あなたと歩く、初めての休日
休日の朝。
リヴィア・アーデントは、自室の姿見の前で三度目の着替えをしていた。
「……やっぱり、こちらのほうがいいかしら」
そう呟き、彼女は淡い青色のワンピースの裾を整えた。
普段、学院では制服を着ている。王宮へ赴くときには家柄にふさわしいドレスを選ぶため、私服で出かける機会は意外と少なかった。
まして、今日はルシアンと二人でヴァロリアの街を歩く約束をしている。
ただ街を見て回るだけだ。
そう自分に言い聞かせても、鏡に映る自分の顔を見ると、胸の奥が落ち着かなくなる。
淡い青色のワンピースに、白いカーディガン。髪はいつもどおり背中の半ばまで流し、顔の横の一房だけを細い銀色の髪飾りで留めた。
派手ではないが、地味すぎもしない。
街を歩くにはちょうどいい服装のはずだった。
「……よし」
リヴィアは小さく頷いた。
ところが、部屋を出ようとしたところで、机の上に置いた銀の栞が目に入った。
ルシアンから贈られたものだ。
青い宝石が朝の光を受けて、静かに輝いている。
リヴィアはそれを手に取ると、しばらく眺めた。
「今日は持っていかなくてもいいわよね……」
贈り物を大切に思っていることと、出かけるたびに持ち歩くことは別の話だ。
そう考えて栞を机に戻したものの、扉に手をかけたところで、再び振り返ってしまう。
「……もう!」
誰もいない部屋で、自分自身に呆れた声を漏らした。
たかが休日の外出だ。
それなのに、どうしてこんなにも気持ちが忙しいのだろう。
結局、リヴィアは栞を小さな鞄にしまい、部屋を後にした。
持っていく理由は、いつも使っているものだから。
それ以上の意味はない。
そういうことにしておこうと思った。
◇
待ち合わせ場所は、学院から少し離れた王都の南門だった。
門の周辺には、朝の市場へ向かう商人や、休日を楽しむ家族連れの姿が見える。荷車を引く馬の蹄の音と、露店から聞こえる店主の呼び声が、街の目覚めを告げていた。
リヴィアが到着すると、門の脇に立つ一人の青年が目に入った。
濃紺の髪に、深い青色の瞳。
けれど、いつもの王族らしい服装ではなかった。
白いシャツの上に落ち着いた紺色の上着を羽織り、黒に近い灰色のズボンを合わせている。胸元には王家の紋章もなく、装飾品も最低限だ。
普段よりもずっと気軽な格好なのに、彼の立ち姿には自然と人目を引く気品が残っていた。
ルシアンはリヴィアを見つけると、穏やかに微笑んだ。
「おはよう、リヴィア」
「お、おはようございます」
「今日は来てくれてありがとう」
「私が行きたいと言ったのですから、当然です」
「それでも、嬉しいものは嬉しいよ」
そう言って、彼は彼女の姿を眺めた。
リヴィアは無意識に背筋を伸ばした。
「……何か、おかしいところでもありますか?」
「いや。よく似合っていると思って」
「っ……!」
不意打ちだった。
リヴィアの頬が一気に熱くなる。
「そ、そうですか。それは……ありがとうございます」
「うん。来てくれてよかった」
「服の話をしているのですよね?」
「もちろん」
あまりにも自然な返事だった。
そのくせ、ルシアンの目にはどこか楽しそうな光が浮かんでいる。
リヴィアは彼をじっと見つめた。
「……本当に、時々ずるい方ですね」
「今日はまだ何もしていないと思うけれど」
「その自覚のなさが問題なのです!」
ルシアンは笑いながら、街のほうへ手を向けた。
「では、行こうか。最初は市場だったね?」
「はい。ヴァロリアならではの品物を見てみたいです」
「それなら、ちょうどいい場所がある。観光客向けの店ではなく、地元の人間が普段から利用している市場だよ」
「それは楽しみです」
二人は並んで歩き出した。
最初は、互いの肩が触れない程度の距離を保っていた。
けれど、人通りが増えるにつれて、自然と距離が縮まっていく。
リヴィアは、その変化を意識しないように努めながら、街並みに目を向けた。
