↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
62/178

最初の観測者

天門を抜けた瞬間、リヴィアは身体が宙に浮いたような感覚に襲われた。


足元もない。


上下も分からない。


ただ、無数の星が視界のすべてを埋め尽くしていた。


「……っ」


思わず目を閉じる。


その直後、温かな手が彼女の手を握った。


「リヴィア」


聞き慣れた声。


目を開けると、すぐ隣にルシアンがいた。


彼の黒青色の髪が、重力のない空間でゆっくりと揺れている。


「大丈夫?」


「……はい」


リヴィアは握られた手を見る。


指と指が重なっている。


それを意識した途端、頬が熱くなった。


「殿下……」


「何?」


「その……手を」


「離した方がいい?」


「……」


リヴィアは答えられなかった。


この空間で離れてしまったら、二度と彼を見つけられないような気がした。


「……いえ」


小さな声で答える。


「このままでお願いします」


ルシアンは少しだけ目を細めた。


「分かった」


その声が、なぜか嬉しそうに聞こえた。


リヴィアは恥ずかしさを隠すように前を向く。


すると、遠くに巨大な光が見えた。


星々が一箇所へ集まり、巨大な円形の門を作っている。


その中心には、見覚えのある紋章があった。


薔薇。


そして王冠。


「……あれは」


リヴィアの胸がざわめく。


『薔薇と運命の王冠』。


前世で何度も遊んだゲームのタイトルと同じ紋章だった。


しかし、ゲーム画面に存在したものとは違う。


もっと古く。


もっと巨大で。


世界そのものに刻まれたような紋章だった。


「ゲームの……」


リヴィアが呟く。


ルシアンが彼女を見る。


「ゲーム?」


「あ……」


しまった。


この言葉を彼の前で口にしたのは、これが初めてではない。


だが今は、隠す必要もなかった。


「私が前の世界で知っていた物語です」


「『薔薇と運命の王冠』?」


「はい」


「それが、ここにある」


「……そうみたいです」


二人が近づくにつれ、巨大な紋章が光り始める。


そして、空間に一つの文字が浮かび上がった。


『第一観測記録』


リヴィアは息を呑んだ。


「最初の記録……」


文字の下に、さらに文章が現れる。


『世界は、観測されることで形を得る』


『観測されなかった可能性は、存在しない』


リヴィアは眉を寄せる。


「……これが、黒冠龍の思想?」


『違う』


突然、別の声が響いた。


リヴィアとルシアンが同時に振り返る。


そこには誰もいなかった。


ただ、星々の間に一人の少女が立っている。


黒い髪。


白い衣。


そして、金色の瞳。


リヴィアは息を止めた。


「……あなたは」


少女は静かに微笑む。


「初めまして」


「私は――」


少女の姿が、少しずつ明るくなる。


「最初の観測者」


リヴィアの心臓が大きく跳ねた。


「最初の……観測者?」


「そう」


少女は頷く。


「あなたたちが探していた存在よ」


ルシアンが一歩前へ出る。


「黒冠龍を生み出した者か?」


少女は首を横に振った。


「違う」


「では、何をした?」


「私は、ただ見ていた」


少女は星々を見渡した。


「世界が生まれ」


「人が生まれ」


「魔法が生まれ」


「そして、無数の未来が生まれるのを」


「私は、それを記録した」


リヴィアは尋ねる。


「なぜ?」


少女は少しだけ悲しそうに笑った。


「忘れたくなかったから」


「……忘れたくなかった?」


「世界は、あまりにも簡単に変わってしまう」


「昨日まで存在していた国が消える」


「愛していた人が死ぬ」


「誰かの選択によって、別の誰かの未来が消える」


「だから私は記録した」


リヴィアは黙って少女を見つめる。


その気持ちは、少しだけ理解できた。


自分も前世でゲームを何度も繰り返し遊んだ。


同じ物語を。


同じ登場人物を。


何度も。


彼女たちの結末を忘れたくなかったから。


少女がリヴィアを見る。


「あなたも、同じだったのでしょう?」


「……え?」


「何度も同じ物語を見た」


「登場人物の未来を知っていた」


「そして、忘れたくなかった」


リヴィアの目が大きくなる。


「どうして、それを……」


「観測したから」


少女は微笑んだ。


「あなたが生まれる前から」


リヴィアの背筋が震えた。


「私を……?」


「正確には、あなたの世界を」


少女が手を伸ばす。


その指先に、小さな光が生まれた。


光の中に、前世の日本が映る。


夜の街。


駅。


コンビニ。


そして――。


二十歳の自分。


神谷紗月。


「……私」


胸が苦しくなる。


前世の自分が映像の中でゲームをしている。


画面には『薔薇と運命の王冠』。


しかし、そのゲーム画面には本来存在しないはずの人物が一瞬だけ映った。


黒青色の髪。


青い瞳。


「……ルシアン?」


リヴィアの声が震えた。


映像の中の青年は、ゲームの攻略対象ではなかった。


名前すら表示されない。


『対象外』


ただ、それだけが表示されていた。


「私……」


