


「行きます」


ルシアンが微笑む。


「僕も」


「もちろんです」


セレネも同行する。


エヴリンが一歩前へ出る。


「私も行く」


「エヴリン?」


「私も、あなたの友達だから」


エヴリンは笑った。


「もう忘れたりしない」


リヴィアは目を細める。


そして、小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


五人は王城へ向かった。


王城の中は、まだ混乱していた。


兵士たちが負傷者を運び、魔法使いたちが結界の修復を行っている。


その中を抜け、地下へ向かう。


以前訪れた記録保管庫。


そのさらに奥。


さらに下へ続く階段。


リヴィアは足を止めた。


「この階段……」


ルシアンを見る。


「見たことがない」


「僕も」


壁には古代文字が刻まれている。


『世界』


『存在』


『選択』


『記憶』


そして、その下にもう一つ。


『観測』


セレネが触れる。


「これは……」


壁が光る。


五つの文字が一つになり、奥の壁が開いた。


その先に、細長い通路が続いていた。


「行きましょう」


リヴィアたちは進む。


しばらく歩くと、大きな扉が現れた。


扉の中央には、王冠も薔薇もない。


巨大な瞳だけが刻まれている。


リヴィアの背筋に寒気が走る。


「……これが観測室?」


セレネが頷く。


「おそらく」


ルシアンが扉に手を触れる。


何も起きない。


リヴィアも手を重ねる。


その瞬間。


扉が開いた。


中は円形の部屋だった。


壁一面に巨大な水晶が埋め込まれている。


その水晶には――。


世界中の景色が映っていた。


エルディア。


ヴァロリア。


アルカディア。


東の仙境。


そして、見たことのない無数の世界。


エヴリンが息を呑む。


「これ……全部?」


「世界の記録です」


セレネが答える。


しかし、部屋の中央にある巨大な水晶だけは、何も映していなかった。


真っ黒だった。


リヴィアが近づく。


「この水晶は?」


「分かりません」


セレネも近づく。


その瞬間。


黒い水晶の中に、一人の少女が映った。


長い黒髪。


黄金色の瞳。


白い衣。


エリシア。


リヴィアは息を呑む。


「エリシア……!」


映像の中の彼女は、こちらを見ていた。


まるで、今ここにいるリヴィアたちが見えているように。


そして、彼女の口が動く。


『もし、この記録を見ることができたなら――』


映像が途切れる。


再び現れる。


『あなたたちは、もう私の観測の中にはいません』


リヴィアは目を見開く。


「……観測の中に、いない?」


エリシアの映像が続く。


『だから、これから話すことは記録ではありません』


『私自身の意思です』


セレネが息を呑む。


「エリシア……」


『本当の観測者について、私はすべてを知っているわけではありません』


『ですが、一つだけ分かっていることがあります』


映像のエリシアが、悲しそうに微笑む。


『あの存在は、世界の外側にいる』


リヴィアの瞳が揺れる。


「世界の……外側?」


『この世界を観測しているのではありません』


『世界そのものを生み出した場所から、こちらを見ています』


ルシアンが静かに尋ねる。


「では、観測者は神なのか?」


『違います』


『神ではありません』


『あれは――』


そこで映像が乱れた。


黒いノイズがエリシアの姿を覆う。


『――まだ、名前を持たない存在』


「名前を持たない……?」


映像が再び安定する。


『だから、呼ぶこともできません』


『見つけることもできません』


『ただ一つ』


エリシアがまっすぐリヴィアを見る。


『観測者はこちらを見ています』


『そして、あなたたちもまた――』


『観測者を見つけ始めています』


映像が消えた。


部屋が静寂に包まれる。


リヴィアは黒い水晶を見つめた。


「……世界の外側」


ルシアンが呟く。


「それなら、今まで僕たちが戦ってきた相手は……」


「世界の内側にいた存在」


セレネが答える。


「本当の観測者は、もっと上の場所にいる」


エヴリンが恐る恐る尋ねる。


「そんな場所……どうやって行くの?」


誰も答えられない。


その時。


黒い水晶に新しい文字が浮かび上がった。


『観測者への道』


『天門――閉鎖』


『第一世界――閉鎖』


『第二世界――閉鎖』


『第三世界――閉鎖』


そして最後に。


『第四世界――開放』


リヴィアの表情が変わる。


「第四世界……?」


黒い水晶の中に、一つの場所が映し出される。


見たことのない街。


空に巨大な月。


銀色の建物。


そして――。


その中心に立つ一人の青年。


黒い髪。


青い瞳。


リヴィアは息を呑む。


「……殿下?」


ルシアンも映像を見る。


「僕……?」


だが、青年の姿は現在のルシアンとは少し違っていた。


もっと長い髪。


黒い服。


そして、その胸元には王家の紋章がない。


青年がこちらを振り返る。


その顔は、確かにルシアンに似ていた。


しかし――。


彼は静かに笑った。


そして、映像の向こうから声が響いた。


『ようやく、ここまで来たか』


ルシアンの表情が凍る。


「……僕なのか?」


リヴィアは答えられない。


黒い水晶の文字が変化する。


『第四世界』


『存在記録――ルシアン・ヴァルクレスト』


『状態――消失済み』


リヴィアの心臓が跳ねる。


「消失……済み?」


その瞬間。


水晶の映像が消えた。


部屋に残ったのは、最後の一文だけだった。


『第四世界へ進む者は、最も大切な存在を一つ失う』


リヴィアはルシアンの手を握る。


「……私は行きます」


ルシアンが彼女を見る。


「リヴィア」


「殿下を失う未来なんて、選びません」


セレネが二人を見る。


エヴリンも静かに頷く。


そして。


観測室の奥に、見たことのない扉が開いた。


その先から――。


月明かりのような銀色の光が差し込んでいた。

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