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交流祭に向けた最初の一歩

 交流祭まで、残り二週間。


 王立セイレーン学院では、朝から準備のための生徒たちが忙しく動き回っていた。


 廊下には大きな掲示板が設置され、各担当の予定表が貼り出されている。


 魔法競技。


 剣術演習。


 文化発表。


 音楽。


 料理交流。


 そして、両国の代表による合同舞台。


 学院全体が、普段とは違う熱気に包まれていた。


「……本当に大きな行事になったわね」


 掲示板を見上げながら、リヴィアが呟く。


「そうだな」


 隣に立つルシアンが答えた。


「昨日までは普通の学院だったのに」


「君の言う『普通』は、最近かなり怪しいな」


「……否定できないわ」


 リヴィアは苦笑した。


 その時、後ろから明るい声が響く。


「リヴィア!」


 エヴリンだった。


「料理交流の準備、今日から本格的に始まるって!」


「ええ。昨日の試作品も好評だったみたいね」


「うん!」


 エヴリンが持っていた紙を広げる。


「今日の予定は、両国の料理をいくつか選んで、交流祭当日に出すメニューを決めることだって」


「なるほど」


 リヴィアが紙を見る。


「結構な数があるわね」


「だから、みんなで相談して決めるみたい」


「それなら安心ね」


 すると。


「パンは何種類出しますか?」


 フィリアが真剣な顔で聞いてきた。


「……」


 リヴィアはゆっくりフィリアを見る。


「まだ何も決まっていないわ」


「では、今から決めましょう」


「あなたの場合、最初からパンしか考えていないでしょう」


「はい」


「認めるのね……」


 エヴリンが笑う。


「フィリアは本当にパンが好きだね」


「好きです」


「どれくらい?」


「朝、昼、夜に食べたいくらいです」


「普通ね」


 ノエルが口を挟んだ。


「問題は、その後だ」


「その後?」


「夜食にも食べるだろ」


「……」


 フィリアが黙った。


 ノエルがため息をつく。


「やっぱりな」


 セレネが小さく笑った。


「私もパンは好きです」


「セレネまで……」


 リヴィアが頭を抱える。


「どうして私の周りにはパン好きが二人もいるの?」


「類は友を呼ぶと言います」


「私を巻き込まないで!」


 笑い声が廊下に響いた。


 その後、料理担当の生徒たちは調理室へ向かった。


 大きな作業台の上には、エルディアとヴァロリア、それぞれの食材が並べられている。


 レオンもすでに到着していた。


「おはようございます」


「おはよう、レオン」


 リヴィアが挨拶する。


「今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 レオンは丁寧に頭を下げた。


 その隣にはヴァロリアの女子生徒が二人いる。


「こちらは?」


 エヴリンが尋ねる。


「同じくヴァロリア王立学院の生徒です」


 一人が自己紹介する。


「ミア・フェルナです」


 栗色の髪を肩まで伸ばした少女だった。


「私はリーナ・ベルク」


 こちらは金色の短い髪で、活発そうな印象の少女。


「よろしくお願いします!」


「よろしく」


 エヴリンが笑顔で答える。


 セレネも二人に向かって頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「……」


 ミアがセレネを見る。


「あなたがセレネさん?」


「はい」


「昨日から聞いてたよ」


「何をですか?」


「とても不思議な人だって」


「……?」


 セレネが首を傾げる。


 リーナが慌てて口を挟む。


「悪い意味じゃないよ!」


「そうですか」


「うん!」


「では、安心しました」


 セレネは素直に頷いた。


 ミアとリーナは顔を見合わせる。


「……本当に不思議な人だね」


「そうかもしれない」


 セレネ自身も少し笑った。


「私も最近、自分がどういう人なのか知っている途中です」


「それ、なんかいいね」


 ミアが笑う。


「じゃあ、交流祭までに少しずつ知っていけばいいんじゃない?」


「……はい」


 セレネの表情が柔らかくなる。


 その会話を聞いていたリヴィアも、静かに微笑んだ。


 準備が始まった。


 まずはヴァロリアのパンを焼く。


 小麦粉をこね、水を加え、少しずつ生地をまとめていく。


 フィリアは真剣そのものだった。


「この生地……」


「どう?」


 レオンが尋ねる。


「素晴らしいです」


「そこまで?」


「はい。弾力があります」


 フィリアが生地を両手で押す。


「この感触……」


「何か分かるの?」


「パンの未来が見えます」


「……」


 レオンが困った顔をする。


 ノエルが横から言った。


「それは多分、気のせいだ」


「いいえ」


 フィリアは真剣に答える。


「このパンは成功します」


 しばらくして。


 焼き上がったパンが調理室に並べられた。


 香ばしい匂いが広がる。


「……!」


 フィリアの目が輝いた。


「完成です!」


「まだ食べてないでしょう」


 リヴィアが突っ込む。


「匂いで分かります」


「本当に?」


「はい」


 フィリアが一つ手に取る。


 しかし。


「待って」


 リヴィアが止めた。


「まだ試食の時間じゃないわ」


「……」


