↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/178

それぞれの未来に向き合う

 交流祭まで、残り八日。


 朝の王立セイレーン学院は、いつも以上に騒がしかった。


 校舎の廊下には、エルディア王国とヴァロリア王国、それぞれの国旗が交互に飾られている。


 中庭では学生たちが机を運び、講堂からは楽器の音が聞こえてくる。


 魔法演習場では、色とりどりの光が空へ舞い上がっていた。


 まるで学院全体が、一つの大きな祭りへ向かって動き始めているようだった。


「リヴィア!」


 廊下を歩いていたリヴィアは、後ろから呼ばれて振り返った。


「エヴリン?」


「大変!」


「何が?」


「今日の午後、王族の方々が来るんだって!」


「……え?」


 リヴィアの足が止まる。


「王族って……?」


「アルベルト殿下だけじゃなくて、国王陛下とヴァロリア王国の方々も来るらしいよ」


「……」


 リヴィアは一瞬、昨日の会議を思い出した。


 そして、嫌な予感がした。


「まさか……」


「うん」


 エヴリンが頷く。


「昨日の未来の提案について、もう一度話を聞きたいんだって」


「……やっぱり」


 リヴィアは額に手を当てた。


「どうしてこうなるのよ……」


「でも、悪い話じゃないと思うよ?」


「それは分かっているわ」


 リヴィアはため息をつく。


「ただ、私はああいう大勢の人の前で話すのが得意じゃないの」


「昨日は堂々としてたじゃない」


「内心では心臓が大変なことになっていたわ」


「そうは見えなかったけど」


「それが貴族の意地よ」


 二人が話していると、前方からルシアンが歩いてきた。


「何の話だ?」


「午後に王族の方々が来るんですって」


 エヴリンが答える。


「聞いている」


「ルシアンは平気そうね」


「慣れているだけだ」


「ずるい……」


 リヴィアが小さく呟く。


 ルシアンはそんな彼女を見て、少し笑った。


「緊張しているのか?」


「してないわ」


「そうか」


「本当にしてないから」


「では、その手を見せてくれ」


「……」


 リヴィアは自分の手を見る。


 無意識に指を絡ませていた。


「これは……」


「緊張している時の癖だな」


「……見ないで」


 リヴィアは慌てて手を背中へ隠した。


 エヴリンが笑う。


「分かりやすいね」


「エヴリンまで……」


 その時。


「リヴィア」


 別の声がした。


 セレネだった。


「午後の件ですが、私も一緒に行っていいでしょうか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


 セレネは胸元の青い水晶に触れる。


「昨日の話の続きをしたいです」


「未来について?」


「はい」


 リヴィアは頷いた。


「一緒に行きましょう」


 午後。


 学院の大講堂には、普段より多くの人が集まっていた。


 前方にはエルディア王国の国王。


 その隣にはアルベルト。


 反対側にはヴァロリア王国のレオンハルトとルシアン。


 そして学院側からは学院長や教師たちが並んでいる。


 学生代表として、リヴィア、セレネ、エヴリン、レオン、ミア、リーナが前に立っていた。


 リヴィアは静かに息を吸った。


「……」


 隣に立つルシアンを見る。


 彼は何も言わなかった。


 ただ、一度だけ頷いた。


 それだけで、不思議と落ち着いた。


 国王が口を開く。


「昨日、学生たちが提出した提案書を読ませてもらった」


 講堂が静まり返る。


「内容は非常に興味深いものだった」


 国王は一枚の紙を手に取る。


「特に、この一文だ」


 視線が紙へ落ちる。


『自分たちの未来を、自分たちで選ぶ自由を守る』


「美しい言葉だ」


 国王はそう言った。


「しかし――」


 リヴィアは少しだけ身構えた。


「美しい言葉だけでは、国は動かせない」


 学生たちの表情が引き締まる。


「交流を続けるには、予算が必要だ。人員も必要だ。両国の制度が異なる以上、問題も起こるだろう」


 国王は学生たちを見る。


「それでも、この提案を続けたいと思うか?」


「はい」


 最初に答えたのは、エヴリンだった。


「私は続けたいです」


 続いてレオンが口を開く。


「ヴァロリア側も同じです」


「私もです」


 ミアが頷く。


「私も」


 リーナも続く。


 最後にセレネが一歩前へ出た。


「私も、続けたいです」


 国王が尋ねる。


「理由は?」


 セレネは少し考えた。


「最初から完璧にできるとは思っていません」


 静かな声だった。


「でも、うまくいかないからやめるのではなく、うまくいかない理由を探して、もう一度考えればいいと思います」


 国王は黙って聞いている。


「私は以前、未来を一つにすることが正しいと思っていました」


 セレネの手が胸元の水晶に触れる。


「でも今は、違う未来があるからこそ、人は自分で選べるのだと思っています」


 そして。


「だから、私たちは一つの答えを最初から決めるのではなく、一緒に考え続けたいです」


 講堂の中に沈黙が広がった。


 やがて国王が頷く。


「なるほど」


 その隣でレオンハルトも微笑んだ。


「それが君たちの答えか」


「はい」