石造りの建物には、色鮮やかな花を飾った窓辺が並んでいる。通りの上には布製の日よけが張られ、店先には果物や焼き菓子、色とりどりの布地が並んでいた。
学院や王宮で見る景色とは、まるで違う。
ここには、そこで生活する人々の息遣いがあった。
「ルシアン殿下。あちらのお店は何を売っているのですか?」
「あれは染料を扱う店だね。ヴァロリアでは、北部で採れる青い鉱石から作る染料が有名なんだ」
「青い鉱石?」
「衣服だけでなく、陶器の装飾にも使われている。王宮の一部にも、その染料で彩色された壁画があるよ」
「知りませんでした。今度、見てみたいです」
「案内するよ。王宮の壁画なら、僕も詳しく説明できる」
「では、そのときはお願いします」
リヴィアは目を輝かせた。
すると、ルシアンが少しだけ目を細めた。
「……今、君は自然に次の約束をしたね」
「え?」
「また僕と出かけるつもりで話してくれたから」
リヴィアは口を開きかけ、言葉に詰まった。
確かに、何のためらいもなく次の機会を想像していた。
「そ、それは……壁画に興味があるからです!」
「うん。そういうことにしておこう」
「本当です!」
「分かっているよ」
分かっていると言いながら、彼の表情は明らかに楽しそうだった。
リヴィアは小さく頬を膨らませた。
しかし、心のどこかでは、彼が嬉しそうにしていることを自分も嬉しく感じていた。
そのことに気づくと、また少しだけ頬が熱くなった。
◇
市場の中心部へ入ると、香ばしい匂いが二人を迎えた。
焼きたてのパン。
香辛料を混ぜた肉料理。
蜂蜜を使った焼き菓子。
露店には、普段学院の食堂では見かけない料理も数多く並んでいた。
「わあ……!」
リヴィアは思わず足を止めた。
木製の台の上に、丸いパンが何種類も並べられている。表面に細かな模様が刻まれたものや、木の実を練り込んだもの、薄く焼いて香草を添えたものまである。
「こちらは、どれもヴァロリアの伝統的なパンなのですか?」
「全部ではないけれど、いくつかはそうだね。特に、あの蜂蜜パンは昔から親しまれている」
「蜂蜜パン……」
リヴィアの視線が、焼き色の美しい小さなパンに吸い寄せられた。
ルシアンはそれに気づくと、店主へ声をかけた。
「蜂蜜パンを二ついただけますか?」
「はいよ! 焼きたてだよ!」
店主が紙袋にパンを入れて差し出す。
ルシアンが代金を支払おうとすると、リヴィアは慌てて鞄から財布を取り出した。
「待ってください。自分の分は自分で払います」
「僕が誘ったのだから、これくらいは構わないよ」
「それでは、対等に街を見て回れません」
リヴィアは真剣な顔で言った。
「今日は、殿下に案内していただく日です。でも、何もかも任せたいわけではありません。私も、自分で選んだものを自分で買いたいのです」
ルシアンは一瞬だけ彼女を見つめた。
そして、すぐに頷いた。
「分かった。それなら、今日はそれぞれ自分の分を買おう」
「ありがとうございます」
「ただし、君が僕の分を選んでくれるのなら、喜んで受け取るよ」
「……それは、別の話ではありませんか?」
「そうかな?」
「そうです」
結局、二人はそれぞれ代金を支払い、焼きたての蜂蜜パンを受け取った。
リヴィアが一口かじると、外側の生地が軽く崩れ、中から蜂蜜の甘い香りが広がった。
「おいしい……!」
「気に入った?」
「はい。甘すぎなくて、香りもいいですね。学院で食べるパンとは、また違ったおいしさです」
「それならよかった」
ルシアンも自分のパンを口に運んだ。
その様子を見て、リヴィアはふと思った。
彼も、こうして普通に買い物をするのだ。
王子だからといって、いつも特別な食事をしているわけではないのかもしれない。少なくとも今の彼は、露店で買ったパンを手に、街の人々の間を歩いている。
「殿下は、子供の頃からこの市場へ来ていたのですか?」
「たまにね。幼い頃は、兄上に連れられて来たこともあるよ」
