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違いを知るということ

 交流祭、初日の午後。


 学生代表による未来の提案が終わった後も、学院の熱気は収まらなかった。


 中庭では料理交流が続き、講堂では音楽会が始まっている。


 魔法演習場ではエルディアとヴァロリアの学生たちが、それぞれの魔法技術を披露していた。


「次は魔法体験です!」


 案内係の声が響く。


「ヴァロリア式の魔法陣も使えます!」


「本当に?」


「もちろん!」


 学生たちが次々と集まっていく。


 リヴィアもその様子を少し離れた場所から眺めていた。


「随分と盛り上がっているな」


 ルシアンが隣に立つ。


「ええ」


 リヴィアは笑った。


「朝は少し緊張していたのに、今ではみんな楽しんでいるわ」


「それが交流祭だからな」


「そうね」


 リヴィアが魔法演習場を見る。


 中央には大きな魔法陣が二つ描かれていた。


 一つはエルディア式。


 もう一つはヴァロリア式。


 形も構造も違う。


「でも、あの二つ」


 リヴィアが指差す。


「一緒に使うのよね?」


「ああ」


「本当に大丈夫なのかしら」


「実験では成功している」


「実験では?」


「……」


 ルシアンが少し黙る。


「どうしてそこで黙るの?」


「念のため、少し離れていよう」


「それ、絶対に大丈夫じゃないでしょう!」


 リヴィアが慌てて一歩下がる。


 その瞬間。


「大丈夫です!」


 レオンが魔法演習場の中央から叫んだ。


「さっきも成功しました!」


「なら安心ね」


 リヴィアが胸を撫で下ろす。


 ルシアンが小さく笑った。


「君は本当に慎重だな」


「慎重なのは悪いことじゃないわ」


「そうだな」


 魔法陣が光る。


 エルディア式の火属性魔法。


 ヴァロリア式の水属性魔法。


 二つの魔法がゆっくりと中央で重なっていく。


 普通なら反発するはずの二つの魔力。


 しかし。


 水が火を消すのではなく。


 火が水を蒸発させるのでもない。


 二つの魔力が混ざり合い、淡い光の霧へ変わっていく。


「……綺麗」


 セレネが呟いた。


 彼女の隣にはミアとリーナがいる。


「ヴァロリアでは、ああいう使い方をすることもあるんです」


 ミアが説明する。


「エルディアの魔法とは少し違うでしょう?」


「はい」


 セレネは頷く。


「でも、どちらも魔法ですね」


「そうだね」


 リーナが笑う。


「やり方が違うだけ」


 セレネはその言葉を聞いて、しばらく魔法陣を見つめていた。


「……それって、人も同じなのかもしれません」


「人?」


「はい」


 セレネは静かに言う。


「考え方が違っても、同じ未来を望めることがある」


「……」


「同じ方法じゃなくても、一緒に進める」


 ミアとリーナが顔を見合わせる。


「セレネ、最近そういうことをよく言うようになったね」


「そうですか?」


「うん」


 セレネは少し照れたように笑った。


「学院で、たくさん教えてもらいましたから」


 その様子を見ていたリヴィアも微笑んだ。


 魔法演習が終わると、次は文化交流の時間だった。


 両国の学生が互いの文化を紹介する。


 エルディア側からは王国の伝統音楽。


 ヴァロリア側からは民族舞踊。


 そして最後に、両国の学生が一緒に演奏することになった。


 楽器の音が重なる。


 最初は少しずれていた。


 けれど、何度か繰り返すうちに音が揃っていく。


 観客から拍手が起こる。


「すごいですね」


 セレネが言う。


「最初は合っていなかったのに」


「練習したんでしょうね」


 リヴィアが答える。


「でも、合わない部分を無理に消したわけじゃない」


「……」


「互いの音を聞いて、合わせたんだと思う」


 セレネは頷いた。


「なるほど」


 その日の夕方。


 交流祭の一日目は、順調に進んでいた。


 だが。


「……どうしよう」


 ミアが料理会場で困った顔をしていた。


「何かあった?」


 リヴィアが尋ねる。


「人気がありすぎて、予定していたお菓子がほとんどなくなってしまいました」


「え?」


 テーブルを見る。


 確かに、料理の皿がほとんど空になっている。


「ヴァロリアのお菓子も?」


「はい」


「エルディアの焼き菓子も?」


「はい」


 リーナが苦笑する。


「予想以上でした」


「それは嬉しいことだけど……」


 リヴィアが周囲を見る。


 まだ料理を食べたい学生たちがいる。


「材料は?」


「残っています」


「なら、追加で作りましょう」


「今からですか?」


「ええ」


 ミアの目が輝く。


「分かりました!」


「私も手伝います」


 セレネが手を挙げる。


「私も!」


 エヴリンも続く。


「では、私も」


 リヴィアが袖を少し上げる。


「料理は得意なの?」


 エヴリンが尋ねる。


「普通よ」


「普通って?」


「……少なくとも、焦がさない程度には」


「それ、普通なのかな」


 そんな会話をしながら、料理班は追加の菓子作りを始めた。


 フィリアも当然のように参加する。


「フィリアは何をするの?」


「味見です」


「あなたが一番楽しそうね」


「重要な仕事です」


「……否定できない」


 厨房に笑い声が響く。


 焼き上がった菓子を並べる。


 エルディアの果物。


 ヴァロリアの蜂蜜。


