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祭りのあとに残ったもの

 交流祭が終わった翌朝。


 王立セイレーン学院は、昨日までの賑やかさが嘘のように静かだった。


 中庭に並んでいた屋台は片付けられ、両国の旗も撤去されている。


 魔法実演に使われていた魔法陣も消され、料理班が使っていた長机もなくなっていた。


 けれど。


 完全に何も残っていないわけではない。


 中庭の中央。


 交流の木だけは、昨日と変わらず立っていた。


 枝には、五日間で集まったたくさんの紙が結ばれている。


 風が吹く。


 紙が揺れる。


 まるで、昨日までの時間を思い出させるように。


「……終わったんですね」


 セレネが木を見上げながら呟いた。


 銀色の髪が朝の風に揺れる。


 胸元では、ヴァロリアから贈られた銀青色のペンダントが淡く輝いていた。


「ええ」


 リヴィアが答える。


「交流祭は終わったわ」


「少し寂しいです」


「私もよ」


 リヴィアは木に結ばれた紙を見つめる。


「でも、悪い寂しさじゃないわね」


「はい」


 セレネが微笑んだ。


「また来年があるからでしょうか」


「きっとそうね」


 その時。


「おはようございます!」


 背後から明るい声が聞こえた。


 振り返ると、ミアとリーナが歩いてくる。


「おはよう」


「昨日は楽しかったね!」


「本当に!」


 二人は笑いながら交流の木を見上げた。


「来年も来られるかな?」


 ミアが言う。


「ヴァロリアからここまで来るのは少し大変だけど」


「でも、来たい」


 リーナが即答する。


 セレネは嬉しそうに笑った。


「来年も一緒に参加できたらいいですね」


「うん!」


「絶対!」


 その言葉を聞いて、リヴィアも微笑む。


 昨日までだったら。


 この光景を「交流祭の成功」と考えていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 大切なのは、祭りが成功したことだけではない。


