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交流祭、始まりの朝

 交流祭当日。


 王立セイレーン学院の正門には、朝から大勢の人が集まっていた。


 エルディア王国の旗。


 ヴァロリア王国の旗。


 二つの旗が並んで風に揺れている。


 学院の正面には大きな看板が設置され、その下には交流祭の開催を知らせる花飾りが並んでいた。


 普段なら静かな朝の学院。


 今日は、まるで別の場所のようだった。


「……始まったのね」


 リヴィアは正門の前に立ち、学院を見渡した。


 淡い光を浴びた校舎。


 飾り付けられた窓。


 中庭に並ぶ屋台。


 魔法演習場へ続く道には、両国の学生たちが作った案内板が置かれている。


 ここ数日。


 自分たちが準備してきたものが、ようやく形になっていた。


「緊張しているか?」


 隣からルシアンが尋ねる。


「……少しだけ」


「昨日も聞いたな」


「今日は本番だからよ」


「そうだな」


 ルシアンは笑った。


 彼の胸元には、昨日受け取った銀色の記念ブローチが輝いている。


 エルディアとヴァロリア。


 二つの紋章が重なった意匠。


 朝の光を受け、控えめに輝いていた。


 リヴィアはそれを見て、少しだけ微笑む。


「似合っているわ」


「ありがとう」


「……」


「どうした?」


「いえ」


 リヴィアは視線を逸らした。


「本当に似合っていると思っただけ」


「分かっている」


「ならいいけど」


 そこへ。


「リヴィア!」


 エヴリンが走ってきた。


「もうすぐ開場だよ!」


「分かったわ」


「セレネたちも待ってる」


「行きましょう」


 三人が歩き出す。


 すると。


「リヴィア!」


 今度はフィリアの声。


 振り返る。


 フィリアが両手いっぱいにパンを抱えて走ってくる。


「……」


 リヴィアは目を細めた。


「フィリア」


「はい」


「何個持っているの?」


「これは配布用です」


「本当に?」


「はい」


「自分で食べる分は?」


「別にあります」


「……」


 エヴリンが吹き出した。


「やっぱり!」


「当然です」


 フィリアは胸を張る。


「今日は交流祭です」


「だから?」


「特別な日です」


「だからパンも特別に増えるの?」


「はい」


「……まあ、今日は許しましょう」


「ありがとうございます!」


 フィリアが嬉しそうに笑った。


 中庭へ向かうと、すでに多くの学生が集まっていた。


 エルディアの学生。


 ヴァロリアの学生。


 教師たち。


 そして、一般の来場者もいる。


 屋台では料理が並び、文化展示の会場からは説明する声が聞こえる。


 魔法演習場では、交流用の魔法体験が始まっていた。


「すごい……」


 セレネが呟く。


 彼女の銀色の髪には朝の光が反射している。


 胸元では、昨日もらった青い石のペンダントが揺れていた。


「似合っているわ」


 リヴィアが言う。


「ありがとうございます」


 セレネはペンダントに触れた。


「今日、一緒につけてきました」


「気に入った?」


「はい」


 セレネは笑う。


「嬉しいです」


 その笑顔を見て、リヴィアも自然と笑った。


 交流祭の開会式が始まる。


 学院長が壇上へ上がった。


「本日、ここ王立セイレーン学院にて、エルディア王国とヴァロリア王国による学院交流祭を開催する」


 拍手が起こる。


「この祭りの目的は、互いの文化を知ることだけではない」


 学院長は両国の学生を見る。


「互いの考えを知ること。


 互いの違いを知ること。


 そして、これから先も交流を続けていくための一歩を作ることだ」


 大きな拍手。


「今日という一日が、皆さんにとって新しい未来の始まりとなることを願っている」


 開会宣言が終わった。


 交流祭が始まる。


「行こう!」


 エヴリンがリヴィアの腕を引く。


「最初はどこ?」


「文化展示!」


