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交流祭前日の贈り物

 交流祭まで、残り三日。


 朝の王立セイレーン学院には、いつもとは違う空気が漂っていた。


 準備はほとんど終わっている。


 廊下に飾られた両国の旗。


 中庭に並んだ屋台。


 講堂に設置された舞台。


 魔法演習場に描かれた交流用の魔法陣。


 そして、学院の中央に立つ「交流の木」。


 そこには、学生たちの願いを書いた紙が無数に結ばれている。


「いよいよですね」


 セレネが中庭を見ながら呟いた。


「ええ」


 リヴィアも頷く。


「ここまで来ると、少し寂しい気もするわね」


「まだ始まっていませんよ?」


 エヴリンが笑う。


「分かっているわ」


 リヴィアも笑い返す。


「でも、準備している時間も楽しかったから」


 セレネが少し考える。


「終わるのが寂しい、ということですか?」


「そうね」


 リヴィアは交流の木を見る。


「こうしてみんなで準備する時間も、きっと大切な思い出になるから」


 セレネは木を見上げた。


「なら、交流祭が終わった後も続ければいいのでは?」


「……」


 リヴィアが目を瞬かせる。


「何を?」


「準備です」


「準備?」


「はい」


 セレネは真面目な顔で答える。


「来年の交流祭の準備を、今から始めるんです」


「早すぎるわよ!」


 エヴリンが笑い出す。


「まだ今年も始まってないよ!」


「そうなのですか?」


「そうよ」


 リヴィアも笑う。


「でも、セレネらしいわね」


「褒められていますか?」


「ええ」


「なら良かったです」


 そんな穏やかな時間の中。


 一人のヴァロリア人の学生が、慌てた様子で中庭へ走ってきた。


「レオン!」


 レオンが振り返る。


「どうした?」


「荷物が届いた!」


「荷物?」


「昨日話していた蜂蜜だ」


 ミアの表情が明るくなる。


「本当に?」


「それから――」


 学生は後ろを振り返る。


 そこには大きな木箱がいくつも積まれていた。


「ヴァロリアから、交流祭用の追加物資が届いている」


「こんなに?」


 リーナが驚く。


「料理用の蜂蜜だけじゃない」


 箱を開ける。


 中には色とりどりの菓子。


 保存用の果物。


 香辛料。


 茶葉。


 そして――。


「パン……」


 フィリアの目が輝いた。


「……」


 リヴィアは嫌な予感がした。


「フィリア」


「はい」


「一応聞くけど」


「何でしょう?」


「何個欲しいの?」


 フィリアは真剣に考える。


「……全部」


「却下」


「まだ答えていません」


「答えを考える顔で分かるわ」


 エヴリンが笑う。


「フィリア、箱全部は無理だよ」


「では半分」


「もっと減らして」


「三分の一」


「一箱だけ」


「……」


 フィリアは箱を見る。


「一箱ですか」


「ええ」


「では、一番大きい箱を」


「そういう意味じゃないわ!」


 周囲から笑い声が起こる。


 しかし、そんな賑やかな空気の中で。


 セレネは別の箱を見つけた。


「これは?」


 箱には小さな銀色の紋章が刻まれている。


 レオンが近づく。


「それは……」


 箱を開ける。


 中に入っていたのは、薄い青色の布に包まれた小さな箱だった。


 その箱を開く。


「……綺麗」


 リヴィアが呟いた。


 中には、小さな銀色のペンダントが入っていた。


 中央には青い石。


 その周囲には、二つの王国の紋章を組み合わせた意匠が刻まれている。


「これは何?」


 エヴリンが尋ねる。


「交流祭の記念品だ」


 レオンが答えた。


「ヴァロリア側の学生が作ったものらしい」


「学生が?」


「そうだ」


 箱の中には、短い手紙も入っていた。


『今年の交流が、これからも続いていきますように』


 セレネが手紙を読む。


「……」


 彼女はペンダントを手に取った。


 青い石が朝の光を反射する。


「素敵ですね」


「セレネ、つけてみたら?」


 ミアが言う。


「私が?」


「うん」


 セレネは少し迷った。


「いいのでしょうか?」


「もちろん」


 リヴィアが微笑む。


「交流祭の記念品なんだから」


 セレネはペンダントを首につけた。


 銀色の鎖が制服の上に落ちる。


 胸元の青い水晶と重なり、二つの青が並んだ。


「……似合っています」


 リーナが言う。


「ありがとうございます」


 セレネは嬉しそうに笑った。


 リヴィアはその姿を見て、ふと思った。


 以前のセレネは。


 何かを身につけることにも、意味を求めていた。


 記録。


 観測。


 役割。


 使命。


 けれど今は。


 ただ「綺麗だから」。


 「嬉しいから」。


 そんな理由で身につけている。


 それだけで十分なのだ。


「大切にします」


 セレネが言った。


「うん」


 リヴィアは頷いた。


「でも、なくさないようにね」


「はい」


 その時。


「俺からも一つある」


 レオンが言った。


「え?」


 彼は別の小さな箱を取り出した。


「ルシアン」


「俺に?」


「ああ」


 ルシアンが箱を開ける。


 中には、銀色の小さなブローチが入っていた。


 エルディアとヴァロリア、二つの紋章を組み合わせたものだ。