 終わった後に。


 もう一度会いたいと思えるか。


 また何かを一緒にしたいと思えるか。


 そして。


 そのために、自分から一歩踏み出せるか。


 それこそが、今回の交流祭が残したものなのだろう。


「そういえば」


 ミアが思い出したように言った。


「昨日の未来記録、もう学院に保管されるんだよね?」


「ええ」


 リヴィアが頷く。


「学院長が専用の書庫に保管するそうよ」


「来年の人たちが読めるんだ」


「そうなるわ」


 セレネが嬉しそうに言う。


「私たちが書いた言葉も?」


「もちろん」


「……」


 セレネは木を見る。


「少し恥ずかしいですね」


「どうして?」


「知らない人に読まれると思うと」


「それも含めて記録よ」


 リヴィアが笑う。


「未来の誰かが読んで、笑ったり、考えたりしてくれれば十分じゃない?」


「はい」


 セレネも笑った。


 その後。


 五人は学院の書庫へ向かった。


 未来記録は、学院長立ち会いのもとで正式に保管されることになっている。


 重厚な扉を開ける。


 中には、古い本が所狭しと並んでいた。


 過去の学院記録。


 卒業生たちの記録。


 各国との交流記録。


 そして。


 今回の『交流祭・未来記録』。


 学院長が本を受け取る。


「これは、学院にとっても大切な一冊になるでしょう」


 そう言って、専用の棚へ置いた。


 表紙が静かに閉じられる。


「ここから先は、次の世代が続けることになります」


 学院長の言葉に。


 リヴィアは小さく頷いた。


「はい」


 書庫を出た後。


 廊下にはルシアンが待っていた。


「終わったか?」


「ええ」


 リヴィアが答える。


「未来記録も無事に保管されたわ」


「そうか」


 ルシアンは少し笑う。


「なら、交流祭は本当に終わったな」


「そうね」


「寂しいか?」


「少しだけ」


「俺もだ」


 リヴィアは意外そうに彼を見る。


「あなたも?」


「ああ」


「珍しいわね」


「俺だって寂しい時くらいある」


「……そう」


 リヴィアは少し笑う。


「なら、安心した」


「何が?」


「あなたにも普通の感情があるんだと思って」


「……」


 ルシアンが無言になる。


「失礼だな」


「ふふ」


 リヴィアが笑った。


 その時。


 向こうからフィリアがやってくる。


「リヴィア!」


「今度は何?」


「パンがありません」


「……」


「昨日まではあったのに」


「交流祭が終わったからでしょう」


「交流祭が終わるとパンも終わるのですか?」


「そういう問題じゃないわ」


 フィリアは深刻そうな顔をする。


「では、今日から私は何を目的に生きれば……」


「大げさよ!」


 セレネが笑い出した。


 ミアとリーナも笑う。


 ルシアンまで肩を揺らしていた。


「笑い事ではありません」


 フィリアだけが真剣だった。


「学院の購買に行けばいいだろう」


 ルシアンが言う。


「!」


 フィリアの目が輝いた。


「その手がありました!」


 走り去っていく。


「……元気ね」


 リヴィアが呟く。


「悩みが解決したようで何よりだ」


 ルシアンが答える。


 しばらくして。


 学院の鐘が鳴った。


 授業開始の合図。


 生徒たちが教室へ向かい始める。


 昨日まで特別だった学院が。


 今日からまた、いつもの学院に戻っていく。


 それでも。


 リヴィアは少し違って見えた。


 以前は、この場所を「ゲームの舞台」として見ていた。


 攻略対象がいて。


 イベントがあって。


 決められたルートがある。


 そんな世界だと思っていた。


 けれど。


 今は違う。


 ここには、攻略対象ではない人たちがいる。


 ゲームに存在しなかった人たちがいる。


 未来を捨てようとした少年も。


 観測者だった少女も。


 異なる国から来た学生たちも。


 そして。


 自分自身も。


 誰かが作った物語の登場人物ではない。


 自分で今日を選び。


 自分で明日を選んでいる。


「……」


 リヴィアは胸元の鞄を開いた。


 そこには、昨日ルシアンから受け取った銀色のしおりが入っている。


 青い石が朝の光を反射する。


『選んだ未来の、その先へ』


 その言葉を見て。


 リヴィアは小さく笑った。


「どうした?」


 ルシアンが尋ねる。


「ううん」


 リヴィアはしおりを大切にしまう。


「ちょっと嬉しかっただけ」


「そうか」


「……ねえ」


「何だ?」


「今日、授業が終わったら少し時間ある?」


「ある」


 ルシアンが答える。


「どうして?」


 リヴィアは少しだけ迷ってから言った。


「昨日、あなたに願いをもらったでしょう?」


「ああ」


「私も……何か返したいと思って」


 ルシアンが目を瞬かせる。


「それは楽しみだな」


「まだ何をするか決めていないけど」


「なら、決まるまで待つ」


「……」


 リヴィアは笑った。


「あなた、本当に待つのが好きね」


「君を待つのは嫌いじゃない」


「またそういうことを……」


 頬が少し熱くなる。


 ルシアンは楽しそうに笑う。


 しかし。


 その笑顔を見ても、以前ほど慌てなくなっている自分に、リヴィア自身が気づいた。


 もちろん恥ずかしい。


 でも。


 逃げたいとは思わない。


 それは、きっと小さな変化だった。


 午後。


 授業が終わる。


 リヴィアは学院の庭へ向かった。


 交流の木の下。


 昨日までの賑やかさはない。


 けれど、木にはまだたくさんの願いが残っている。


 リヴィアは一枚の新しい紙を手にしていた。


 そこに、一言だけ書く。


『また会いましょう』


 それを木に結ぶ。


 すると。


 風が吹いた。


 新しい紙が、他の願いと一緒に揺れる。


 リヴィアはその光景を見ながら微笑んだ。


 交流祭は終わった。


 けれど。


 終わったからこそ、次が始まる。


 明日も学院へ行く。


 セレネと話す。


 エヴリンと笑う。


 フィリアのパン騒動に付き合う。


 ノエルと未来について話す。


 そして。


 ルシアンと過ごす。


 何が起きるのかは分からない。


 どんな未来になるのかも分からない。


 でも。


 今は、それでいい。


「分からない未来も……悪くないわね」


 リヴィアは小さく呟いた。


 その背後から足音が近づく。


「見つけた」


 ルシアンだった。


「もう来たの?」


「ああ」


「早いわね」


「待つのは嫌いじゃないが、今日は少し早く会いたかった」


「……」


 リヴィアは一瞬だけ言葉を失う。


「本当に……」


「何だ?」


「そういうところよ」


「?」


「……何でもない」


 二人は並んで歩き始める。


 交流祭が終わった翌日。


 特別な事件は何も起きなかった。


 世界も壊れない。


 未来を操る者も現れない。


 大きな危機もない。


 ただ。


 昨日までの思い出を胸に。


 今日を生きる。


 それだけだった。


 そして、リヴィアにとって。


 そんな一日こそが。


 かつて何よりも欲しかった「普通の日常」だった。

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