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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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この世界で生きると決めた日

扉の向こうに広がっていたのは、見慣れた王都だった。


けれど、リヴィアはすぐに気づいた。


ここは現在のエルディアではない。


空は明るく、王城にも黒い王冠は浮かんでいない。


街を行き交う人々も穏やかで、誰も世界の異変など知らないように笑っている。


「……ここは」


ルシアンが周囲を見渡す。


「過去?」


「分かりません」


リヴィアは首を横に振る。


「でも……この景色、見覚えがあります」


大通りの向こう。


王立セイレーン学院へ続く道。


そして、その先にある庭園。


リヴィアの胸が締め付けられた。


「私が、この世界に来て間もない頃……」


ルシアンが彼女を見る。


「君が悪役令嬢として生きることを拒んだ頃?」


「はい」


二人はゆっくりと歩き出した。


街の人々は二人の存在に気づかない。


まるで、この世界そのものが二人を記録として見せているだけのようだった。


やがて、学院の庭園へ到着する。


そこには一人の少女がいた。


灰金色の髪。


青灰色の瞳。


今より少し幼い顔。


リヴィア自身だった。


「……私」


現在のリヴィアは、その姿を見つめる。


過去の自分はベンチに座り、両手を握りしめていた。


その表情には、強い不安が浮かんでいる。


「私は……この時」


リヴィアは思い出していく。


転生したことに気づいた直後。


ここが『薔薇と運命の王冠』の世界だと理解した時。


自分が悪役令嬢だと知った時。


そして――。


処刑される未来を思い出した時。


過去のリヴィアが小さく呟く。


「……絶対に、あんな未来にはしない」


その声を聞いて、現在のリヴィアは目を伏せた。


「最初は、それだけだったんです」


ルシアンが隣に立つ。


「生き残ることだけ?」


「はい」


過去のリヴィアは立ち上がる。


「攻略対象には近づかない」


「エヴリンにも関わらない」


「恋愛イベントを起こさない」


「目立たない」


「静かに生きる」


現在のリヴィアは苦笑する。


「……今思うと、かなり無茶な計画でした」


「成功したとは言い難いね」


「殿下……」


「事実でしょ?」


「……否定できません」


二人は小さく笑った。


その時。


過去のリヴィアが庭園の中を歩き始めた。


そして、一人の少女とぶつかる。


「きゃっ!」


「ご、ごめんなさい!」


淡い茶色の髪。


緑色の瞳。


エヴリンだった。


現在のリヴィアは目を見開く。


「エヴリン……」


過去のエヴリンは、落とした本を拾いながら笑っている。


「大丈夫ですか?」


「はい」


「よかった」


ほんの短いやり取り。


それだけだった。


しかし、その瞬間。


過去のリヴィアが思ったことが、記録として空中に浮かび上がる。


『……この子を、嫌いになる必要なんてあるのかな』


リヴィアの瞳が揺れる。


「……」


ルシアンは何も言わない。


過去のリヴィアは、その後もエヴリンと話をした。


ほんの少し。


それだけだった。


けれど、その小さな選択が未来を変え始めた。


アルベルトとのイベントを避けた。


エヴリンを傷つけなかった。


毒事件で彼女を助けた。


そして、学院で友人になった。


リヴィアは一つ一つの記憶を見つめる。


「私は……最初から、大きなことをしようとしたわけじゃなかった」


「うん」


「ただ、自分が嫌だと思った未来を避けただけ」


「それが、未来を変えた」


ルシアンが答える。


リヴィアは静かに頷いた。


「そして……」


映像が変わる。


初めてルシアンと出会った日。


王城の庭園。


彼女は彼を見た瞬間、驚いていた。


『この人……誰?』


ゲームには存在しない。


攻略対象でもない。


本来の物語にはいない王子。


過去のリヴィアは、彼から逃げようとした。


「……懐かしい」


現在のリヴィアが呟く。


「最初は、殿下が怖かったです」


「知ってる」


「だって、私の知っている物語には存在しなかったんですよ」


「それは僕も知りたい」


「今でも謎だらけです」


ルシアンが笑う。


「じゃあ、これから一緒に調べればいい」


「……はい」


映像がさらに進む。


毒事件。


学院。


地下遺跡。


セラ。


アルカディア。


三百年前の記録。


仙境。


忘却の湖。


天門。


そして、最初の観測者。


リヴィアは目の前を流れていく記憶を見つめていた。


「こんなに……」


ほんの少しの時間だったはずなのに。


思い返せば、数え切れないほどの出来事があった。


その中で。