「料理!」


 フィリアが即答する。


「まだ何も決めてないわよ」


「では料理で」


「聞いてないわね……」


 笑いながら、皆が歩き出す。


 最初に向かったのは文化展示会場だった。


 エルディアとヴァロリア、それぞれの歴史や文化を紹介する展示が並んでいる。


「これ、昔のヴァロリアの魔法具だって」


 ミアが説明する。


「触ってもいいの?」


 エヴリンが尋ねる。


「展示品だから、見るだけだよ」


「残念」


 その隣では、レオンがエルディアの歴史資料について説明していた。


「この時代から、両国の交易が始まったんだ」


「そうだったのか」


 ノエルが興味深そうに資料を見る。


「知らなかった」


「俺もだ」


 レオンが笑う。


「だから交流祭をやってよかったんだと思う」


「確かに」


 ノエルが頷く。


 少し離れたところでは、セレネが展示を眺めていた。


 一つの小さな木箱。


 中には、古い手紙が収められている。


「これは?」


 セレネが尋ねる。


 リーナが説明する。


「昔のエルディアとヴァロリアの学生が交換した手紙だって」


「学生の手紙……」


 セレネは興味深そうに読む。


『次に会う時には、もっと魔法が上手くなっていたい』


『次は君の国の料理を食べてみたい』


『また話そう』


 どれも短い。


 けれど。


 何十年も前の学生たちの声が、今も残っている。


「……」


 セレネは静かに微笑んだ。


「私たちも、こういう記録を残すんですね」


「そうだね」


 ミアが頷く。


「何十年後かに、誰かが読むかもしれない」


「……楽しみです」


 セレネはそう言った。


 次に向かったのは料理会場。


 そこには、エルディアとヴァロリアの料理がずらりと並んでいた。


「お待たせしました!」


 ミアが声を上げる。


 蜂蜜を使ったヴァロリア風の菓子。


 エルディアの果物を使った焼き菓子。


 両国の食材を組み合わせた交流祭限定の新作。


 そして――。


「パンです」


 フィリアが胸を張る。


「それは見れば分かるわ」


 リヴィアが呆れる。


「ヴァロリアから届いたものです」


「ええ」


「こちらも食べてください」


 フィリアがパンを差し出す。


「……あなた、配る側よね?」


「はい」


「どうして私に?」


「美味しいものは、大切な人と一緒に食べるものだからです」


「……」


 リヴィアは少し驚いた。


 そして。


「ありがとう」


 パンを受け取る。


 ルシアンが隣で微笑んだ。


「いい言葉だな」


「でしょう?」


 フィリアは嬉しそうに頷く。


「ただし、私はまだ食べていません」


「……」


「もう一ついただきます」


「結局それが目的だったのね」


 皆が笑った。


 昼頃になると、学院はさらに多くの人で賑わっていた。


 魔法体験会場では、エルディア式とヴァロリア式の魔法を組み合わせた演目が行われている。


 剣術会場では、両国の学生による模擬試合。


 講堂では音楽会。


 どこへ行っても、違う国の学生たちが一緒にいる。


 リヴィアはその光景を見ながら思った。


 ほんの少し前まで。


 彼らは互いのことを知らなかった。


 それなのに。


 今は一緒に笑っている。


「……不思議ね」


 ルシアンが隣を見る。


「何が?」


「未来って」


 リヴィアは周囲を見渡した。


「こういうものなのかもしれないわね」


「どういうものだ?」


「最初から全部決まっているんじゃなくて」


 笑い声が聞こえる。


 音楽が響く。


 魔法の光が空を彩る。


「知らない人と出会って、その人のことを知って」


 リヴィアは続けた。


「その結果、昨日とは違う明日になる」


「……ああ」


 ルシアンは頷いた。


「それが選ぶということなのかもしれないな」


 午後。


 学生代表の未来提案の発表時間が近づいてきた。


 舞台袖。


 リヴィアは原稿を確認していた。


「……」


