第35話 尼子詮久初陣
大友との戦いで豊後・筑後を平定し戸次鑑連改め吉川鑑政には筑後を与えた
そして1528年、肥後の阿蘇・相良、日向の伊東との戦いも優勢になってきたところで少弐との戦いを始めた
そしてこの少弐との戦いで総大将を務めたのは息子の尼子詮久であった
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初陣となった尼子詮久は桜井宗的、吉川鑑政を副将に据えて少弐資元と対峙した
「…」
「若、緊張しているので?」
空を見つめる詮久に桜井宗的が言う
「爺…不安なのだ私は父の期待に応えられるかどうかが…」
そういう詮久に聞いていた吉川鑑政が言う
「殿、誰しも最初から上手くなど行きませぬ。殿は殿らしく采配をふるえば良いのです」
「左様、あとは我々が支えてみせますゆえにご心配なされるな」
そうふたりが言うと
「そうだな…自信もってみることにしよう!」
詮久から緊張が取れたのであった
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少弐資元とは勢福寺城近郊で激突した
少弐軍1万5000、尼子軍3万であった
序盤は少弐軍の龍造寺家兼・鍋島清久の奮戦により苦戦を強いられたが…
「若の初陣に土をつけてはならぬ!」
「大友の為!皆の者!我に続け!」
手薄な左翼に突撃し始めた吉川鑑政を好機に攻勢に出た尼子軍は勝利を飾ることが出来た
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「見事だ詮久」
そう政久が褒めると詮久は喜んでいた
「桜井宗的や吉川鑑政もよくやってくれた」
「ははっ!」
「ありがたき幸せ!」
この戦いで得たものは大きかった
少弐氏を衰退させただけでなく我が子詮久にも少なからず成長させるいい機会となった
また吉川鑑政は本当にいい武将だ…彼がいれば安泰だ
そう考えると少弐氏は尼子詮久に任せることにした
尼子詮久は桜井宗的や吉川鑑政の助けも得ながら3ヶ月で肥前を攻略した
その後、少弐氏は断絶したがその家臣の多くを得た
特に鍋島清久の息子、鍋島清房は尼子詮久の側近とし育てていくことになる
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その後肥後・日向を平定した尼子軍はついに九州の名門・島津家と当たることになった
この島津家との戦いの総大将に高橋興光に命じることとなった