過去のリヴィアが一度だけ、一人で夜の庭園に立っている。


誰もいない。


月明かりだけが彼女を照らしている。


そして、彼女は空を見上げていた。


「私は……」


過去のリヴィアが呟く。


「この世界で、生きてもいいのかな」


現在のリヴィアの胸が痛む。


あの頃の自分は、本当にそう思っていた。


この世界はゲームの世界。


自分は本来存在しない人間。


いつ消えてもおかしくない。


そう思っていた。


過去のリヴィアは、しばらく黙っていた。


そして、涙を拭った。


「……ううん」


「生きたい」


「私は、ここで生きたい」


その言葉が空間全体に響いた。


リヴィアは目を見開く。


「これが……」


エリシアの声が聞こえる。


『あなたが、この世界で生きると決めた瞬間です』


リヴィアは過去の自分を見つめる。


『誰かに選ばれたからではありません』


『神に命じられたからでもありません』


『世界に必要とされたからでもありません』


『あなた自身が、生きたいと選んだ』


リヴィアの目から涙が落ちる。


「……そうだった」


ルシアンが静かに彼女を見る。


リヴィアは涙を拭う。


「私……ずっと忘れていました」


「何を?」


「どうして、この世界で生きたいと思ったのか」


「答えは?」


リヴィアは過去の自分を見る。


「最初は、生き残りたかっただけです」


「でも……」


映像の中で、過去のリヴィアが微笑む。


その笑顔は、今のリヴィアと同じだった。


「いつの間にか、この世界が好きになっていた」


「エヴリンと友達になって」


「アルベルト殿下やカイルたちとも出会って」


「セラやミレイアとも出会って」


「そして……」


リヴィアは隣を見る。


ルシアンが静かに待っている。


「殿下と出会った」


ルシアンは少しだけ目を細めた。


「僕と出会ったことを、後悔してる?」


「……しません」


即答だった。


「一度も?」


「一度も」


リヴィアはまっすぐ彼を見る。


「むしろ……」


少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らす。


「殿下と出会わなかった未来の方が、今は考えられません」


ルシアンは何も言わなかった。


ただ、彼女の手を握る。


リヴィアも握り返した。


その瞬間。


過去の世界が光に変わっていく。


エリシアの声が響いた。


『これが、最後の記録です』


『あなたがこの世界に来た理由ではありません』


『あなたが、この世界に残ると決めた理由です』


リヴィアは静かに目を閉じた。


「……私は、この世界で生きます」


『はい』


「誰かに決められた未来ではなく」


「自分で選んだ未来を」


『それが、あなたの答えです』


光が強くなる。


そして、最後に一つの文章が浮かんだ。


『神谷紗月――死を受け入れた者』


『リヴィア・アーデント――生を選んだ者』


リヴィアはその言葉を見つめる。


「……私は、紗月を捨てたわけじゃない」


「リヴィアとして生まれ変わったからといって、過去の私が消えたわけでもない」


「全部、私なんですね」


ルシアンが頷く。


「うん」


「過去も」


「今も」


「これからも」


リヴィアは小さく笑った。


「……ありがとうございます」


その瞬間。


遠くから轟音が響いた。


白い世界が大きく揺れる。


エリシアの声が途切れる。


『……時間です』


「何が起きているんですか?」


『現実の王都が、侵食されています』


リヴィアの表情が変わる。


「エルディアが……?」


『はい』


『そして、あなたたちを呼び戻しているのは――』


エリシアの声が小さくなる。


『王城地下に残された、もう一つの記録です』


「もう一つ?」


『あなたたちがまだ見ていない記録』


『ルシアン・ヴァルクレストが、この世界に生まれた理由』


リヴィアとルシアンが同時に顔を上げる。


ルシアンの表情が変わった。


「僕が……生まれた理由?」


『はい』


『あなたの存在について、最初の観測者さえ記録を完成できなかった』


『その答えは、エルディア王城の地下にあります』


白い世界が崩れていく。


リヴィアはルシアンの手を強く握った。


「戻りましょう」


「うん」


「今度こそ、殿下のことを知りたいです」


ルシアンは少し驚いた後、穏やかに笑った。


「僕も、君のことをもっと知りたい」


二人の姿が光に包まれる。


そして――。


エルディア王城地下。


黒い塔の最深部で、一冊の白い本が静かに開いた。


その最初のページには、たった一行。


『ルシアン・ヴァルクレスト』


その下には――。


『第一存在記録――未完成』


そして、そのページをめくった瞬間。


二人の帰還を待つように、古い声が響いた。


『ようやく……戻ってきたか』


『私の、もう一つの可能性よ』

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