初めての会議、そして予想外の反対意見
学院の交流会議が開かれる朝、エヴリンは鏡の前で深呼吸をしていた。
「大丈夫……。現地で見たことを、自分の言葉で伝えればいいのよ」
そう呟きながら、制服の襟元を整える。
今日は王立セイレーン学院の各学年の代表者と、地域交流活動を担当する教師たちが集まり、今後の支援活動について話し合う日だった。
アルベルトから参加を勧められたとき、エヴリンは自分に務まるのか不安だった。
けれど、リヴィアと話したことで、少しだけ考え方が変わった。
最初から完璧である必要はない。
分からないことは、これから学べばいい。
だから今日は、逃げずに自分の考えを伝えよう。
エヴリンは鞄を手に取り、教室を出た。
◇
会議室には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。
長い机が四角形に並べられ、中央には王都周辺の地図が広げられている。壁際には資料を置くための棚があり、窓から差し込む朝の光が机の表面を照らしていた。
エヴリンが入室すると、何人かの生徒がこちらを振り向いた。
「……あの子が参加するの?」
「学年代表ではないわよね?」
「王宮の計画に関わっているって聞いたけれど……」
ひそひそと交わされる声が、耳に届いた。
エヴリンは一瞬、足を止めそうになった。
やはり、自分は場違いなのではないだろうか。
そう考えかけたとき、会議室の前方から声がした。
「エヴリン、こちらだよ」
アルベルトだった。
彼は王太子としての正装ではなく、学院の制服に身を包んでいる。金色の髪を整え、赤い瞳を穏やかに細めていた。
「おはようございます、アルベルト様」
「おはよう。来てくれてありがとう」
彼は自然な様子で、エヴリンのために席を示した。
「君の席はここだよ。現地での調査について、説明してもらう時間も用意してある」
「分かりました。よろしくお願いします」
エヴリンは頷き、席に着いた。
アルベルトは彼女に余計な励ましの言葉を重ねなかった。
その代わり、いつもと変わらない態度で接してくれた。
それが、今のエヴリンにはありがたかった。
◇
会議が始まると、最初に教師から地域交流活動の目的が説明された。
続いて、各学年の代表者がこれまでの活動報告を行い、今後の計画について意見を出し合っていく。
王都の清掃活動。
孤児院への物資支援。
地域の職人たちと協力した技術講習。
どれも重要な活動だったが、話が進むにつれて、一つの問題が浮かび上がってきた。
「支援活動を増やすのは賛成ですが、参加する生徒の負担も考える必要があると思います」
上級生の一人が発言した。
「授業や試験の準備もありますし、あまり複雑な計画では長続きしないのではありませんか?」
「確かに、活動を継続するためには人員の確保が必要ですね」
教師が頷いた。
その後も、費用や教材、参加する生徒の人数について話し合いが続いた。
やがて、アルベルトがエヴリンへ視線を向けた。
「では、現地を訪問したエヴリンからも意見を聞きたいと思う。実際に見てきたことを、みんなに伝えてもらえるかな?」
会議室の視線が一斉に集まった。
エヴリンは膝の上で手を握った。
緊張で喉が少し渇く。
それでも、顔を上げた。
「はい。私は先日、王都西部の候補地を訪問しました。そこで分かったのは、学ぶ場所を作るだけでは、十分ではないということです」
彼女は用意してきた資料を開いた。
「家の仕事を手伝わなければならない子供や、弟妹の世話をしている子供がいました。そうした子供たちは、決まった時間に施設へ通うことが難しい場合があります」
地図を示しながら、訪問先の状況を説明する。
「そのため、最初から大規模な施設を建設するのではなく、まずは既存の建物を利用して、小規模な学習会を試験的に開く方法を提案したいと考えています」
何人かの生徒が、興味深そうに資料を覗き込んだ。
エヴリンは続けた。
「実際に参加できる子供たちの人数や、必要な時間帯を確認しながら、少しずつ内容を整えていくのです。そうすれば、必要以上の費用をかけずに、現地の状況に合った方法を探せると思います」
説明を終えると、会議室はしばらく静かになった。
エヴリンは不安になりかけたが、やがて一人の生徒が手を挙げた。
「その方法は理解できます。しかし、参加する子供が少なかった場合、活動の効果は限定的になりませんか?」
「それは……」
エヴリンは一瞬、言葉に詰まった。
別の生徒も続けて発言する。
「そもそも、教師役を務める生徒をどう確保するのでしょうか。試験的な活動とはいえ、準備に時間がかかるはずです」
「教材の費用も必要ですね。無料で学べるようにするなら、その負担は誰が引き受けるのでしょう?」
次々と質問が飛んできた。
どれも、もっともな指摘だった。
エヴリンは用意した資料を見つめた。
考えていなかったわけではない。