「交流祭のための試作品でしょう?」


「……はい」


「ちゃんと全員で食べましょう」


「分かりました」


 フィリアは名残惜しそうにパンを戻した。


 その様子を見て、セレネが笑う。


「フィリア」


「はい?」


「我慢できましたね」


「頑張りました」


「偉いです」


「ありがとうございます」


 フィリアは嬉しそうだった。


 昼前。


 料理の試食会が始まった。


 テーブルには様々な料理が並ぶ。


 エルディアの果実タルト。


 ヴァロリアの香草パン。


 焼き菓子。


 スープ。


 軽食。


 そして――大量のパン。


「……フィリア」


「はい」


「これは?」


「念のためです」


「何の念?」


「足りなくなるかもしれません」


「絶対に足りるわよ」


 皆が笑う。


 試食を始める。


 セレネは香草パンを一口食べた。


「美味しいです」


「よかった」


 レオンが笑う。


「セレネさんは、ヴァロリアの料理は初めてですか?」


「はい」


「気に入ってもらえてよかったです」


 セレネはパンを見つめた。


「国が違っても、美味しいものは美味しいのですね」


「そうだね」


 ミアが答える。


「だから料理って面白いんだと思う」


 セレネは頷いた。


「知りませんでした」


「じゃあ、また一つ知ったね」


「はい」


 セレネは嬉しそうに笑った。


 その頃。


 調理室の入口では、ルシアンが一人で立っていた。


「どうしたの?」


 リヴィアが近づく。


「少し様子を見に来ただけだ」


「食べる?」


「いいのか?」


「もちろん」


 リヴィアが小さな皿を渡す。


 ルシアンが一口食べる。


「美味しい」


「でしょう?」


「君が作ったのか?」


「少し手伝っただけよ」


「そうか」


 ルシアンは皿を見る。


「交流祭、楽しみだな」


「ええ」


 リヴィアはそう答えた。


 けれど、その表情には少しだけ緊張があった。


「どうした?」


「……少し不安なの」


「何が?」


「交流祭が成功するかどうか」


「大丈夫だ」


「簡単に言うわね」


「みんな楽しそうだ」


「それはそうだけど」


「なら十分じゃないか?」


「……」


 リヴィアは周囲を見る。


 セレネがミアたちと話している。


 エヴリンが料理を盛り付けている。


 フィリアがパンの焼き加減を確認している。


 ノエルが皿を運んでいる。


 レオンも皆と笑っている。


 確かに。


 みんな楽しそうだった。


「……そうね」


 リヴィアは笑った。


「結果より、みんなが楽しめることの方が大切かもしれないわ」


「そう思う」


 ルシアンが頷く。


 その時。


 セレネがこちらへやってきた。


「リヴィア」


「何?」


「一つ聞きたいことがあります」


「どうぞ」


「交流祭では、知らない人とも友達になっていいのでしょうか?」


「もちろんよ」


「では――」


 セレネは少しだけ後ろを見る。


 そこにはミアとリーナがいた。


「二人と友達になってもいいですか?」


 リヴィアは一瞬だけ驚いた。


 そして笑った。


「もちろん」


「ありがとうございます」


 セレネが二人の元へ戻っていく。


「……自分から友達を作ろうとしている」


 リヴィアが呟いた。


「いいことだな」


 ルシアンが答える。


「ええ」


 リヴィアはセレネの背中を見つめる。


 かつて彼女は、すべての未来を見ようとしていた。


 でも今は。


 一つの未来を、自分で選ぼうとしている。


 その小さな変化が、リヴィアには嬉しかった。


 そして、その日の準備が終わった頃。


 ミアがセレネに声をかけた。


「ねえ、セレネ」


「はい?」


「交流祭の日、一緒に回らない?」


「……!」


 セレネが目を見開く。


「私と?」


「うん」


「いいのですか?」


「もちろん」


 セレネは少し考えた。


 そして。


「はい」


 笑った。


「一緒に行きたいです」


「決まりね!」


 リーナも笑う。


「私も混ぜてね!」


「もちろんです」


 三人が笑い合う。


 少し離れたところから、その光景を見ていたリヴィアは微笑んだ。


「……友達、できたわね」


 エヴリンが隣に立つ。


「うん」


「よかった」


「ええ」


 二人は静かにセレネを見つめた。


 そして夕方。


 学院を出たリヴィアとルシアンは、並んで帰路についた。


「セレネ、楽しそうだったわね」


「ああ」


「これから、もっと友達が増えるといいな」


「きっと増える」


「どうして分かるの?」


「彼女自身が、そうしようとしているからだ」


 リヴィアはその言葉に微笑んだ。


「……そうね」


 自分から手を伸ばせば。


 誰かと出会える。


 自分から歩けば。


 知らなかった場所へ行ける。


 そして、自分で選べば。


 新しい未来が始まる。


 それは、かつてのリヴィアが知らなかったことだった。


 そして――。


 交流祭まで、残り十三日。


 新しい友情が芽生えた。


 新しい国との交流が始まった。


 まだ誰も知らない未来が、また一つ生まれた。


 物語は、静かに前へ進んでいく。


 誰かに書かれた筋書きではなく。


 自分たちの手で選ぶ未来へ。

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