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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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第三の存在

白い本の最後のページ。


そこに、文字が一つずつ浮かび上がっていく。


『第三存在――』


リヴィアは息を止めた。


ルシアンも黙ってページを見つめている。


一文字。


また一文字。


しかし、名前が完成する直前。


黒い光がページを覆った。


「……!」


リヴィアが思わず本へ手を伸ばす。


だが、黒い光は彼女の指先を弾いた。


「痛っ……!」


「リヴィア!」


ルシアンが彼女の手を取る。


「大丈夫?」


「はい。でも……名前が」


白い本の文字が消えていく。


『第三存在――未確認』


「消された……?」


リヴィアは眉を寄せる。


「どうして、第三存在だけ……」


その時。


本の中央に小さな文字が現れた。


『第三存在は、まだ選択していない』


「まだ……選択していない?」


ルシアンが呟く。


すると、地下の壁に新たな映像が浮かび上がった。


そこに映っていたのは――。


一人の少女。


長い銀色の髪。


淡い金色の瞳。


白い服。


年齢は十六歳ほどに見える。


少女は見知らぬ場所で、一人立っていた。


その手には、小さな黒い本がある。


リヴィアは目を細める。


「……この人」


「知ってる?」


「いいえ」


ルシアンも首を横に振る。


映像の少女が、本を開く。


そこには無数の名前が書かれていた。


アルベルト。


カイル。


セドリック。


ノア。


エヴリン。


リヴィア。


ルシアン。


そして――。


一つだけ、黒く塗りつぶされた名前。


少女はその名前を指でなぞった。


『まだ……』


小さく呟く。


『まだ、この人は選んでいない』


映像が途切れる。


リヴィアは黙り込んだ。


「第三存在……」


「この少女が?」


ルシアンが尋ねる。


「たぶん」


リヴィアは白い本を見る。


「でも、どうして私たちの名前を知っているんでしょう」


その瞬間。


地下全体に声が響いた。


『第三存在は、お前たちを観測している』


リヴィアとルシアンが振り返る。


しかし、誰もいない。


「観測している……?」


『第一存在は、世界を観測した』


『第二存在は、存在を固定した』


『第三存在は――』


声が一度途切れる。


『選択を観測する』


リヴィアは息を呑む。


「選択を……?」


『誰が何を選ぶのか』


『その選択によって、どの未来が生き残るのか』


『第三存在は、それだけを記録する』


ルシアンが尋ねる。


「なら、彼女が僕たちを観測している理由は?」


『お前たちが、最初の記録に存在しなかったからだ』


リヴィアは眉を寄せる。


「また……?」


『そうだ』


『リヴィア・アーデント』


『ルシアン・ヴァルクレスト』


『お前たちは、観測によって生まれた存在ではない』


『選択によって生まれた存在だ』


その言葉に、リヴィアは静かに目を伏せる。


自分の人生を思い返す。


悪役令嬢として生まれた。


死を避けるために選択した。


エヴリンを助けた。


攻略対象たちを避けた。


ルシアンと出会った。


そして、彼と未来を選んだ。


一つ一つの選択が、今の自分を作っている。


「……なら」


リヴィアは顔を上げる。


「第三存在も、自分で選べるんでしょうか?」


声は答えなかった。


代わりに、白い本が再び光る。


新しい文章が浮かび上がる。


『第三存在は、選択を拒否している』


『観測のみを続けている』


リヴィアは首を傾げる。


「どうして?」


「選ぶことが怖いのかもしれない」


ルシアンが答える。


「自分の選択で、誰かの未来が消えることを」


その言葉に、リヴィアは以前聞いた言葉を思い出した。


『選択とは、そういうものだ』


観測者が言った言葉。


選択すれば、何かを選ばないことになる。


誰かを助ければ、別の誰かを助けられないことがある。


だからこそ、未来を一つに固定したい存在が生まれた。


「……でも」


リヴィアは静かに言う。


「選ばないことも、一つの選択ですよね」


ルシアンが頷く。


「そうだね」


「なら、第三存在も……」


「自分で選ぶ時が来るのかもしれない」


その瞬間。


白い本が激しく震えた。


『第三存在――接続を確認』


リヴィアが顔を上げる。


「接続?」


王城地下の空気が変わった。


誰かが近づいている。


足音。


ゆっくり。


一歩。


また一歩。


リヴィアは青い宝石を握った。


ルシアンも剣を構える。


「誰だ!」


返事はない。


暗い通路の先から、一人の少女が姿を現した。


銀色の長い髪。


淡い金色の瞳。


白い衣。


先ほど映像で見た少女だった。


リヴィアは息を呑む。


「あなた……」


