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もう一度会いたいと思える場所

 交流祭、二日目。


 朝の王立セイレーン学院には、昨日とは少し違う空気が流れていた。


 昨日は初めての交流に緊張していた学生たちも、今日は自然に挨拶を交わしている。


「おはよう!」


「今日もよろしく!」


「昨日の料理、美味しかったよ!」


 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


 リヴィアはその様子を見ながら、ゆっくりと歩いていた。


「昨日より、みんな慣れているわね」


 隣を歩くエヴリンが笑う。


「昨日は『初めまして』だったけど、今日は『おはよう』になったからね」


「……確かに」


 リヴィアは少し笑った。


 たった一日。


 それだけなのに。


 人との距離は、確かに変わっている。


「おはようございます」


 セレネが二人の前に現れた。


 昨日もらった青いペンダントを、今日も制服の胸元につけている。


「おはよう、セレネ」


「今日もつけているのね」


 リヴィアがペンダントを見る。


「はい」


 セレネは嬉しそうに触れた。


「気に入りました」


「よかった」


「それに……」


 セレネは少しだけ笑う。


「これを見ると、昨日のことを思い出せます」


「昨日の?」


「皆さんと一緒に料理を作ったことや、魔法を見たことです」


「……」


 リヴィアはその言葉を聞いて、少し嬉しくなった。


 記録。


 記憶。


 未来。


 かつては、それらを残すことばかり考えていた。


 けれど。


 今は、思い出そのものを大切にしている。


「今日はどこへ行きますか?」


 セレネが尋ねる。


「今日は――」


 エヴリンが指を立てる。


「学院の合同授業!」


「合同授業?」


「そう。エルディアとヴァロリアの学生が一緒に授業を受けるんだって」


「楽しそうね」


「でしょ?」


 四人は教室へ向かった。


 今日の合同授業は、両国の魔法理論を比較するものだった。


 黒板には二つの魔法陣が描かれている。


 一つはエルディア式。


 もう一つはヴァロリア式。


 構造は似ている。


 しかし、魔力を流す順番が違っていた。


「では、二つの術式を比較してみてください」


 教師が言う。


 学生たちはそれぞれ資料を手に取った。


「エルディアでは、最初に中心へ魔力を集めます」


 レオンが説明する。


「ヴァロリアでは逆です。外側から中心へ流します」


「どうして違うの?」


 エヴリンが尋ねる。


「魔力の扱い方が違うからだ」


 レオンが答える。


「ヴァロリアでは、魔力を安定させてから中心へ送る」


「エルディアでは、中心から全体へ広げるのね」


 リヴィアが続ける。


「そういうことだ」


 セレネが二つの術式を見比べる。


「同じ結果を出すために、違う方法を使っているんですね」


「その通り」


 教師が頷く。


「だからこそ、今日は一つの課題を出そう」


 教師が二つの魔法陣を指す。


「両国の術式を組み合わせ、新しい魔法陣を作りなさい」


「……!」


 教室がざわめく。


「二つを組み合わせる?」


「そんなことできるの?」


「やってみよう」


 学生たちがグループを作る。


 リヴィアたちも一つの机を囲んだ。


「どうする?」


 エヴリンが尋ねる。


「まずは魔力の流れを合わせた方がいい」


 レオンが答える。


「でも、それだとエルディア側の術式が弱くなる」


 ノエルが言う。


「ヴァロリア側も同じだ」


「じゃあ、両方をそのまま使うのは?」


 ミアが提案する。


「干渉する可能性があります」


 セレネが言った。


 全員が黙る。


「……」


「……」


「どうしましょう?」


 セレネが困ったように言う。


 リヴィアは二つの魔法陣を見つめた。


 その時。


「一つにする必要はないんじゃない?」


 リヴィアが言った。


「え?」


 全員が見る。


「二つの魔法陣を、それぞれ独立させたまま繋げればいい」


「でも、それだと一つの術式にならない」


「一つの術式にする必要があるの?」


「……」


 リヴィアは黒板を見る。


「違う方法が同時に存在してもいいんじゃない?」


 レオンが少し考える。


「……なるほど」


 セレネも目を輝かせた。


「互いの違いを消すのではなく、違ったまま繋ぐ」


「そう」


 リヴィアが頷く。


「それなら、両方の術式を活かせる」


 学生たちは試行錯誤を始めた。


 魔力の流れを調整する。


 魔法陣の位置を変える。


 互いの術式を確認する。


 そして。


「できた!」


 淡い光が二つの魔法陣から伸びる。


 エルディアの魔力。


 ヴァロリアの魔力。


 二つの光は中央で重なりながらも、それぞれの色を失わない。


「成功です!」


 セレネが嬉しそうに笑った。


 教室に拍手が起こる。


 教師も満足そうに頷いた。


「素晴らしい」


 リヴィアはその光を見つめていた。


 違うものを一つにする必要はない。


 違ったままでも、一緒に進める。


 それは、昨日の交流祭で学んだことと同じだった。


「また一つ、分かった気がします」


 セレネが言う。


「何を?」


「違うことは、直すべきことではないんですね」


 リヴィアは微笑む。


「ええ」


「一緒にいるために、同じになる必要もない」


「そうね」


 その言葉を聞いたエヴリンが笑った。


「なんだか、私たちにも似てるね」


「私たち?」


「うん」


 エヴリンはリヴィアを見る。


「性格も考え方も全然違うけど、一緒にいるでしょう?」


「……」


 リヴィアは少し照れたように笑った。


「そうね」


 昼休み。


 中庭では、昨日以上に多くの学生が集まっていた。


 料理の屋台。


 音楽。


 小さな舞台。


 そして、交流の木。


「今日はここで食べよう」


 エヴリンが言う。


