第38話 安堵法
九州平定後夢の事を深く考えていた
これまで戦ってきたものたちを許してきたがそれが果たして正解か不正解か…今後どうしていくのか
興久・国久の各自侵攻も始まる今、一度考えなおす必要があった
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1530年6月
この日政久は家臣達や宇喜多・山名ら国を任してるもの達を招集した
「今後の事を話したいと思う」
そして俺は続ける
「これまで尼子に着いてきたものたちを許してきた。だがそれに不満を持つものたちも多い。これまでは私の裁量によるものであったが今後は規則を設ける事にした」
ザワつく家臣達に続ける
「当家が新たに侵攻を決めた際にすぐに投降したもの達に関しては領土を全て安堵する。侵攻し戦い当家に降伏したものは半分の領土を安堵する。最後まで抵抗したものに関しては許さず場合によっては見せしめとし当家の力を見せつけるものとする」
そう発言する俺に宇山久兼が発言する
「殿が温情をもって接する気持ちは分かりましたが、それでは手柄を立てたもの達に与える領土がなくなってしまうのでは?」
確かにその通りだ
与えられる領土がなければ誰も戦いたくはない
「故にそういったもの達には前に導入した銭での褒美や定期収入を約束する」
そういうと家臣達から歓声があがる
当家は松江を中心とした経済圏だけでなく直轄地外の収入、石見銀山の収入、隠岐水軍による貿易・交易による収入により莫大な財力を有してきた
その財力を存分に還元することで経済は回るし家臣達の不満も抑えられる
財力があれば兵も国も潤う。ならばそれをどんどん使い国をさらに強くすれば負けるはずはない
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尼子政久が発表した所領を安堵する制度は【領土安堵法】と定められた
これはすぐに周辺国に伝えられ効果が出始めた
伊予国の西園寺家、若狭国の武田家が尼子家への降伏を申し出たのである
政久はこの2家を許し安堵すると興久を呼び出した
「お呼びですか?」
「うむ」
興久は九州攻めの間に四国への圧力を少しずつ進め河野家を攻め滅ぼしてきた
そこに西園寺家の降伏である。伊予はほぼ掌中においたも同然であった
「興久、本隊も来年出陣するゆえ一気に四国をとってしまうぞ」
そういうと興久は
「分かりました。そろそろ私の息子も良い年。是非先鋒に加えてくだされ」
そうか、清久もそんな歳か
育てていく必要があると感じた俺は
「うむ。存分に手柄を立てさせてやれ。準備は怠るな?」
と興久に告げるのであった




