七、それぞれの夏
夏休みの終わり、千夏は、旅館での、最後の夜勤を迎えていた。
「千夏さん、この夏は、色々と、驚かせてしまったわね」
女将が、労うように、声をかけてきた。
「いえ、貴重な経験を、させていただきました」
「来年も、良かったら、また、来てね」
「はい、ぜひ」
千夏は、素直に、頷いた。あの、恐ろしい出来事があったにもかかわらず、この旅館での日々が、不思議と、嫌いにはなれずにいた。
佐伯が、静かに、千夏に、近づいてきた。
「千夏さん、ありがとう」
「何を、ですか」
「姉のこと、ずっと、一人で抱えていたから。でも、今回のことで、少し、心が、軽くなった気がするの」
佐伯は、初めて、柔らかい笑みを、見せてくれた。
「これからも、ここで、姉の分まで、この場所を、大切にしていくわ」
夜勤を終え、寮の部屋に戻る途中、千夏は、ふと、あの、重厚な引き戸の前を、通りかかった。
引き戸越しに、そっと、手を合わせる。
(ゆっくり、休んでくださいね)
心の中で、そう呟くと、千夏は、静かに、その場を後にした。
山間の月白旅館には、今夜もまた、静かな夜が、訪れている。かつての悲しい出来事も、こうして、少しずつ、癒され、そして、受け継がれていく。
千夏の、少し不思議な夏休みは、こうして、静かに、幕を閉じたのだった。