少女は立ち止まった。


そして二人を見つめる。


「……本当に、ここまで来たんだ」


声は驚くほど普通だった。


敵意もない。


ただ、少しだけ疲れているように聞こえる。


ルシアンが尋ねる。


「君は誰だ?」


少女はしばらく黙っていた。


そして、静かに答えた。


「私の名前は――」


その瞬間。


王城の上空で、第四の鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


四度。


少女の表情が変わる。


「……もう始まった」


リヴィアが尋ねる。


「何が?」


少女は空を見上げる。


「王都の観測が」


「観測……?」


「はい」


少女はリヴィアを見る。


「あなたたちが帰ってきたことで、王都そのものが観測対象になった」


「だから黒い王冠が……」


「違う」


少女は首を横に振る。


「黒い王冠は、もう目的じゃない」


「え?」


「王都を使って――」


少女の声が震える。


「この世界そのものを、観測者のいる世界へ接続しようとしている」


ルシアンの表情が険しくなる。


「つまり、エルディア王都を通して世界全体を乗っ取るつもりか」


「それよりも危険」


少女は答える。


「世界そのものが、記録になってしまう」


リヴィアは息を呑んだ。


「世界が……記録に?」


「はい」


少女は白い本を見る。


「一度記録されれば、未来は固定される」


「そして、固定された未来から外れた存在は――」


少女の視線がルシアンへ向く。


「消される」


ルシアンは黙って剣を握り直した。


「僕を?」


「あなたも」


少女はリヴィアを見る。


「そして、あなたも」


「……私も」


「はい」


リヴィアは青い宝石を強く握る。


「だったら、止めないと」


少女が驚いたように目を見開く。


「どうして?」


「どうしてって……」


リヴィアは少し困ったように笑う。


「私たちが消されたくないからです」


「それだけ?」


「それだけで十分でしょう?」


少女は黙った。


そして、初めて微笑んだ。


「……そうか」


「何ですか?」


「あなたたちは、やっぱり面白い」


少女は白い本へ手を伸ばす。


本が彼女の手元へ飛んでいく。


「この本は、私が預かる」


ルシアンが警戒する。


「何をするつもりだ?」


「返すだけ」


少女は本を開く。


「あなたたちの未来を」


本のページから、二つの光が飛び出す。


一つは青。


一つは銀。


それぞれリヴィアとルシアンの身体へ戻っていく。


「……!」


リヴィアの胸元で、青い宝石が輝く。


ルシアンの王家の紋章も強く光る。


少女は本を閉じた。


「これで、あなたたちの未来は記録できなくなった」


「どうして?」


少女は少しだけ寂しそうに笑う。


「私は、観測する側にいたくないから」


リヴィアは彼女を見つめる。


「あなたが……第三存在?」


少女は頷いた。


「そう」


「名前は?」


少女は一瞬だけ迷った。


そして――。


「……セレネ」


「セレネ……」


リヴィアはその名前を繰り返す。


セレネは静かに二人を見る。


「私は、長い間ずっと観測していた」


「誰かが選ぶたびに記録した」


「誰かが失敗するたびに記録した」


「でも、最後まで自分では選ばなかった」


「なぜ?」


「怖かったから」


セレネは俯く。


「自分が選べば、誰かの未来が消える」


「だから私は、観測だけを続けた」


リヴィアは静かに近づく。


「でも、今は選んだんですよね」


セレネが顔を上げる。


「……はい」


「何を選んだんですか?」


セレネはリヴィアを見る。


そして、微笑んだ。


「あなたたちの未来を、誰にも奪わせないこと」


その瞬間。


王都全体が大きく揺れた。


地下の壁が崩れる。


遠くから無数の悲鳴が聞こえる。


セレネが空を見上げる。


「遅かった」


「何が?」


「もう、観測者が降りてくる」


王城の天井が裂けた。


そこから巨大な黄金色の瞳が覗く。


そして――。


世界を震わせる声が響いた。


『第三存在――選択を確認』


『ならば、お前も記録する』


セレネの表情が凍る。


リヴィアは彼女の隣に立った。


ルシアンも剣を構える。


三人の前に、巨大な黒い影が落ちる。


リヴィアは青い光を纏わせた手を前へ伸ばした。


「セレネ」


「……何?」


「今度は、一人で観測しないでください」


「え?」


リヴィアは微笑んだ。


「一緒に選びましょう」


セレネの瞳が揺れる。


そして――。


彼女は小さく頷いた。


「……うん」


三人の光が重なる。


青。


銀。


そして黄金。


王都の地下に、新たな魔法陣が浮かび上がった。


その中心に刻まれた文字。


『三つの存在――接続』


『未来――未確定』


その瞬間。


黒い空に浮かんでいた巨大な王冠が、完全に砕け散った。

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