「レオンハルト殿下と?」
「ああ。兄上は、王宮の外を知らないまま王族になるべきではない、とよく言っていた」
ルシアンは懐かしそうに目を細めた。
「市場で値段を交渉したこともある。もちろん、店主には僕たちが王族だと知られていたけれどね」
「それでは、交渉にならないのでは?」
「僕もそう思った。けれど、兄上は真剣だったよ。最後には店主に笑われていた」
「ふふっ……レオンハルト殿下らしいですね」
リヴィアは想像して、思わず笑みをこぼした。
いつも落ち着いている第一王子が、市場の店主を相手に真剣に値段を交渉している。
普段の姿からは、なかなか想像できない。
「ルシアン殿下も、同じようなことをしたのですか?」
「僕は兄上ほど熱心ではなかったね。むしろ、兄上が値段の交渉をしている間に、別の店を見て回っていた」
「……自由ですね」
「迷子になって、兄上に叱られたこともあるよ」
「えっ?」
リヴィアは驚いて彼を見た。
「殿下が迷子に?」
「子供の頃の話だよ。そんなに驚くことかな?」
「いえ……その、今の殿下からは想像できなくて」
「君だって、僕の知らない失敗をいろいろしているのでは?」
「そ、それは……!」
思わず反論しようとしたが、リヴィアの頭には、前世の記憶を思い出してからの自分の行動が次々と浮かんだ。
運命を避けようとして失敗し、余計な誤解を招き、危険を前にして無理をしたこともある。
もちろん、そのすべてを彼に話せるわけではない。
けれど、彼の言うとおり、自分にも人に知られていない失敗はたくさんある。
「……お互いさま、ということにしておきましょう」
「賛成だよ」
二人は笑い合い、再び市場の奥へと歩き始めた。
◇
昼が近づくにつれ、市場の人通りはさらに増えていった。
荷車が通るたびに人々が道を譲り、店主たちは客を呼び込む声を張り上げる。
リヴィアが珍しい陶器の模様を眺めていると、横を通り過ぎようとした荷車が、少しだけ彼女のほうへ寄ってきた。
「危ない」
ルシアンがすぐに声をかけ、リヴィアの腕にそっと手を添えた。
彼女は一歩、店先のほうへ移動する。
荷車は何事もなかったように通り過ぎていった。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
そう答えたものの、リヴィアは自分の腕に触れている彼の手を意識してしまった。
ルシアンもすぐに手を離した。
「人が多いから、気をつけて。必要なら、少し人通りの少ない道へ移ろう」
「……そうですね」
リヴィアは頷いた。
そのまま二人は、店が並ぶ大通りから一本外れた路地へ入った。
こちらは人通りが少なく、石造りの建物の壁には小さな花鉢が飾られている。開いた窓からは、誰かが楽器を練習する音が聞こえてきた。
市場の喧騒が遠のき、代わりに風の音が近くなる。
「少し静かになりましたね」
「ああ。こちらの道は、昔からあまり変わっていないんだ」
ルシアンは足を止め、路地の先を見つめた。
「僕がまだ幼かった頃、この辺りには小さな工房がいくつもあった。今も残っている店があるんだよ」
「殿下にとって、思い出のある場所なのですね」
「そうだね。王宮にいると、どうしても国全体のことや、これから先の責任について考える時間が多くなる。でも、こういう場所を歩いていると、自分が何のためにそれを考えているのか、思い出せる気がする」
リヴィアは静かに耳を傾けた。
「国を守ることは大切だ。けれど、国という言葉だけを見ていると、その中に暮らす人々の顔を忘れてしまうかもしれない」
ルシアンは、路地に並ぶ家々へ目を向けた。
「ここで暮らす人たちにも、それぞれの生活がある。大切な人がいて、日々の楽しみがあって、叶えたい願いもある。僕が守りたいのは、そういう一つ一つの暮らしなんだと思う」
リヴィアは、胸の奥が静かに揺れるのを感じた。
彼は王子としての責任から逃げようとしているわけではない。