 二つの国の食材。


 違う味。


 違う文化。


 それを一つの皿にまとめる。


「完成です!」


 ミアが笑う。


 学生たちに配る。


「美味しい!」


「もう一つ食べたい!」


「ヴァロリアの蜂蜜ってこんな味なんだ!」


「エルディアの果物とも合うね!」


 そんな声が次々に上がる。


 リヴィアはその光景を見ていた。


 料理一つで。


 知らなかったものを知る。


 違いを知る。


 そして。


「美味しい」という同じ感想で笑う。


 それだけでも、十分な交流なのかもしれない。


 夜。


 交流祭の一日目が終わろうとしていた。


 学院の中庭には、昼間とは違う静けさが戻っている。


 屋台の片付け。


 展示品の整理。


 明日の準備。


 学生たちは疲れていた。


 けれど、どの顔にも笑顔が残っている。


 リヴィアは交流の木の前に立っていた。


「今日は長かったわね」


 ルシアンが隣に来る。


「ええ」


「疲れたか?」


「少し」


「明日はもっと忙しいぞ」


「分かっているわ」


「それでも?」


「楽しいから」


 リヴィアは木を見上げる。


 今日、新しく結ばれた紙がたくさん増えていた。


『ヴァロリアの友達ができた』


『また来年も会いたい』


『もっと魔法を勉強したい』


『今日食べたお菓子をもう一度食べたい』


「……」


 リヴィアは微笑む。


「みんな、それぞれ違う願いを書いているわね」


「ああ」


「でも、どれも大切そう」


「そうだな」


 その時。


 セレネがやってきた。


「リヴィア」


「どうしたの?」


「少しだけ話してもいいですか?」


「もちろん」


 三人で木の下に立つ。


 セレネは自分のペンダントに触れた。


「今日、いろいろなものを見ました」


「うん」


「魔法も」


「ええ」


「料理も」


「そうね」


「音楽も」


 セレネは少し笑う。


「そして、全部違いました」


「そうね」


「最初は、違うものを見ると、どちらが正しいのか考えていました」


 リヴィアは黙って聞く。


「でも今日、分かりました」


 セレネは魔法演習場の方を見る。


「違うままでも、一緒にできることがある」


 リヴィアは微笑んだ。


「それが交流なのかもしれないわね」


「はい」


 セレネは頷く。


「だから、明日ももっといろいろなものを知りたいです」


「いいと思う」


「そして――」


 セレネは少しだけ迷った。


「明日も、みんなと一緒にいたいです」


「もちろん」


 リヴィアは答えた。


「私たちは友達でしょう?」


「……」


 セレネの目が少しだけ大きくなる。


「はい」


 その返事には、以前よりずっと自然な喜びがあった。


 セレネが去った後。


 リヴィアはルシアンを見る。


「変わったわね」


「ああ」


「最初に会った時は、もっと……」


 リヴィアは言葉を探す。


「自分が何者なのかさえ、決められないような人だった」


「今は?」


「自分で決め始めている」


 ルシアンは頷いた。


「君も同じだ」


「私?」


「ああ」


「……」


 リヴィアは少し考える。


「そうかもしれない」


 そして、交流の木を見上げた。


「私も、前より未来が楽しみになった」


「良かったな」


「ええ」


 少しの沈黙。


 リヴィアはふと思い出す。


「そういえば」


「何だ?」


「あなたの願い」


「……」


「まだ見せてくれないの?」


「まだだ」


「明日?」


「違う」


「じゃあ、いつ?」


「交流祭が全部終わった時」


「全部?」


「ああ」


「ずいぶん先ね」


「その方がいい」


 リヴィアは少し頬を膨らませた。


「本当に秘密が好きね」


「君も秘密を持っているだろう?」


「……」


 リヴィアは黙った。


「それは……」


「何だ?」


「私の秘密は、まだ秘密」


「分かった」


 二人は笑った。


 その夜。


 学院の屋上から、王都の夜景が見えた。


 遠くの建物には交流祭のための灯りがともっている。


 明日も。


 明後日も。


 まだ交流祭は続く。


 そして、その時間の中で。


 また新しい人と出会う。


 新しい考えを知る。


 新しい選択をする。


 それは、かつてのリヴィアが恐れていた「未知」とは違っていた。


 未知だからこそ、楽しみにできる。


 何が起きるか分からないからこそ。


 自分で歩いて確かめることができる。


「明日は、何が起きるのかしら」


 リヴィアが空を見上げる。


「分からない」


 ルシアンが答える。


「でも」


 リヴィアは笑った。


「それでいいわ」


 交流祭、初日。


 大きな問題も起きなかった。


 誰かが未来を奪われることもなかった。


 ただ、違う国の人々が出会い。


 話し。


 笑い。


 互いの違いを知った。


 それだけだった。


 けれど。


 そんな一日こそが。


 未来を変える最初の一歩になるのかもしれない。


 夜風が吹く。


 交流の木の紙が、静かに揺れた。


 そしてその中に。


 今日、新しく書かれた一枚の紙があった。


『知らないことを、怖がらない』


 セレネが書いた願いだった。


 交流祭二日目へ。


 未来は、また一歩進もうとしていた。

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