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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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黄金の冠を戴く白龍

神殿の奥。


そこに現れた白い龍は、巨大な身体をゆっくりと持ち上げた。


白銀の鱗は月明かりのような淡い光を放ち、その長い角の間には黄金色の冠が浮かんでいる。


黒冠龍とは、まるで正反対だった。


禍々しさもない。


殺気もない。


それなのに――。


リヴィアは、息をすることさえ忘れていた。


「……龍……」


隣に立つルシアンも、剣を構えたまま白龍を見上げている。


白龍の黄金色の瞳が、二人を捉えた。


『恐れる必要はない』


声は低く、神殿全体を震わせるほど響いた。


『私は、お前たちを傷つけるためにここへ来たのではない』


リヴィアは警戒を解かない。


「では……何のために?」


白龍はしばらく黙っていた。


そして、静かに答えた。


『待っていた』


「私たちを?」


『正確には、お前たちがここへ辿り着く可能性を』


その言葉に、リヴィアの眉が寄る。


「可能性……」


『そうだ』


白龍の黄金の瞳が、リヴィアの青い宝石へ向けられた。


『世界は一つではない』


『未来も一つではない』


『そして、記憶も一つではない』


『お前たちが見てきたものは、そのすべての一部に過ぎぬ』


三百年前の青年が、一歩前へ出た。


「ならば、あなたは知っているのか」


白龍は青年を見る。


『知っている』


「黒冠龍についても?」


『もちろんだ』


青年の表情が険しくなる。


「ならば教えてくれ」


『何を?』


「なぜ、あれは未来を一つにしようとした?」


白龍は静かに目を閉じた。


『恐れたのだ』


「恐れた?」


『無数に存在する可能性の中には、世界そのものを滅ぼす未来もある』


『黒冠龍は、それを見た』


『そして考えた』


『すべての可能性を一つにすれば、世界は滅びない』


リヴィアは唇を噛んだ。


「だから……未来を一つにした」


『そうだ』


「でも、それなら……」


リヴィアは拳を握った。


「間違っているとは言い切れないんじゃ……」


ルシアンが彼女を見る。


リヴィアは苦しそうに続けた。


「もし、本当に世界が滅びる未来があるなら……」


「可能性を一つにしてでも、世界を守ろうとする考えは理解できます」


白龍は何も言わなかった。


その代わり、神殿の壁に新たな光が浮かび上がった。


そこに映し出されたのは、無数の未来。


平和な王都。


戦争に包まれた王国。


誰もいない荒野。


魔法によって空が裂けた世界。


そして――。


ルシアンのいない世界。


リヴィアは目を逸らした。


何度見ても、胸が痛む。


白龍の声が響いた。


『黒冠龍が恐れたのは、滅びだけではない』


『自らの判断が間違っている可能性だ』


「……」


『だから、他の可能性を消した』


『自らが正しいと証明するために』


ルシアンが静かに口を開く。


「つまり……世界を守るためではなく、自分の選択を正しいものにするために?」


『そうだ』


その答えを聞いた瞬間。


リヴィアは、ようやく理解した。


これまで何度も目の前に現れた「選択肢」。


『エルディアへ戻る』


『アルカディアを救う』


『ルシアンを救う』


『サツキとして生きる』


『リヴィアとして生きる』


それらは未来を選ぶためのものではなかった。


誰かが決めた一つの未来へ誘導するためのものだった。


「……選択肢を作っていたのは」


リヴィアが呟く。


「私たちに選ばせるためじゃない」


ルシアンが続ける。


「選ばせたい未来へ誘導するためか」


白龍が頷いた。


『その通りだ』


すると、先ほどまで黙っていた黒衣の男が笑った。


「それの何が悪い?」


全員の視線が男へ向く。


「世界が安定するなら、それでいい」


「人々が平和に暮らせるなら、それでいい」


「一つの未来だけを残せば、争いも悲劇も減る」


男は両手を広げた。


「何度失敗しても、世界を修正すればいい」


リヴィアは男を見つめた。


「では、一つ聞きます」


「何だ?」


「あなた自身は、その一つの未来を選びましたか?」


男の表情が止まる。


「……何?」


「あなたも誰かに選ばされたんじゃありませんか?」


男の瞳が揺れた。


リヴィアは続ける。


「三百年前の人たちも」


「私も」


「ルシアン殿下も」


「そして、あなたも」


「誰かが作った未来の中で生きているだけなら、それは本当に未来を選んだと言えるんですか?」


沈黙。


神殿に、リヴィアの声だけが残った。


ルシアンが微かに笑う。


「君らしいね」


「……何ですか?」


「そうやって、誰も考えなかったところを突くところ」


「褒めているんですか?」


「もちろん」


「なら、もう少し普通に言ってください」


リヴィアの頬が僅かに赤くなる。


こんな状況なのに。


ルシアンは、そんな彼女を見て小さく笑った。


「分かった」


その瞬間だった。


白龍の身体から、黄金の光が溢れ出した。


『二人とも』


リヴィアとルシアンが白龍を見る。


『お前たちは、すでに一つの答えを出している』


「答え……?」


『選択肢から選ばない』


『自分たちで未来を作る』


リヴィアの青い宝石が輝く。


ルシアンの胸元にある王家の紋章も同時に光った。


二つの光が空中で重なる。


そして――。


黄金色の線となった。


その線は神殿の奥へ伸びていく。


そこには、これまで存在しなかった巨大な扉があった。


扉の中央には、黒い王冠と黄金の冠。


その二つが並んで刻まれている。


三百年前の青年が息を呑んだ。


「まさか……」


白龍が言う。


『あれが天門だ』


リヴィアの心臓が大きく跳ねた。


「天門……」


ミレイアの母が残した言葉。


二つの鍵だけでは足りない。


第三の鍵は失われた記憶の中に眠る。


そして、その先にあるもの。


天門。


リヴィアは扉を見つめた。


「この先に……黒冠龍が?」


『違う』


白龍の答えに、リヴィアは振り返る。


『黒冠龍よりも古いものがいる』


空気が凍った。


「黒冠龍より……古い?」


『そうだ』


白龍の黄金の瞳が細められる。


『この世界の可能性を最初に観測した存在』


『黒冠龍は、その存在から力を得たに過ぎない』


ルシアンが剣を握り直す。


「なら、その存在が黒冠龍を作ったのか?」


『違う』


白龍は答えた。


『作ったのではない』


『生み出したのは――』


そこで、白龍の言葉が止まった。


神殿の外から、大地を揺らす轟音が響いた。


黒い霧が天井を突き破る。


そして、空に巨大な影が浮かび上がった。


白龍が初めて険しい表情を見せた。


『……来たか』


リヴィアは空を見上げる。


黒い空の向こう。


巨大な黒い龍が、ゆっくりと姿を現していた。


その頭上には、見覚えのある黒い王冠。


「黒冠龍……!」


三百年前の青年が叫ぶ。


だが、白龍は首を横に振った。


『あれは違う』


「え?」


『あれは、黒冠龍ではない』


黒い龍のさらに上空。


巨大な黄金色の瞳が、静かに開いた。


その瞳は、リヴィアたちではなく――。


神殿そのものを見つめていた。


そして、世界を震わせるほど静かな声が響く。


『記録を返してもらおう』


リヴィアは息を呑んだ。


白龍が低く唸る。


『あれが……本当の観測者だ』


その瞬間。


天門の扉が、ゆっくりと開き始めた。

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