交流祭に隠されたもう一つの目的
交流祭まで、残り十二日。
王立セイレーン学院では、朝から準備が続いていた。
廊下には色とりどりの旗が飾られ、壁にはエルディア王国とヴァロリア王国、それぞれの文化を紹介する展示物が並べられている。
昨日まで何もなかった場所にも、新しい机や展示用の棚が設置されていた。
生徒たちは忙しそうに行き交い、学院全体が少しずつ祭りへ向かって変わっていく。
「……本当に、毎日変わっていくわね」
リヴィアは廊下を歩きながら、周囲を見回していた。
「そうだな」
隣にはルシアンがいる。
「あと十二日もあるのに、この騒ぎだ」
「十二日しかない、とも言えるわよ」
「君はやはり真面目だな」
「悪い?」
「いや」
ルシアンが微笑む。
「そういうところも君らしい」
「……」
リヴィアは少しだけ頬を赤くした。
「朝からそういうことを言わないで」
「何か問題があるか?」
「問題しかないわよ」
そんな二人の後ろから、エヴリンが走ってきた。
「二人とも、待って!」
「おはよう、エヴリン」
「おはよう!」
エヴリンは息を整えながら、一枚の紙を差し出した。
「料理班から連絡が来たよ」
「何か変更?」
「うん」
リヴィアが紙を受け取る。
そこには、今日の午後から各班の代表者会議が行われると書かれていた。
「代表者会議?」
「各部門の責任者が集まるんだって」
「なるほど」
「それで、料理班の代表はリヴィアとセレネになったよ」
「……私?」
リヴィアが驚く。
「どうして?」
「昨日の話し合いで決まったの」
「聞いてないわ」
「昨日の後、先生が決めたみたい」
「そう……」
リヴィアは紙を見つめた。
「セレネは?」
「もう聞いてるよ」
「早いわね」
「今、教室で準備してる」
リヴィアたちは教室へ向かった。
すると、セレネは自分の机でノートを開いていた。
「セレネ」
「はい」
「今日の代表者会議のこと、知っていたの?」
「はい」
「何を準備しているの?」
「料理交流についてまとめています」
セレネはノートを見せる。
そこには、料理の名前だけではなく、必要な材料、作業時間、参加人数、調理場所まで丁寧に書かれていた。
「……すごい」
エヴリンが驚く。
「いつの間に?」
「昨日の夜です」
「昨日の夜にこれを?」
「はい」
リヴィアはノートを見つめる。
そこには、以前のセレネらしさも残っていた。
何かを整理する能力。
情報をまとめる力。
でも、以前とは違う。
そこに書かれているのは世界の記録ではない。
自分たちの未来を作るための準備だった。
「よくできているわ」
リヴィアが言う。
「ありがとうございます」
セレネは嬉しそうに笑った。
「では、これを持っていきます」
「ええ」
昼休み。
いつもの中庭には、今日も皆が集まっていた。
フィリアがパンを並べている。
「今日は六個です」
「昨日より減ったわね」
リヴィアが言う。
「交流祭用のパンを残してあります」
「なるほど」
フィリアが真剣な顔で頷く。
「本番では、もっと必要です」
「どれくらい?」
「三十個」
「……」
リヴィアが固まる。
「三十?」
「はい」
「誰が食べるの?」
「みんなです」
「学院全員?」
「できれば」
「無理よ」
エヴリンが笑い出した。
「フィリアなら本当にやりそう」
「もちろんです」
ノエルが呆れた顔をする。
「それだけ焼いたら、料理交流じゃなくてパン祭りになるぞ」
「それも良いですね」
「良くない」
セレネが少し考える。
「でも、パン祭りも楽しそうです」
「セレネまで!」
リヴィアが頭を抱えた。
昼食後。
代表者会議の時間が近づいた。
リヴィアとセレネは講堂へ向かった。
すでに各部門の代表者が集まっている。
剣術班。
魔法班。
音楽班。
文化展示班。
料理班。
そして、両国の学生代表。
壇上にはアルベルトとレオンハルトが立っていた。
「それでは、交流祭に関する最終的な調整を始める」
アルベルトが話し始める。
「今回の交流祭は、学生同士の交流を目的としている」
昨日も聞いた言葉だった。
しかし。
「ただし――」
アルベルトが続ける。
「今回の交流祭には、もう一つ重要な目的がある」
会場が静かになる。
リヴィアはルシアンを見る。
ルシアンも少しだけ目を細めた。
「エルディアとヴァロリアの間には、これまでにも様々な交流があった」
アルベルトは続ける。
「しかし、王族や貴族、研究者など、限られた人間による交流が中心だった」
「……」
「今回、両国はそれを変える」
レオンハルトが前へ出る。