 リヴィアが答えた。


 国王の視線がリヴィアへ向く。


「では、リヴィア嬢」


「はい」


「君はどう思う?」


 リヴィアは一瞬だけ黙った。


 そして前へ出る。


「私は……」


 以前なら、ここで正解を探していた。


 ゲームのシナリオ。


 決められた未来。


 誰かが用意した選択肢。


 どれを選べば安全なのか。


 どうすれば失敗しないのか。


 ずっと、そればかり考えていた。


 けれど今は違う。


「私は、未来を選ぶことは、正しい答えを当てることではないと思っています」


 国王が静かに見つめる。


「自分で選んだ後、その結果と向き合うことだと思います」


「……」


「だから、交流が失敗することもあるかもしれません」


 リヴィアは続ける。


「意見がぶつかることもあるでしょう」


「それでも?」


「それでも、話し合いたいです」


 リヴィアは周囲を見る。


「一度決めた未来を、絶対に変えてはいけないなんてことはありません」


 そして。


「間違えたなら、もう一度選び直せばいい」


 その言葉を聞いたルシアンが、ほんの少しだけ笑った。


「だから私は――」


 リヴィアは胸を張る。


「この交流を続ける未来を、自分で選びたいです」


 講堂の中から、小さな拍手が起こった。


 それはやがて大きくなっていく。


 学生たち。


 教師たち。


 そして、両国の王族。


 誰もが拍手していた。


 国王は静かに立ち上がる。


「分かった」


 拍手が止まる。


「この交流事業を、今回限りの催しではなく、両国の学院間交流として継続する方向で進めよう」


「本当ですか?」


 エヴリンが目を輝かせる。


「ああ」


 国王は頷いた。


「ただし、一つ条件がある」


 学生たちの表情が変わる。


「条件?」


 ミアが呟く。


「毎年、学生たち自身が交流内容を考えることだ」


「……!」


 リヴィアが目を見開く。


「大人が全て決めるのではない」


 国王は続ける。


「君たちが自分たちの世代の交流を、自分たちの手で考える」


 レオンが笑った。


「まさに、俺たちの提案通りですね」


「そういうことだ」


 国王も笑う。


 講堂の空気が一気に明るくなる。


 セレネは隣のミアとリーナを見る。


「来年も、会えますね」


「うん!」


「絶対に会おう!」


 二人が笑う。


 セレネも笑った。


「……来年」


 その言葉を口にした瞬間。


 セレネは少しだけ驚いた顔をした。


 以前の自分には、来年という概念さえ遠かった。


 未来は記録するもの。


 観測するもの。


 保存するもの。


 そう思っていた。


 けれど今は。


「来年も、ここに来たい」


 自分の口から自然に言葉が出ていた。


「もちろん」


 リヴィアが答える。


 その時。


「俺も、その未来を楽しみにしている」


 ルシアンが言った。


 リヴィアが彼を見る。


「……あなたも?」


「ああ」


「来年も学院にいるの?」


「少なくとも、君がいるなら来る理由はある」


「……っ」


 リヴィアの顔が一気に赤くなる。


「そ、そういう言い方は……」


「事実だ」


「事実でも!」


 エヴリンが吹き出した。


「また始まった」


「何が?」


「二人のやり取り」


「……」


 リヴィアは顔を隠したくなった。


 その様子を見て、ルシアンは楽しそうに笑う。


 大講堂の緊張は、いつの間にか消えていた。


 会議が終わった後。


 学生たちは廊下に出て、それぞれ今回の決定について話していた。


「来年の交流祭も楽しみ!」


 エヴリンが言う。


「今年が終わってないのに?」


 ノエルが笑う。


「だって、もう未来の予定ができたんだよ?」


「それもそうか」


 フィリアがパンを抱えて近づいてくる。


「来年はヴァロリアのパンも増やしましょう」


「そこ?」


 リヴィアが呆れる。


「重要です」


「……まあ、否定はしないわ」


 セレネが笑う。


「私も楽しみです」


 夕方。


 学院の中庭。


 交流の木には、昨日よりも多くの紙が結ばれていた。


 風が吹く。


 紙が一斉に揺れる。


 その中には、セレネの願いもあった。


『明日も、今日と同じように笑えますように』


 リヴィアの願いも。


『これからも、大切な人たちと笑っていられますように』


 そして、ルシアンが書いた紙も。


 その文字は、まだ誰にも読まれていない。


 ただ一枚だけ。


 他の紙より少し高い場所に結ばれていた。


 リヴィアはそれを見上げる。


「……何を書いたのかしら」


「交流祭の日に分かる」


「絶対に?」


「ああ」


 ルシアンは答える。


「その時になれば、君にも見せる」


 リヴィアは少しだけ笑った。


「じゃあ、楽しみにしておくわ」


 交流祭まで、残り八日。


 もう、これは一度きりの祭りではない。


 今年だけの未来でもない。


 来年へ。


 その先へ。


 まだ誰も知らない未来へ。


 彼らは自分たちの足で歩き始めていた。


 そして、その未来の中には――。


 まだ誰にも決められていない、リヴィア自身の未来もあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。