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もう一度選ぶ明日

 交流祭、三日目。


 朝の王立セイレーン学院には、昨日までとは少し違う空気が漂っていた。


 交流祭そのものには、まだ二日残っている。


 けれど、学生たちの間ではすでに「終わり」を意識する声が増えていた。


「あと二日か……」


 エヴリンが中庭を見渡しながら呟く。


「早いよね」


「本当に」


 リヴィアも頷く。


 朝の光を浴びた交流の木には、昨日よりさらに多くの紙が結ばれている。


 風が吹くたびに、無数の願いが揺れていた。


「昨日より増えていますね」


 セレネが言う。


「ええ」


「今日も増えるのでしょうか?」


「きっとね」


 リヴィアは笑った。


「交流祭が終わるまで、まだ時間があるもの」


 セレネは木を見上げる。


「では、私も今日もう一枚書こうと思います」


「もう?」


「はい」


「何を書くの?」


「秘密です」


「……」


 リヴィアは少し驚いた。


「セレネまで秘密を使うようになったのね」


「はい」


 セレネは微笑む。


「ルシアンから教えてもらいました」


「どうしてあなたがルシアンから?」


「昨日、交流の木を見ている時に」


 セレネは平然と答えた。


「『秘密を持つのも悪くない』と言われました」


「……」


 リヴィアはゆっくりルシアンを見る。


 少し離れた場所にいたルシアンが、こちらに気づく。


「どうした?」


「何でもないわ」


「そうか」


「……」


 リヴィアは小さくため息をついた。


「本当に、余計なことを教えるんだから」


 ルシアンは笑った。


 その日の午前。


 三日目の目玉は、両国合同の「未来交流会」だった。


 昨日の自由討論をさらに発展させ、学生たちが実際に今後の交流計画を考える。


 会場には大きな紙が何枚も用意されていた。


『魔法』


『文化』


『料理』


『留学』


『共同研究』


『スポーツ』


『芸術』


 学生たちは興味のある分野ごとに集まる。


「私は文化交流!」


 エヴリンが手を上げる。


「私は魔法です」


 セレネ。


「俺は共同研究」


 レオン。


「私は料理!」


 ミア。


「私も料理!」


 リーナ。


「パン!」


 フィリア。


「……料理ね」


 リヴィアが訂正する。


「パンです」


「料理の一部よ」


「パンはパンです」


「分かったわ」


 リヴィアは諦めた。


 そして、ルシアンを見る。


「あなたは?」


「特に決めていない」


「珍しいわね」


「今日は全体を見てみたい」


「なるほど」


 リヴィアも特定の班には入らず、いくつかのグループを見て回ることにした。


 文化交流の班では、エルディアとヴァロリアの学生が、それぞれの祝祭について話していた。


「エルディアでは春に花祭りがあります」


「ヴァロリアでは収穫祭が大きいですね」


「じゃあ、共同で祭りを作ったら?」


「面白そう!」


 魔法班では、昨日の合同魔法陣をさらに発展させようとしている。


「この部分をヴァロリア式にすると安定します」


「でも、ここはエルディア式の方が強い」


「なら両方使おう」


 料理班では。


「ヴァロリアの蜂蜜を使った新しい菓子を作りたい」


「エルディアの果物も入れよう」


「パンも?」


「……」


「パンも」


 全員が笑った。


 リヴィアはその光景を眺めながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。


 誰かが指示しているわけではない。


 誰かが未来を決めているわけでもない。


 それぞれが、自分の興味のある場所へ行き。


 自分の意見を言って。


 他の人の意見を聞いている。


 これこそが、昨日まで話していた「選ぶ」ということなのかもしれない。


 昼前。


 文化交流班で、一つの問題が起きた。


「私は、毎年文化展示を続けたいです」


 エルディアの女子生徒が言った。


「でも、毎年同じ展示では飽きてしまう」


 ヴァロリアの男子生徒が反論する。


「伝統を残すことも大切です」


「新しいものを作ることも大切だ」


 二人の意見がぶつかる。


 周囲が静かになる。


 リヴィアは少し離れた場所から様子を見ていた。


 以前の彼女なら。


 どちらが正しいのか考えただろう。


 でも。


 今は違う。


「二人とも、どうしてそれを残したいの?」


 リヴィアが尋ねる。


 二人がリヴィアを見る。


「伝統を残したいからです」


 女子生徒が答える。


「自分たちの文化を知ってほしい」


「俺は、新しい人にも興味を持ってほしい」


 男子生徒も答える。


「だから、毎年同じものを見せるより、新しいものを作った方がいいと思った」


「……」


 リヴィアは二人の話を聞く。


「だったら、両方やればいいんじゃない?」


「え?」


「伝統の展示を一つ残して、その隣に毎年新しい展示を一つ作る」


「……」


「残すものと、変えるものを分けるの」


 女子生徒と男子生徒が顔を見合わせる。


「それなら……」


「できそうだ」


 二人が頷いた。


「意見が違うこと自体が問題じゃないのかもしれないわ」


 リヴィアは笑う。


「その理由を聞けば、別の方法が見つかることもあるから」


 二人は笑った。


「ありがとう、リヴィアさん」


「こちらこそ」


 リヴィアがその場を離れる。


 ルシアンが待っていた。


「また問題を解決したな」


