第31話 安芸の乱
1523年
毛利元就は悩んでいた
安芸の君主として動くべきか兄として動くべきか
しかし毛利本家を継いだ元就にとって守るべきはお家であり謀反を起こした相合元綱を許していては安芸国の反乱が広がり責任を問われる
元就は気が進まなかったが尼子政久と共に相合元綱が籠る五龍城へ向かった
しかしそんな元就の元へある指示がくる
「政久様より、元就殿は包囲には参加せずそのまま戻られよと」
「なにっ…安芸国の事なのに儂に戻れというのか?」
政久は弟の相合元綱との戦いに元就を参加させても元就は戦わず、むしろそのまま裏切ってしまうのではないかと考えていた
しかしこれが元就と政久の関係に亀裂を入れてしまう
元就は安芸国を任せてくれていた政久に感謝していた
弟の一件も自分の責任だと思いその責任をとるつもりだった
そんな時に信用されず「帰れ」とされたのである
元就としては許せるはずがなかった
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五龍城は政久の本隊に包囲されると三日足らずで陥落した
政久はこの相合元綱の他に謀反を起こした陶、南条、吉川を討伐すると見せしめとして全てを殺しそれぞれの大将の首をさらし者にした
そして相合元綱の首を元就に届けさせた
「…なんと…政久様はこんなことをしてくるのか」
それと同時に毛利と大内に対しては責任を追求。大内義興には隠居、毛利元就には安芸からの転封を命じた
大内義興は息子の義隆に譲る事に渋々同意したが毛利元就は元綱の首をわざわざ送り付けてきた事が引き金となりこれを拒否、尼子からの独立を宣言
毛利元就の拒否を確認するとこれを口実に毛利討伐の政久は兵を動かした
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吉田郡山城
毛利元就が立てこもるこの城は史実で、晴久が攻め落とせず一時的に尼子の勢いが削がれた城
ここで負けてはまたしても反乱祭りになると考えた政久はこの白の包囲の大将を久幸に任せ兵糧攻めさせることにすると自身は松江城に帰還したのであった
毛利元就の類まれなる軍略に苦戦することになりこの後もしばらくの間国人衆の小さい反乱が相次ぐようになる
結局この相合元綱の謀反から始まった尼子内部の内乱は1525年になってやっと鎮圧されることとなったのであった




