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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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自分自身の名前

光が消えた。


リヴィアは、静かに目を開いた。


目の前には、先ほどと同じ白い世界が広がっている。


けれど、一つだけ違っていた。


本。


その最後のページに、青白い光で文字が刻まれている。


『リヴィア・アーデント』


その隣には――。


『ルシアン・ヴァルクレスト』


二人の名前。


それだけだった。


リヴィアは息を呑む。


「……書かれた」


ルシアンも本を見つめている。


「僕たちの名前が」


ページに刻まれた文字は、誰かに決められたものではなかった。


これまで見てきた記録とは違う。


そこには未来も、結末も、選択肢も書かれていない。


ただ、二人の存在だけが記されていた。


少女が静かに微笑む。


「これで、最初の記録は完成しました」


「……それだけ?」


リヴィアは尋ねる。


「はい」


「未来は?」


「記録されていません」


「結末は?」


「存在しません」


リヴィアは目を見開いた。


少女は続ける。


「それが、本来の記録です」


「未来を決めない」


「結末を決めない」


「ただ、今ここに存在する者の名前だけを残す」


リヴィアは胸に手を当てた。


今まで何度も見てきた記録には、必ず結末があった。


誰が誰と結ばれるのか。


誰が死ぬのか。


誰が勝つのか。


誰が悪役になるのか。


でも、この本には何もない。


それが、不思議なほど嬉しかった。


「……これなら」


リヴィアは小さく笑う。


「私たちは、自分で未来を決められますね」


「そうだね」


ルシアンも微笑んだ。


その瞬間。


白い世界に亀裂が走った。


少女の表情が変わる。


「もう時間がありません」


「観測者が来ます」


遠くから、低い音が響く。


白い空間が黒く染まっていく。


黄金色の巨大な瞳が、再び姿を現した。


『無意味なことを』


その声だけで空間が震える。


『名前を書いた程度で、記録から逃れられると思うのか』


リヴィアは本を閉じた。


「逃げるつもりはありません」


『……』


「あなたがどれだけ未来を記録しても」


リヴィアは顔を上げる。


「私たちは、その記録通りには生きません」


ルシアンが剣を抜いた。


「同じことを何度言わせるつもり?」


『王子……』


黄金の瞳がルシアンを睨む。


『お前は存在してはいけない』


「それは、もう何度も聞いた」


ルシアンは剣先を向ける。


「でも、僕はここにいる」


『消去する』


黒い光が一気に押し寄せた。


リヴィアが青い宝石を掲げる。


青い光が壁となり、黒い光を受け止めた。


しかし、強い。


足元が少しずつ後ろへ押されていく。


「っ……!」


ルシアンが彼女の肩を支える。


「大丈夫?」


「はい……!」


「無理しないで」


「殿下こそ!」


二人の魔力が重なる。


青と銀。


それが一つの光となり、黒い波を押し返した。


観測者の声が響く。


『なぜ抗う?』


『お前たちの未来は、すでに何度も記録されている』


『敗北する未来も』


『別れる未来も』


『互いを忘れる未来も』


『すべて存在する』


リヴィアは歯を食いしばった。


「だから何ですか?」


『……』


「そんな未来が存在するからって」


リヴィアは一歩前へ出る。


「その未来を選ばなければならない理由にはならないでしょう!」


黒い光が揺らぐ。


「私は、もう知っています」


「未来は一つじゃない」


「失敗してもいい」


「間違ってもいい」


「それでも、自分で選べる」


ルシアンが彼女の隣に並ぶ。


「そして、選び直すこともできる」


二人の言葉が重なった。


『未来は、記録されるものじゃない』


『自分たちで作るものだ』


その瞬間。


閉じられていた本が再び開いた。


最後のページから、眩しい光が溢れ出す。


そこに新しい文字が浮かんだ。


『第一観測記録――終了』


『未来――未確定』


『選択権――本人へ返還』


黒い亀裂が大きく揺れる。


『そんなことは認めない』


観測者の声が初めて激しくなる。


『記録されていない未来など、存在できない!』


リヴィアは静かに答えた。


「なら、存在させます」


青い宝石が強く輝く。


その光が白い世界を満たしていく。


黒い亀裂が押し戻される。


黄金色の瞳が遠ざかっていく。


『覚えておけ』


『お前たちが作る未来は、必ずどこかで誰かの未来を消す』


『選択とは、そういうものだ』


その声が消える。


完全な静寂が戻った。


リヴィアは肩で息をする。


「……終わった?」


少女は首を横に振った。


「いいえ」


「え?」


「始まったのです」


少女が本を見る。


「これまで世界は、記録された未来を修正していました」


「でも今、最初の記録が変わった」


「これからは、あなたたちが選ぶ未来そのものが、新しい記録になります」


リヴィアは少し考える。


「それって……」


「はい」


少女は微笑む。


「あなたたちが生きる一日一日が、世界の記録になるということです」


ルシアンが静かに息を吐いた。


「責任重大だね」


「……そうですね」


リヴィアも苦笑する。


「でも、今までよりはずっといいです」


「どうして?」


「誰かに決められるより、自分で間違える方がいいから」


ルシアンは微笑んだ。


「僕も同じ意見」


少女が二人を見る。


「では、戻りなさい」


「戻る?」


「あなたたちが来た場所へ」


「エルディアに?」


「はい」


リヴィアは少し驚いた。


「でも、まだ観測者の問題が……」


「すべてが終わったわけではありません」


少女の表情が少しだけ曇る。


「黒冠龍も」


「組織も」


「そして、あなたたちを観測している存在も」


「まだ残っています」


「……」


「ただし」


少女は最後に一つだけ告げた。


「これから先は、誰かが用意した物語ではありません」


「あなたたち自身の物語です」


その言葉と共に、白い世界が崩れ始める。


リヴィアの身体が光に包まれる。


「待って!」


少女を振り返る。


「あなたの名前は?」


少女は少しだけ驚いた顔をした。


そして――。


初めて、自分の名前を名乗った。


「……エリシア」


「エリシア……」


「覚えておいてください」


リヴィアは頷いた。


「はい」


「必ず」


光が二人を包み込む。


最後に見えたのは、白い世界に立つエリシアの姿。


そして、彼女の背後に浮かぶ無数の記録。


その中の一つが、静かに消えていく。


『リヴィア・アーデント――悪役令嬢』


代わりに、新しい文字が浮かんだ。


『リヴィア・アーデント――未来を選ぶ者』


その瞬間。


二人の姿が白い世界から消えた。

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