「賛成です」


 セレネが頷く。


 皆で昼食を広げる。


 フィリアは当然のようにパンを並べていた。


「……フィリア」


「はい」


「今日は何個?」


「五個です」


「昨日より増えてるわね」


「交流祭二日目ですから」


「その理屈は昨日も聞いたわ」


 ノエルが笑う。


「昨日は何個食べたんだ?」


「秘密です」


「絶対に多いだろ」


「……」


 フィリアが視線を逸らす。


「図星だな」


 皆が笑う。


 その時。


 ヴァロリアの学生の一人が近づいてきた。


「セレネ」


「はい?」


「一緒に食べてもいい?」


「もちろんです」


 セレネは自然に席を空けた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 別の学生も加わる。


「僕もいい?」


「はい」


 さらに一人。


 気がつけば、テーブルにはエルディアとヴァロリアの学生が混ざって座っていた。


 リヴィアはその光景を見ながら、静かに笑った。


 昨日なら。


 「一緒に食べてもいい?」という言葉に少し緊張していたかもしれない。


 今日は違う。


 ただ、空いている席に座る。


 それだけだった。


 交流は、もう特別なものではなくなり始めている。


 午後。


 学院の中庭で、小さな自由討論会が開かれた。


 テーマは。


『両国の交流を、これからどう続けるか』


 学生たちは自由に意見を出していく。


「交換留学を増やしたい」


「共同研究をしたい」


「文化祭を毎年開催したい」


「魔法競技大会もいい」


「料理交流を続けたい!」


 フィリアが手を上げる。


「料理以外も考えようね」


 エヴリンが笑う。


「もちろんです」


 フィリアは頷いた。


「パンもお願いします」


「結局パンなんだ」


 笑い声が起こる。


 しかし、その後。


 一人の学生が手を挙げた。


「全部やるのは無理じゃないか?」


 空気が少し変わった。


「予算も人も限られている」


「……」


「毎年全部続けるなんて、現実的じゃないと思う」


 誰も反論できなかった。


 正しい意見だった。


 やりたいことはたくさんある。


 けれど。


 すべてを実現できるとは限らない。


 リヴィアはしばらく考えた。


 そして。


「だったら、毎年変えればいいんじゃない?」


 皆がリヴィアを見る。


「毎年、学生が選ぶ」


 リヴィアは続けた。


「今年は文化交流」


「来年は魔法」


「その次は料理」


「その時の学生が、一番やりたいことを選べばいい」


「……」


「全部を残す必要はない」


 セレネが頷く。


「必要なのは、選べることですね」


「そう」


 リヴィアは笑った。


「交流そのものを続ける」


「でも、内容は自由に変える」


 レオンが納得したように頷く。


「それなら現実的だ」


 教師も頷く。


「いい案だ」


 その場で、新しい方針が決まった。


『交流は続ける』


『内容は、その年の学生が決める』


『過去の方法をそのまま守る必要はない』


 リヴィアはその言葉を聞きながら、ふと昔の自分を思い出した。


 決められた未来。


 決められた役割。


 決められた結末。


 それに抗おうとしていた自分。


 今は違う。


 未来を自由にするということは。


 何でも好きにすることではない。


 自分たちで考え。


 選び。


 必要なら変えること。


 それも未来を選ぶということなのだ。


 夕方。


 交流祭二日目も終わりに近づいていた。


 リヴィアは中庭の交流の木の前に立っていた。


 今日も新しい紙が増えている。


『来年もまた会いたい』


『今度はヴァロリアへ行ってみたい』


『もっと魔法を知りたい』


『今日できた友達を忘れたくない』


 その中に、一枚だけ見覚えのない紙があった。


『ここが、もう一度会いたいと思える場所になりますように』


「……」


 リヴィアはその言葉を見つめた。


 誰が書いたのかは分からない。


 けれど。


 その願いは、今の学院そのものを表している気がした。


「いい願いだな」


 ルシアンが隣に来る。


「ええ」


「誰が書いたんだろうな」


「分からないわ」


「それでいいんじゃないか?」


「……そうね」


 リヴィアは微笑む。


 誰が書いたかを知らなくてもいい。


 その言葉が、ここに残っていることが大切なのだから。


「ねえ、ルシアン」


「何だ?」


「この交流祭が終わったら」


「ああ」


「みんな、どうするのかしら」


「それぞれの日常に戻るだろうな」


「そうよね」


 リヴィアは少し寂しそうに笑う。


「だからこそ、また会いたいと思える場所になればいいのかもしれない」


「……」


「交流祭が終わっても、ここに来れば誰かに会える」


「そうだな」


「そんな学院に」


 ルシアンは静かに頷いた。


「きっとなる」


 その言葉を聞いたリヴィアは、少しだけ笑った。


 そして。


「私も、また来たいと思うわ」


「俺もだ」


 二人は並んで交流の木を見上げた。


 夜風が吹く。


 無数の願いが揺れる。


 その中には。


 未来への大きな夢も。


 小さな願いも。


 そして、たった一言の「また会いたい」もある。


 どれも同じくらい大切だった。


 交流祭、二日目。


 彼らはまた一つ、未来について学んだ。


 違いをなくす必要はない。


 すべてを続ける必要もない。


 その時、その場所にいる人たちが。


 自分たちにできることを考えて。


 次の一歩を選べばいい。


 そして。


 また会いたいと思える場所が残っていれば。


 未来は、きっと一度途切れても。


 もう一度、始めることができる。


 交流祭は、まだ終わらない。


 明日は三日目。


 そしてその先には。


 彼ら自身がまだ知らない、新しい出会いが待っていた。

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