↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/178

学院交流祭の始まり

 翌朝。


 王立セイレーン学院の正門前には、いつもとは少し違う空気が漂っていた。


 普段なら、登校してくる生徒たちの話し声や笑い声が聞こえるだけだ。


 しかし今日は、校門の両脇に王家の紋章が描かれた旗が掲げられている。


 学院の正面には大きな案内板まで設置されていた。


 そこには、こう書かれている。


『エルディア王国・ヴァロリア王国

 王立セイレーン学院合同交流祭』


「……交流祭?」


 リヴィアは案内板を見上げたまま、呆然と呟いた。


 灰金色の髪が朝の風に揺れる。


 青灰色の瞳には、驚きがはっきりと浮かんでいた。


「昨日の夜には、こんなものなかったわよね?」


「ああ」


 隣に立つルシアンが答える。


「俺も知らなかった」


「あなたも?」


「昨日、アルベルトから書類を見せられた」


「……アルベルト殿下から?」


「ああ。正式発表は今日だそうだ」


 リヴィアは案内板をもう一度見る。


 交流祭。


 ヴァロリア王国との交流。


 そして――。


 この国の第二王子であるルシアンも、その中心人物の一人になる。


「……まさか」


 リヴィアの表情が少しずつ曇る。


「何だ?」


「こういう行事って……」


「うん」


「絶対に面倒なことが起こるわよね?」


 ルシアンは少し考えた。


「否定はできないな」


「やっぱり!」


 リヴィアが頭を抱えた。


「どうして普通の学院生活を送ろうとすると、こういうことが起こるのよ……」


「君が望んでいる普通が、少し特殊なんじゃないか?」


「そんなことないわよ」


「本当に?」


「本当よ」


「では、学院に入学した初日に王子と出会い、その後、世界の観測者と戦い、複数の世界を巡り、今度は二つの王国の交流祭に参加することになったのも普通なのか?」


「……」


 リヴィアは黙った。


「……言わないで」


「分かった」


 ルシアンが笑う。


 そこへ、エヴリンが駆け寄ってきた。


「リヴィア!」


「エヴリン、おはよう」


「おはよう! もう見た?」


「見たわ」


「すごいよね!」


 エヴリンは案内板を指差した。


「ヴァロリアから生徒たちが来るんだって!」


「生徒?」


「うん。学院同士の交流だから、王族だけじゃなくて普通の学生も来るみたい」


「なるほど……」


 リヴィアは少し安心した。


 王族同士の会談だけなら、また政治的な話になる。


 けれど学院の交流祭なら、もっと普通のイベントになるかもしれない。


「楽しそうですね」


 セレネが後ろからやってきた。


 今日は昨日より少しだけ髪を整えている。


 銀色の髪を細いリボンでまとめ、学院の制服をきちんと着ている。


 以前なら服装の意味すら深く考えなかっただろう。


 しかし今は、自分で選んだリボンをつけている。


 そんな小さな変化だった。


「セレネ、おはよう」


「おはようございます」


「交流祭、楽しみ?」


 エヴリンが尋ねる。


「はい」


 セレネは案内板を読む。


「ヴァロリアの学院生と交流するのですか?」


「そうみたい」


「では、新しい人と出会えるのですね」


「そうよ」


「楽しみです」


 セレネは素直に答えた。


 その隣からフィリアが顔を出す。


「交流祭ということは……」


 全員がフィリアを見る。


「食べ物も増えますか?」


「……」


 リヴィアは目を閉じた。


「そこなの?」


「重要です」


「あなたにとってはそうでしょうね……」


「ヴァロリアには、エルディアにはないパンがありますか?」


 ルシアンが少し考える。


「あると思うぞ」


「では、重要な交流になります」


「パンが基準なのね」


「もちろんです」


 エヴリンが笑う。


「フィリアらしいね」


「ありがとうございます」


「褒めてないと思うわよ」


 そんな会話をしていると、学院の鐘が鳴った。


 生徒たちが一斉に校舎へ入っていく。


 そして、その日の朝礼で交流祭について正式に説明された。


「今回の交流祭は、エルディア王国とヴァロリア王国の学生同士の交流を目的とするものです」


 学院長が壇上から説明する。


「魔法競技、剣術演習、文化発表、料理交流、音楽演奏など、様々な催しが予定されています」


 教室の中から歓声が上がる。


 特に男子生徒たちは剣術演習という言葉に反応していた。


「さらに、両国の代表者による模擬試合も予定されています」


「模擬試合……」


 ノエルが小さく呟く。


 その隣にいたルシアンがちらりと見る。


「興味があるのか?」


「少しな」


「参加してみるか?」


「俺が?」


「ああ」


「……考えておく」


 その会話を聞いていたリヴィアが振り返る。