けれど、すべての問題について、具体的な答えを用意できていたわけでもなかった。
「……おっしゃるとおりです。まだ、十分に検討できていない部分があります」
エヴリンは正直に答えた。
「教師役の確保については、学院の活動に参加したい生徒を募る方法を考えています。教材についても、最初は学院や地域の施設にあるものを利用できないか、調べたいと思っています」
「それでは、確実性に欠けるのではありませんか?」
先ほど質問した上級生が、厳しい口調で尋ねた。
「計画を実行する前に、もっと具体的な数字を揃えるべきだと思います」
エヴリンは唇を引き結んだ。
反論したいわけではなかった。
むしろ、彼の言うことには納得できる部分もある。
しかし、数字が揃うまで何も始めなければ、現地の状況を知る機会も得られないのではないだろうか。
エヴリンは一度、深呼吸した。
「……確かに、具体的な数字は必要だと思います」
会議室の視線が、再び彼女に集まった。
「でも、私は、すべての数字が揃うまで待つのではなく、小さく始めることで分かることもあると思うのです」
彼女は、現地で出会った少年の顔を思い出した。
学びたい気持ちはあっても、毎日決まった時間に通うことはできないと言っていた少年。
「実際に話を聞いてみなければ、どれくらいの子供が参加できるのかも、どんな教材が必要なのかも、正確には分かりません。だからこそ、まずは規模を限定して試してみたいのです」
声は少し震えていた。
それでも、最後まで言い切った。
「もちろん、問題が見つかったら改善します。私たちだけで判断せず、現地の方々にも意見を聞きながら進めていきたいと思っています」
アルベルトは黙って彼女の話を聞いていた。
そして、彼女が言葉を終えると、ゆっくりと口を開いた。
「私は、エヴリンの提案には検討する価値があると思う」
会議室が静かになった。
「懸念点を指摘することは重要だ。だが、計画の不確実さを理由に、最初から可能性を閉ざすべきではないだろう」
アルベルトは机の上の資料を手に取った。
「まずは参加希望者を募り、必要な人員と教材を確認する。そのうえで、実施できる範囲を決めればいい。最初から大きな成果を求める必要はないはずだ」
先ほどの上級生は、少し考え込んだあと、頷いた。
「……分かりました。具体的な条件を整理できるのであれば、私も検討に協力します」
「ありがとう。ほかにも意見があれば、ぜひ聞かせてほしい」
会議は再び進み始めた。
エヴリンは、ようやく肩の力を抜いた。
すべての質問に答えられたわけではない。
自分の提案が、そのまま採用されるとも限らない。
それでも、逃げずに自分の考えを伝えることはできた。
◇
会議が終わると、エヴリンは廊下へ出て、窓際で深く息を吐いた。
「……緊張したぁ」
思わず本音が漏れる。
「お疲れさま」
隣から声がして、エヴリンは振り向いた。
アルベルトが、いつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「アルベルト様。先ほどは、ありがとうございました」
「礼を言う必要はないよ。君は自分の考えをきちんと伝えた。それが何より大切だったんだ」
「でも、答えられなかった質問もありました」
「それは、これから調べればいい」
アルベルトは窓の外へ視線を向けた。
「私も、すべての答えを知っているわけではないからね。だからこそ、周囲の意見を聞きながら進めていく必要がある」
エヴリンは小さく笑った。
「アルベルト様でも、分からないことがあるのですね」
「あるよ。たくさんね」
「……少し安心しました」
「それは光栄だな」
二人は顔を見合わせ、笑った。
やがてアルベルトは、少しだけ真剣な表情になった。
「エヴリン。今日の君は、とても頼もしかったよ」
「えっ……」
「自分の提案に問題があることを認めながら、それでも必要だと思う理由を説明した。あれは簡単なことではないと思う」
エヴリンの頬が赤くなった。
「そ、そんな……。私はただ、あの子たちの話を聞いたから……」
「それで十分だよ」
アルベルトは優しく微笑んだ。
「君が聞いた声を、今度は君自身の言葉で届けたんだ」
エヴリンは胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分の行動が、誰かの声を届けることにつながった。
それだけで、今日は頑張った意味があったと思えた。
「……ありがとうございます。私、これからも頑張ります」
「ああ。私も一緒に考えるよ」
アルベルトはそう答えた。
その言葉に、エヴリンは自然と笑顔になった。
まだ、二人の関係に名前はない。
けれど、同じ目標に向かって歩く時間が、少しずつ二人の距離を縮めていた。
そしてエヴリンは、まだ気づいていなかった。
自分が一歩踏み出すたびに、彼女を見つめるアルベルトの眼差しも、少しずつ変わり始めていることに。




