第28話 歴史の転換点?
山口館
そこは大内繁栄の象徴であり「西の京都」とまで呼ばれた都だった
今ここが尼子の手に落ちた
屈辱ではあったが今は仕方ない
息子達に託すしかない
そう思っていた義興に思いもよらないことを政久はつげる
「はっ…?長門は安堵し某も許すと?」
「そうだ。」
目が点になるとはこの事
追放や軟禁ではなく「長門はこれからも頼む」と言われているのだ
それだけでなく九州の領内に関しても「豪族たちをまとめ九州征伐の際の橋頭堡にしてくれ」だ
事実上石見・周防以外今の領土全てを安堵
そんな馬鹿な…この男は何がしたい
「なぜワシの首をとらん!」
そういう義興に政久は
「立派な君主がいなくては領内は纏まらぬ。そなたは今回は戦に負けたに過ぎぬ。であればその手腕を尼子やそなたのくにのために尽くせば良いでは無いか」
そうか…これが尼子政久…これが天下をとる才能なのかもしれない
そう感じた大内義興は尼子政久に従属し息子を出雲に人質として指し出す事に承諾した
ここから1年かけて大内義興は筑前を安定させ九州征伐の拠点を確保することになる
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1523年、尼子政久は桜井氏の側室との間に三男(長男は既に死に次男が晴久)をもうけた
本来晴久が産まれた前後に戦死している為生まれなかった子供である
戸惑いつつも「高四郎」と名付けた
歴史が変わっていくのを実感した政久であったがこの年は歴史の通り毛利家当主、幸松丸が亡くなった
その件で毛利元就と相合元綱を呼んだ
「毛利家は元就殿が継いで欲しい」
順当の判断に元就は礼をする
その一方で
「相合元綱は元就殿をささえてやって欲しい。毛利家の一門衆として必要だと思う」
それに対しては相合元綱が礼をした
「我ら兄弟への配慮、痛み入ります」
「この元綱、兄上だけでなく政久様の期待にも応えたい所存」
こうして毛利家を元就が正式に継ぐことになり幕府からも安芸守護が与えられることになる
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1524年、時間はかかったがやっとこの時が来た
この時代に転生して11年…ついに尼子家に幕府より「上洛」の要請があった
この日政久は家臣達を集め上洛をする事を宣言した
沸き立つ家臣達
しかし政久も家臣達もこの時はまだ分からなかった
この決断が歴史を大きく動かし大きく狂わせる事を
ペースが早い?
ダラダラやるのは好きじゃないですしそもそも初めてこういったものを書くので勉強しながらなんですよね…
すみません