「ノエル」


「何だ?」


「絶対に無茶しないでね」


「分かってる」


「本当に?」


「本当だ」


「あなたたち男子は、こういう話になると急に目が輝くから信用できないのよ」


 ルシアンが笑った。


「それは偏見だ」


「あなたも参加するつもりでしょう?」


「俺は王族として必要なら出るだけだ」


「同じじゃない」


「そうか?」


「そうよ」


 教室のあちこちから笑い声が聞こえる。


 そんな中。


 セレネは黒板に書かれた予定表を眺めていた。


 魔法競技。


 剣術演習。


 料理交流。


 音楽。


 文化発表。


 どれも、彼女には未知のものだった。


 以前なら、必要な情報としてすべて記録しようとしただろう。


 しかし今は違う。


「……どれに参加しよう」


 小さく呟く。


 エヴリンが隣から顔を覗かせた。


「一緒に考えようか?」


「はい」


「私は料理交流に興味あるな」


「料理ですか?」


「うん。ヴァロリアの料理を食べてみたい」


 その言葉を聞いたフィリアが勢いよく振り向いた。


「料理!」


「フィリア?」


「参加しましょう!」


「え?」


「ヴァロリアのパンを探します!」


「料理交流の目的が変わってるわよ」


 リヴィアが突っ込む。


「パンは文化です」


「……まあ、間違ってはいないけど」


 セレネが真剣な顔で頷く。


「私も料理交流に参加したいです」


「セレネまで!?」


「パンを作ってみたいです」


「……」


 リヴィアは少しだけ驚いた。


「作る側?」


「はい」


「どうして?」


「食べるだけではなく、自分で作ることも知りたいからです」


 その答えを聞いて、リヴィアは微笑んだ。


「それなら、私も手伝うわ」


「本当ですか?」


「ええ」


「ありがとうございます」


 セレネの顔が明るくなる。


 その日の放課後。


 交流祭の準備委員を決めるため、生徒たちが講堂に集まった。


 壇上にはアルベルトが立っていた。


「今回の交流祭は、両国にとって大切な行事になる」


 第一王子としての落ち着いた声が講堂に響く。


「しかし、これは政治だけのためのものではない」


 アルベルトは生徒たちを見渡す。


「国が違っても、同じ年頃の者同士が友人になり、互いの文化を知ること。それこそが、この交流祭の目的だ」


 拍手が起こる。


 リヴィアはその言葉を聞きながら、ふと隣を見る。


 ルシアンが静かに壇上を見ていた。


「どうしたの?」


「兄上らしいと思っただけだ」


「レオンハルト殿下?」


「ああ」


 ルシアンは少し笑う。


「こういうことになると、あの人は真面目だからな」


 その時。


 講堂の入口が開いた。


「失礼します」


 聞き慣れない声が響く。


 生徒たちが一斉に振り返った。


 そこに立っていたのは、ヴァロリア王国の制服を着た学生たちだった。


 濃紺を基調とした制服。


 胸元には銀色の王家の紋章。


 先頭には、黒髪の少年が立っている。


 その少年が一歩前へ出た。


「ヴァロリア王立学院の代表として、本日より交流祭の準備に参加します」


 そして、深々と頭を下げた。


 その姿を見ながら、リヴィアは目を細める。


 ルシアンも、少しだけ表情を変えた。


「……知っている人?」


 リヴィアが小声で尋ねる。


「いや」


 ルシアンは首を横に振る。


「俺も知らない」


「そう……」


 リヴィアは少年を見る。


 特別な力も。


 世界の異常も。


 観測者の気配も感じない。


 ただの学生。


 それだけだった。


 だからこそ――。


 少し安心した。


 これまでなら、「知らない人物」が現れれば、必ず何かの意味を疑っていた。


 けれど今は。


 知らない人がいる。


 それだけでいい。


 未来には、自分が知らない人間も存在する。


 それは当然のことなのだ。


 少年は顔を上げた。


 そして、リヴィアたちの方へ視線を向ける。


 一瞬だけ目が合った。


 少年は軽く微笑む。


 リヴィアも小さく会釈した。


 それだけだった。


 けれど。


 その日から、新しい交流が始まることになる。


 魔法。


 剣術。


 料理。


 音楽。


 友情。


 そして――。


 まだ誰も知らない、新しい出会い。


 それらはすべて、誰かに決められた未来ではない。


 自分たちが選んでいく未来だ。


 講堂の窓から、夕暮れの光が差し込む。


 リヴィアはその光を見ながら、小さく笑った。


「……なんだか、楽しみになってきたわ」


 隣でルシアンも笑う。


「ああ」


 こうして。


 第三章の新しい日常は、少しずつ動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。