むしろ、その責任の先にいる人々を見ようとしているのだ。
だからこそ、彼が国の未来について語るとき、その言葉には確かな温かさがあった。
「……素敵な考え方だと思います」
リヴィアは、心からそう伝えた。
「私も、誰かの未来を考えるとき、その人自身を見ることを忘れたくありません」
「君らしいね」
「そうでしょうか?」
「うん。君はいつも、目の前の人が何を考えているのか、どうしてそうしたのかを知ろうとするから」
ルシアンは少しだけ微笑んだ。
「時々、考えすぎてしまうこともあるけれど」
「……最後の一言は、必要でしたか?」
「正直な感想だよ」
「もう……」
リヴィアは呆れたように息を吐いた。
それでも、彼に自分の考え方を理解してもらえていることが嬉しかった。
ただ優しい言葉をかけられるよりも、自分の長所も短所も知ったうえで話してくれること。
そのことが、彼への信頼を少しずつ深めている。
「ルシアン殿下」
「何かな?」
「今日、来てよかったです」
リヴィアは、今度こそためらわずに言った。
「市場を見ることができたのも嬉しいですけれど……殿下が、どんなことを考えていらっしゃるのか、少し知ることができましたから」
ルシアンは目を見開いた。
それから、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「それなら、僕も嬉しいよ」
「まだ、ほんの少しですけれどね」
「それで十分だ。僕も、これから少しずつ君に知ってもらいたいと思っているから」
その言葉に、リヴィアの胸が温かくなる。
彼のすべてを一日で知ることなどできない。
自分の気持ちを、今日一日ですべて理解することもできない。
けれど、今日知ったことは、確かに一つ増えた。
彼が大切にしているもの。
彼が見つめている未来。
そして、その未来を考えるとき、彼がどんな人々の姿を思い浮かべているのか。
それを知ることができたのは、リヴィアにとって大きな一歩だった。
◇
昼食を済ませた二人は、川沿いの遊歩道を歩いていた。
市場で買った小さな菓子袋を手に、リヴィアは水面に映る街並みを眺めている。
川の向こうには、白い石造りの建物が並び、その屋根の上を鳥たちが飛んでいた。
「今日は、たくさん歩きましたね」
「疲れた?」
「いいえ。むしろ、もう少し歩いていたいくらいです」
「それなら、もう少し先まで行こうか」
ルシアンが歩調を合わせる。
しばらく、二人は言葉を交わさずに歩いた。
沈黙は、不思議と気まずくなかった。
以前のリヴィアなら、会話が途切れるたびに、何か話さなければと焦っていたかもしれない。
けれど今は、同じ景色を眺めながら歩くだけでも、十分に心地よかった。
やがて、川沿いの小さな広場へたどり着いた。
広場の中央には古い時計台が立ち、その周囲には木製のベンチがいくつか置かれている。休日を過ごす親子や、談笑する老人たちの姿もあった。
「ここで少し休もう」
「はい」
二人は並んでベンチに腰を下ろした。
リヴィアは鞄を膝の上に置き、そっと息を吐いた。
「……今日は、いつもと違う殿下を見ることができました」
「いつもと違う?」
「学院では、どうしても王子として接する場面が多いでしょう? でも、今日は昔の話も聞けましたし、市場で普通に買い物をする姿も見られました」
「僕は普段から買い物をしているけれどね」
「そういう意味ではありません!」
思わず声が大きくなり、近くにいた子供がこちらを振り返った。
リヴィアは慌てて口元を押さえた。
「……失礼しました」
ルシアンは肩を震わせて笑っていた。
「君といると、退屈しないね」
「それは、褒めているのですか?」
「もちろん」
「本当でしょうか……」
リヴィアは疑わしそうに彼を見たあと、ふと表情を和らげた。
「でも、私も……今日のような時間は好きです」
言葉にしてから、少しだけ視線を落とす。
「特別なことをしなくても、街を歩いて、話をして、おいしいものを食べて。それだけなのに、こんなに楽しいのですね」