「解決したというより、話を聞いただけよ」


「それが難しいんだ」


「そう?」


「ああ」


 ルシアンは少し笑う。


「自分の答えを出すより、相手の答えを聞く方が難しいこともある」


「……」


 リヴィアはその言葉を考えた。


「そうかもしれないわね」


 午後。


 未来交流会の最後に、各班が簡単な発表を行った。


 魔法班。


 文化班。


 料理班。


 留学班。


 共同研究班。


 どの班も、具体的な案を発表した。


 そして最後。


 学院長が学生たちを見る。


「今日、皆さんが考えた案は、すぐに全て実現できるわけではない」


 学生たちは静かに聞いている。


「予算の問題もある。


 人手の問題もある。


 制度の問題もあるだろう」


 しかし。


「だからといって、考えることをやめる必要はない」


 学院長は続ける。


「今年できることを一つ選び、来年できることをまた選ぶ」


「そして、必要なら内容を変える」


「それでいい」


 学生たちから拍手が起こる。


 セレネはその拍手を聞きながら、少しだけ笑っていた。


「どうしたの?」


 ミアが尋ねる。


「未来は、もっと自由なのだと思いました」


「うん?」


「以前は、選択肢が多いほど大変だと思っていました」


 セレネは周囲を見る。


「でも今は、選択肢が多いからこそ、自分で選べるのだと思います」


 ミアが笑う。


「セレネ、本当に変わったね」


「はい」


 セレネも笑う。


「私自身も、そう思います」


 夕方。


 三日目の催しが終わる。


 学生たちは少しずつ片付けを始めた。


 リヴィアは交流の木の下に立っていた。


 昨日までなかった紙が、また増えている。


 その中に、セレネの字を見つけた。


『知らないことを、怖がらない』


 その隣には、新しい紙。


『また明日も、新しいことを知りたい』


「……」


 リヴィアは微笑む。


「いい願いね」


「見つけたか」


 ルシアンが隣に来る。


「ええ」


「セレネのか?」


「そう」


 リヴィアは紙を見る。


「明日も、新しいことを知りたいって」


「それはいい未来だな」


「うん」


 少し沈黙する。


 そしてリヴィアは言った。


「私も、そうなのかもしれない」


「何が?」


「明日、何が起きるのか知りたい」


 ルシアンが少し驚いた顔をする。


「……以前の君なら、全部知っておきたいと言いそうだ」


「そうね」


 リヴィアは笑う。


「でも今は、全部じゃなくていい」


「……」


「少しだけ分からないままでもいい」


 風が吹く。


 リヴィアの髪が揺れる。


「分からないから、楽しみにできるもの」


「そうだな」


「だから――」


 リヴィアは木を見上げる。


「明日も楽しみ」


 その時。


「リヴィア」


「何?」


「交流祭が終わった後も?」


「……」


 リヴィアは少し考える。


「もちろん」


「そうか」


「どうして聞くの?」


「別に」


「……」


 リヴィアはルシアンの顔を見る。


「何か考えているでしょう?」


「少しな」


「教えて」


「まだ秘密だ」


「また秘密!」


 リヴィアが頬を膨らませる。


 ルシアンは笑った。


「あと二日だ」


「……分かったわ」


 リヴィアは諦めたように息を吐く。


 その夜。


 セレネは学院の図書館にいた。


 一人で机に座り、今日の出来事を小さなノートに書いている。


『今日は文化について話し合いました』


『意見が違う人がいました』


『でも、話を聞いたら、一緒にできることが見つかりました』


 少し考える。


 そして続ける。


『私は以前、違う未来を一つにしなければならないと思っていました』


『でも今は、違うままでも一緒にいられると知りました』


 ペンが止まる。


 セレネは窓の外を見る。


 夜の学院。


 静かな中庭。


 交流の木。


 その木には、たくさんの願いが揺れている。


「……明日も」


 セレネは小さく呟いた。


「みんなと一緒にいたいです」


 ノートを閉じる。


 その時。


 図書館の入口から声がした。


「まだいたのか?」


 セレネが振り返る。


「ルシアン?」


「ああ」


「どうしてここに?」


「少し探していた」


「何を?」


「これだ」


 ルシアンが一冊の本を持っていた。


 古い交流記録。


「未来記録の参考にするため?」


「それもある」


「他にも?」


「……」


 ルシアンは少しだけ笑った。


「まだ秘密だ」


 セレネは首を傾げる。


「秘密が多いですね」


「そうかもしれない」


 ルシアンは本を机に置いた。


「でも、もうすぐ分かる」


「交流祭が終わったら?」


「ああ」


 セレネは頷いた。


「楽しみですね」


 その言葉に、ルシアンも微笑んだ。


 交流祭、三日目。


 彼らはまた一つ学んだ。


 未来を選ぶことは。


 一つの答えを選んで、他を捨てることだけではない。


 違う意見を聞き。


 新しい方法を探し。


 必要なら、一度選んだ道を変える。


 そして。


 明日、もう一度選ぶ。


 それもまた、未来を生きるということだった。


 交流祭は残り二日。


 明日からは、いよいよ終盤に入る。


 そして。


 ルシアンが隠している「秘密」も。


 少しずつ、その姿を見せ始めようとしていた。

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