 手が少し震えている。


「緊張している?」


 セレネが尋ねる。


「少しだけ」


「私もです」


「セレネも?」


「はい」


 セレネは自分の胸元のペンダントに触れる。


「でも、楽しみでもあります」


「……」


 リヴィアは笑った。


「そうね」


 舞台の向こうから拍手が聞こえてくる。


 観客が集まり始めている。


 リヴィアは深く息を吸った。


「行きましょう」


「はい」


 二人が舞台へ向かう。


 その後ろから、エヴリン、レオン、ミア、リーナも続く。


 壇上に立つ。


 会場を見渡す。


 学生。


 教師。


 両国の王族。


 そして、交流祭を見に来た多くの人々。


 リヴィアは一瞬だけルシアンを見る。


 彼は静かに頷いた。


 それだけで十分だった。


「本日は、私たちの交流祭に来てくださってありがとうございます」


 リヴィアが話し始める。


「この交流祭を始める時、私たちは『互いを知ること』から始めました」


 会場が静かになる。


「けれど、実際に一緒に過ごしてみて分かったことがあります」


 リヴィアは笑う。


「互いを知るというのは、思っていたよりずっと大変でした」


 会場から小さな笑い声。


「文化が違えば、考え方も違います」


「好きな料理も違います」


 フィリアが小さく頷く。


 それを見て、リヴィアも笑った。


「それでも、話してみれば分かることがありました」


 そして。


「違うからこそ、知りたいと思えることもある」


 セレネが続ける。


「私は以前、未来を知ることが大切だと思っていました」


 会場が静かになる。


「でも、今は違います」


 セレネは胸元のペンダントに触れた。


「未来を知らないからこそ、明日を楽しみにできる」


「今日出会った人と、明日また話したいと思える」


「そして、その明日を自分で選べる」


 最後に、リヴィアが前へ出る。


「私たちは、今回の交流祭を一度きりのものにしたくありません」


 会場の視線が集まる。


「来年も」


 少し間を置く。


「その次の年も」


「そして、私たちが卒業した後も」


 リヴィアははっきりと言った。


「この交流が続いていくことを願っています」


 会場から拍手が起こる。


「だから私たちは――」


 リヴィアは一度だけ息を吸う。


「自分たちの未来を、自分たちで選ぶ自由を守りたい」


 大きな拍手が響いた。


 リヴィアは隣を見る。


 セレネも笑っている。


 エヴリンも。


 レオンも。


 ミアも。


 リーナも。


 そして、少し離れた場所にいるルシアンも。


 誰もが同じ未来を見ているわけではない。


 けれど。


 今この瞬間だけは。


 同じ場所で、同じ時間を共有している。


 それだけで十分だった。


 発表が終わる。


 そして最後に、学院長が一冊の本を持って舞台へ上がった。


「ここから、今年の交流祭に新しいものを加えたい」


 会場が静かになる。


 学院長が本を開く。


「『交流祭・未来記録』」


 昨日完成した記録だった。


「これは、今年の交流祭を記録するためだけの本ではない」


 学院長は続ける。


「未来の学生たちが、自分たちの未来を書くための本だ」


 大きな拍手。


 そして。


「最後のページは空白になっている」


 学院長が本を閉じる。


「その空白は、次の世代へ渡される」


 リヴィアはその言葉を聞きながら、胸が温かくなるのを感じていた。


 未来はまだ白紙だ。


 だからこそ。


 これから、いくらでも書いていける。


 交流祭の一日目。


 始まったばかりのこの日。


 彼らはすでに、一つの未来を選んでいた。


 この時間を。


 この出会いを。


 次の誰かへ繋げていく未来を。


 そして。


 交流祭は、まだ終わらない。


 本当の意味で彼らが未来を選ぶ時間は――。


 これから始まろうとしていた。

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