ルシアンは、彼女の横顔を見つめた。
「僕も同じだよ」
「……本当に?」
「うん。君と過ごす時間は、何かを成し遂げるためだけのものではないからね」
彼は穏やかな声で続けた。
「何かを決めるためでも、君の答えを引き出すためでもない。ただ一緒に過ごす。それだけで、僕にとっては十分に意味があるんだ」
リヴィアは顔を上げた。
彼の瞳には、いつもの優しさがあった。
けれど、それだけではない。
彼自身も、この時間を大切にしている。
自分の気持ちが決まるまでの待ち時間としてではなく、今この瞬間を、一緒に生きている時間として。
そう理解した途端、リヴィアの胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……私、もっと知りたいです」
「僕のことを?」
「はい。あなたが好きな場所も、苦手なことも、子供の頃の失敗も。これから先、何をしたいと思っているのかも」
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「もちろん、私自身のことも、もっと知っていきたいと思っています」
ルシアンは静かに頷いた。
「それなら、これからも一緒に出かけよう。今日だけでは、まだ話し足りないことがたくさんあるからね」
「……そうですね」
リヴィアは笑みを浮かべた。
その返事は、以前よりも自然だった。
未来の約束をすることが、少しずつ怖くなくなっている。
まだ、結婚についての答えは出せない。
彼の隣で生きる未来が、自分にとって本当に望むものなのか、考える時間も必要だ。
けれど、これからも彼と会いたい。
話をしたい。
知らないことを教えてほしい。
自分の知らない彼の一面を、もっと見てみたい。
その願いは、もう隠す必要のないものだった。
リヴィアは膝の上の鞄にそっと触れた。
中には、ルシアンから贈られた銀の栞が入っている。
彼が願ってくれた未来と、自分が望み始めた未来。
その二つが同じ方向を向いているのか、今はまだ分からない。
それでも、確かめていくことはできる。
誰かに急かされることなく。
自分の心を置き去りにすることなく。
そして、彼の気持ちも大切にしながら。
「ルシアン殿下」
「うん?」
「また、誘ってくださいますか?」
彼女の問いかけに、ルシアンは一瞬だけ驚いた。
やがて、その表情がゆっくりと柔らかくなる。
「もちろん。君が望んでくれるなら、何度でも」
「……では、次は私が行き先を考えます」
「楽しみにしているよ」
「期待しすぎないでくださいね。私だって、どこへ行けばいいのか、まだ分かりませんから」
「それでも構わない。君が考えてくれること自体が嬉しいから」
リヴィアは、また頬が熱くなるのを感じた。
けれど今度は、慌てて顔を背けなかった。
少し照れながらも、彼の言葉をそのまま受け止めた。
「……ありがとうございます」
川面を渡る風が、二人の髪をそっと揺らした。
時計台の鐘が鳴り、広場にいた人々が、それぞれの午後へと歩き出していく。
やがてリヴィアとルシアンも、帰路につくために立ち上がった。
帰り道、二人は市場で見かけた店のことや、学院で待っている友人たちのことを話した。
特別な告白も、大きな決断もなかった。
ただ、一緒に過ごした一日が終わろうとしている。
それなのに、リヴィアの心には、確かな変化が残っていた。
彼と歩く未来を想像することが、以前よりも自然になった。
その未来を、自分の意志で考えてみたいと思えるようになった。
そして何より、次に会える日を楽しみにしている自分がいた。
夕暮れの街並みを歩きながら、リヴィアはそっと微笑んだ。
未来は、まだ決まっていない。
けれど、選ぶために必要な時間は、もう始まっている。
その時間を、彼と一緒に歩いていきたい。
今のリヴィアが望むのは、まずはそれだけだった。