リヴィアは記憶を辿る。


「一度だけ、この人を見たことがあります」


ルシアンが彼女を見る。


「僕を?」


「ゲームの中で」


「でも、その時は……」


リヴィアは眉間に皺を寄せた。


「誰なのか分かりませんでした」


少女が答える。


「当然よ」


「彼はまだ、その世界に存在するはずではなかったから」


「……!」


ルシアンの表情が変わる。


「存在するはずではなかった?」


少女は頷いた。


「あなたは、未来の記録から生まれた存在」


「世界が本来選ばなかった可能性から生まれた王子」


「だから、物語には記録されなかった」


ルシアンは黙って自分の手を見る。


「では……僕の存在は」


「間違いではない」


少女ははっきりと言った。


「それだけは覚えておいて」


「あなたは誰かの失敗から生まれたのではない」


「あなた自身の選択によって、存在している」


リヴィアは胸の奥が熱くなるのを感じた。


彼女がずっと恐れていたこと。


ルシアンは本来存在しない。


世界に必要とされていない。


そんな記録を何度も見てきた。


でも。


この少女は違うことを言った。


少女は二人を交互に見る。


「そして、あなたも同じ」


「私?」


「リヴィア・アーデントという存在も、本来の記録には存在しなかった」


「……」


「本来なら、あなたは悪役令嬢として決められた結末を迎えるはずだった」


「でも、神谷紗月がその記録を拒んだ」


リヴィアは息を呑む。


「私は……」


「あなたは前の人生で、物語を何度も見た」


「そして、この世界に生まれた後も、自分が知っている未来を拒んだ」


「だから、新しい可能性が生まれた」


少女が微笑む。


「それが、あなた」


リヴィアは俯いた。


悪役令嬢として生まれた。


ゲームの結末を知っていた。


だから逃げた。


誰にも関わらないようにした。


攻略対象から離れた。


ヒロインとも争わないようにした。


それなのに。


気がつけば、世界そのものの運命を変えていた。


「……私が、未来を変えたんですね」


「そう」


「でも……」


リヴィアは隣を見る。


ルシアンがこちらを見ている。


「私一人じゃありません」


少女が頷いた。


「だから二人なの」


「……二人?」


「最初の記録には、あなたたち二人は存在しない」


「でも、今の世界では存在している」


「それはなぜ?」


リヴィアは答えられなかった。


少女が静かに告げる。


「二人が互いを選んだから」


リヴィアの顔が一気に赤くなる。


「えっ……」


ルシアンが少し驚いたように彼女を見る。


「互いを……」


「ち、違います!」


リヴィアは慌てて首を振った。


「それは、その……そういう意味ではなくて!」


「僕は別に、そういう意味でもいいけど」


「殿下!」


少女が小さく笑った。


「……やっぱり」


「何がですか?」


「あなたたちは、三百年前と同じ」


リヴィアは首を傾げる。


「三百年前?」


少女は答えなかった。


代わりに、彼女の背後に巨大な記録が開く。


そこには黒髪の少女と、青い瞳の青年が映っていた。


二人は並んで立っている。


そして、その中央には一つの文字。


『選択』


少女が言う。


「これが、最初に失われた記憶」


「そして、これからあなたたちが取り戻すべきもの」


突然、星空が大きく揺れた。


少女の表情が変わる。


「……時間がない」


「どうしたんですか?」


「観測者が気づいた」


「観測者?」


少女が天門の向こうを見る。


「あなたたちがここへ来たことを」


その瞬間。


星空のすべてが暗くなった。


黄金色の巨大な瞳が、二人を見つめる。


そして、遠くから声が響いた。


『見つけた』


リヴィアの身体が強張る。


ルシアンが剣を抜く。


少女は二人の前へ立った。


「ここから先は、私が時間を稼ぐ」


「でも!」


「大丈夫」


少女は振り返る。


「あなたたちには、まだ行かなければならない場所がある」


「どこへ?」


少女は微笑んだ。


「最初の世界へ」


リヴィアの目が見開かれる。


「最初の世界……?」


「そう」


少女は天門のさらに奥を指差した。


「あなたの前世でもない」


「この世界でもない」


「すべての可能性が生まれる前の場所」


「そこに、黒冠龍より古い最初の記録が眠っている」


リヴィアはルシアンの手を握り直した。


「行きましょう」


ルシアンも頷く。


「うん」


二人は、少女が示した光の道へ走り出した。


その背後で、黄金色の瞳がゆっくりと開く。


『逃がすものか』


少女は振り返る。


そして、初めて強い声で叫んだ。


「あなたに未来を決める権利はない!」


白い光が星空を覆う。


リヴィアとルシアンの姿が、光の彼方へ消えていく。


最後にリヴィアが振り返ると。


少女の姿と共に、黒髪の少女と青い瞳の青年の記録が重なって見えた。


その瞬間。


リヴィアの頭の中に、知らない声が響いた。


『次は、あなたが選んで』


そして――。


彼女は、光の中へ消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。