「両国の王族向けの記念品らしい」


「兄上から?」


「そうだ」


 ルシアンはブローチを見る。


「……悪くないな」


「つけてみたら?」


 リヴィアが言う。


「そうするか」


 ルシアンは胸元の服にブローチを留めた。


 銀色の装飾が、黒紺色の衣装に映える。


 リヴィアは思わず見つめてしまった。


「……どうした?」


「え?」


「さっきから見ている」


「見てないわ」


「見ていた」


「……」


 リヴィアは視線を逸らす。


「似合っていると思っただけよ」


「ありがとう」


「それだけ!」


「分かっている」


 ルシアンは少し楽しそうに笑った。


「……」


 エヴリンが隣で小さく呟く。


「もう、ほとんど夫婦みたい」


「エヴリン!」


 リヴィアの顔が赤くなる。


「まだ決まってないでしょう!」


「分かってるって」


 エヴリンは笑う。


「だから面白いんだよ」


「もう……」


 その後。


 午後には、交流祭の最後の全体確認が行われた。


 学生代表。


 料理班。


 文化展示班。


 魔法班。


 剣術班。


 音楽班。


 それぞれの担当者が集まる。


 学院長が全員を見渡した。


「明日から、いよいよ交流祭が始まる」


 学生たちの表情が引き締まる。


「今年の目的は、ただ祭りを成功させることではない」


 学院長は続ける。


「互いの国を知ること」


「互いの文化を知ること」


「そして――」


 学院長は一冊の本を手に取った。


 昨日完成した「交流祭・未来記録」だった。


「次の世代へ、未来を渡すことだ」


 学生たちは静かに本を見る。


「この本は明日から正式に学院の記録として保存する」


 学院長が言う。


「そして、毎年新しい学生たちが続きを書く」


 拍手が起こった。


 リヴィアはその音を聞きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 自分たちの一歩が。


 自分たちだけで終わらない。


 それは、以前の自分には想像できなかった未来だった。


 夕方。


 最後の確認が終わった後。


 リヴィアは一人で中庭へ向かった。


 交流の木。


 明日から多くの人が集まる場所。


 その木の根元に、小さな箱が置かれていることに気づいた。


「……?」


 リヴィアは箱を拾う。


 蓋を開ける。


 中には一枚の紙が入っていた。


『未来を選ぶ時、忘れないでほしいこと』


 その下は空白だった。


「……」


 リヴィアは首を傾げる。


「誰が置いたのかしら?」


「それは俺が置いた」


 背後からルシアンの声がした。


「……あなた?」


「ああ」


 ルシアンが歩いてくる。


「どういう意味?」


「明日の交流祭で、最後に使う」


「最後に?」


「学生代表の発表が終わった後、参加者全員に一枚ずつ紙を配る」


 ルシアンは箱を見る。


「そこに、自分がこれから大切にしたいものを書く」


「……」


「そして、交流の木に結ぶ」


 リヴィアは箱を見つめる。


「新しい願いを?」


「そうだ」


「でも、願いはもうたくさんあるわ」


「だからこそだ」


 ルシアンは言った。


「今年の交流祭を終えた後、自分たちが何を未来へ持っていきたいのか」


 リヴィアは静かに頷いた。


「……いいと思う」


「なら、決まりだな」


「ええ」


 ルシアンが少し笑う。


「君は何を書く?」


「まだ分からないわ」


「珍しいな」


「あなたのせいよ」


「俺?」


「秘密ばかり作るから、私も秘密を作りたくなったの」


「なら、俺も楽しみにしている」


「あなたも?」


「ああ」


 リヴィアは少しだけ笑う。


「じゃあ、お互い秘密ね」


「そうしよう」


 二人は交流の木を見上げる。


 風が吹く。


 無数の紙が揺れる。


 その一枚一枚が、誰かの未来。


 そして明日。


 ここに、さらに多くの願いが加わる。


 夜。


 寮へ戻る前。


 セレネは一人で交流の木の前に立っていた。


 昼間にもらった銀色のペンダントに触れる。


「……」


 彼女は小さく微笑んだ。


 以前なら。


 未来の意味を考える時、世界全体を見ていた。


 でも今は違う。


 今日、友達と笑ったこと。


 もらったペンダントが嬉しかったこと。


 明日の交流祭が楽しみなこと。


 そんな小さなことが、未来を形作っている。


「明日も、楽しみです」


 誰もいない中庭で、セレネは呟いた。


 その声は夜風に乗って消えていった。


 翌朝。


 学院の正門には、まだ誰もいない。


 けれど。


 門の向こうには、すでにヴァロリアから来る学生たちを迎えるための準備が整っている。


 両国の旗が風に揺れている。


 交流の木が静かに立っている。


 そして。


 学院の鐘が鳴った。


 交流祭まで、残り三日。


 準備の日々は、もう終わろうとしていた。


 明日から始まるのは。


 彼らが作った未来を、実際に誰かと共有する時間。


 笑って。


 話して。


 違いを知って。


 時には意見をぶつけて。


 それでも、もう一度話し合う。


 そのすべてを含めて。


 交流祭という一つの未来が、いよいよ始まろうとしていた。

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