「今回の交流祭をきっかけに、両国の学院同士による定期的な交流制度を正式に設立する予定だ」
生徒たちからざわめきが起こった。
「つまり……」
エヴリンが小声で呟く。
「これ、一回だけのお祭りじゃないんだ」
「そうみたいね」
リヴィアが答える。
レオンハルトが続ける。
「今回参加する学生たちは、その最初の世代となる」
会場が静まった。
「皆さんが作る交流の形が、今後の両国の関係にも影響する」
リヴィアはその言葉を聞きながら、少しだけ考え込んだ。
これは、思っていたより大きなことだった。
単なる学院行事ではない。
これから先、エルディアとヴァロリアの学生が交流するための最初の一歩。
その第一歩を、自分たちが作る。
「……責任重大ね」
リヴィアが小さく呟く。
「そうだな」
ルシアンが答える。
「でも、悪くない」
「どうして?」
「未来を作る最初の世代になれる」
リヴィアは少しだけ驚いた。
そして笑った。
「そうね」
その言葉を聞いたセレネも、静かに頷いた。
「最初の世代……」
「セレネ?」
「少し不思議な気持ちです」
「どうして?」
「以前の私は、未来を記録していました」
セレネは胸元の青い水晶に触れる。
「でも今は、未来を作る側にいる」
リヴィアは優しく微笑んだ。
「ええ」
セレネは前を見る。
「それなら、頑張りたいです」
会議が終わる。
生徒たちがそれぞれの担当場所へ戻っていく。
リヴィアたちも料理室へ向かおうとした。
その時。
「リヴィア」
ルシアンが呼び止める。
「何?」
「少しだけ話がある」
「今?」
「ああ」
ルシアンは少し真剣な表情をしていた。
「どうしたの?」
「今回の交流祭について、父上から聞いた話がある」
「……何か問題があるの?」
「いや」
ルシアンは首を横に振る。
「むしろ逆だ」
「?」
「交流祭の最終日に、両国の王族が集まる場が用意されている」
「王族が?」
「ああ」
「それって……」
リヴィアの表情が少し硬くなる。
「結婚の話?」
「違う」
ルシアンはすぐに答えた。
「少なくとも、俺はそう聞いていない」
「……よかった」
リヴィアは胸を撫で下ろした。
ルシアンが少し笑う。
「そんなに警戒しなくてもいい」
「だって……」
リヴィアは頬を膨らませる。
「まだ答えは出していないもの」
「知っている」
「ならいいけど」
「ただ――」
ルシアンが続ける。
「父上たちは、君たち学生にある発表を任せるつもりらしい」
「発表?」
「ああ」
「何の?」
「両国の未来について」
「……」
リヴィアは目を瞬かせた。
「未来?」
「学生たちが、これからどんな交流をしたいのか」
ルシアンは言った。
「それを両国の王族の前で発表するらしい」
リヴィアは少し考えた。
「……それなら」
「何だ?」
「やってみたい」
ルシアンが少し驚く。
「本当に?」
「ええ」
リヴィアは笑った。
「誰かに決められた未来じゃなくて」
そして、セレネを見る。
「自分たちが望む未来を、自分たちの言葉で話せるなら」
セレネも頷いた。
「私も参加したいです」
ルシアンが微笑む。
「そう言うと思った」
その日の夕方。
学院の掲示板に、新しい紙が貼り出された。
『交流祭最終日
学生代表による未来の提案』
その下には、こう書かれていた。
『エルディアとヴァロリア。
二つの国の学生たちが考える、これからの交流について』
生徒たちが集まり、内容を確認している。
リヴィアはその文字を見つめた。
未来。
かつて、自分が最も恐れていたもの。
決められた未来から逃げようとしていた。
けれど今は違う。
未来を恐れる必要はない。
自分たちで考えて。
自分たちで選んで。
自分たちの言葉で伝えればいい。
「リヴィア」
セレネが隣に立つ。
「一緒に考えましょう」
「ええ」
リヴィアは頷いた。
「私たちが望む未来を」
少し離れた場所では、ルシアンとレオンハルトも二人を見ていた。
「ルシアン」
「何だ?」
「良い顔をしているな」
「そうか?」
「ああ」
レオンハルトは微笑む。
「以前よりずっと楽しそうだ」
ルシアンは否定しなかった。
「……そうかもしれない」
夕暮れの学院。
掲示板に貼られた一枚の紙が、風に揺れる。
それは未来を決める命令ではない。
誰かが書いた筋書きでもない。
これから何を望むのか。
何を選ぶのか。
それを自分たちで考えるための、最初の問いだった。
交流祭まで、残り十二日。
祭りの準備だけではなく。
彼ら自身の未来について考える時間も、始まろうとしていた。




