31目が覚めた少年は、自分のことを思い出しました
「それで、あなたは本当に魔王なのですか。ずいぶんとお姿が変わっているようですが」
エリザベスとエミリアの部外者が部屋から出ていったことを確認して、ソフィアは再度、少年に質問する。
『そう急ぐな。ソフィア』
「ですが」
『勇者と魔王の戦いが無駄な争いだったことに気付いたわれたちは、お主たちを元の世界に戻すか、この世界に残すのか話し合った』
ソフィアの言葉を遮り、白猫が遠い目をしながら話し出す。しかし、猫の姿では不便だと思ったのか、突然、部屋に煙が上がり、目の前には二人の美女が立っていた。
『ふむ、言葉は通じるが、こちらの姿の方が、やはり話しやすい気がするな』
『たまにはこの姿を見せてやらんと、本当にわれらが猫だと勘違いされる可能性もある』
女神と悪魔は元の姿に戻ると。ソファに勝手にどっかりと身を沈め、カナデに紅茶を要求する。カナデは慌てて部屋から出て、紅茶の準備に向かった。
「女神様に悪魔様、そのお姿は久しぶりですね。それで、僕がここに飛ばされた理由を説明していただけませんか。いきなり僕がいなくなったことで、彼らに心配させてしまうのは」
カナデがいなくなると、少し落ち着いたのか、少年が女神に質問する。どうやら、少年も今の状況を理解していないらしい。
『ふむ、面倒だな』
そう言いつつも、女神は少年のこれまでの経緯と、なぜカナデたちの前に姿を見せたのかの説明を始めた。
「ここは一体……」
少年は目が覚めて、ここがどこなのかわからず、辺りを見渡した。自分は高校生で、なぜか異世界に転生してしまった。そこで自分は魔王として生きることになった。敵である勇者と出会ったが、自分たちを異世界に呼びだした女神と悪魔が仲直りしたため、戦う必要はなくなった。
そして、何を思ったのか女神と悪魔は、魔王と勇者の記憶をこの世界からなくしてしまった。世界から存在を消されてしまった魔王と勇者。女神と悪魔がこの世界に呼んだのは、少年と勇者、聖女が二人の四人だった。四人の役割は唐突に終わりを告げ、それぞれに女神から今後のことを聞かされた。勇者はこの世界に残りたかったようだが、女神に不要だと判断されてしまったらしい。もとの世界とやらに戻されてしまった。
少年と聖女二人は、この世界に残ることになった。しかし、三人同じ場所で仲良くとはいかないらしく、それぞれ別の場所に飛ばされた。
女神と悪魔の件で、そこまでは記憶があったのだが、今のこの状況に至る理由がわからない。少年はどこかの家のベッドに寝ていた。ふと自分の手のひらを見ると、魔王の頃より手が小さくなっているように感じた。つい、顔や頭、身体を触ってみる。
「魔王の姿ではない、のか」
「おや、目が覚めたのかい?」
少年の様子を見に来た、年配の女性に声をかけられた。
「ええ、おかげさまで。僕は、どうしてここで」
「記憶がないのかい?お前はうちの前で倒れていたんだよ。年端もいかない少年が倒れているのを放っては置けないだろう?今まで、私たちが看病していたんだよ」
「おばあさんや、目が覚めたのかい?おや、めずらしいねえ、瞳が真っ赤だね」
年配の女性の声を聞いて、女性と同じくらいの年齢の男性も少年の元にやってきた。瞳の色を指摘された少年は、思わず自分の髪の色を確認してしまう。
「ええと、瞳が紅いということは、髪の色は黒、ですか?」
「そうだよ。自分の身体のことなのに、変なことを聞くねえ。まあ、この地方では珍しいけど、気にすることはないよ。とてもきれいな髪と瞳だ」
「黒髪に紅い瞳……」
少年は自分が何者であるのか、自分の容姿をもとに考えることにした。そして、一つ可能性が頭に浮かぶ。
「少年の姿で、記憶はそのまま残っている。これは俗にいう『転生』ということか」
高校生だった自分は、魔王に転生して、さらに今度は黒髪紅目の少年に転生してしまったというわけだ。エイトは自分の境遇にため息をつくしかなかった。
少年は、それからしばらくの間、助けてくれた年配夫婦の元で過ごすことになった。記憶はあるのだが、今の自分の姿で、転生前の名前を名乗るのはどうかと思ったのだ。少年は自らの記憶がないと偽ることにした。そして、新たな名前を老夫婦につけてもらうことにした。
「『エイト』なんてどうだい?英雄の人という意味を込めて」
「たいそうな名前だねえ。だが、その黒髪に紅い瞳はきっと、神が下さった英雄の証しかもしれない。響きもいいし、お前にぴったりな名前だと思うよ」
少年は、老夫婦に『エイト』と名付けられた。
「エイトか。まあ、前の名前よりはましか」
少年はこの世界に転生する前の自分の名前「八王子皇子よりましだと思うことにした。英雄になるつもりはないが、老夫婦がとても嬉しそうに自分の名前を付けてくれたので、文句を言うことはせず、エイトとして生きていくことに決めた。
老夫婦が住んでいる場所は、ジャポンの中央に位置する「サイレントオカ」という場所だった。どう考えても、エイトが転生前にいた、ある県をもじったものとしか思えないが、気にしないことにした。そもそも、首都が金ぴかシャチホコのある県になっているのだ。ツッコミを入れても仕方がない。
エイトは、老夫婦の家に居候していた。ただ居候していては申し訳ないので、老夫婦の仕事を手伝うことにした。
「ちょうどお茶の葉が収穫の時期だから、エイトが手伝ってくれて助かるよ。毎年、この時期は大変でねえ。老人だけでは、なかなかきつい作業だからね」
「本当にエイトは役に立つ子だねえ」
老夫婦はお茶を栽培している農家だった。エイトが転生前に生きていた頃に見たことのある茶畑が、目の前に広がっていた。お茶の栽培などしたことのなかったエイトは、老夫婦の言う通りに茶を刈り取る手伝いをした。お茶の刈り取りなど初めての経験で、エイトは黙々と作業を進めていた。
「このまま、僕は彼らの手伝いをして一生を終えるのだろうか?」
地名といい、名産品といい、ツッコミどころ満載な世界のことは置いておき、エイトはこれからどうしようかと考えていた。このままずっと、老夫婦の世話になるわけにはいかない。エイトの見た目は10歳くらいで、独り立ちするにはまだ早いが、いつまでもこのままでいいとは思えなかった。
「そういえば、首都で、女性騎士団の制服が改定されたんだって」
「そうそう、それで、城で働く侍女さんたちの制服も変わったらしい」
お茶を栽培しているだけでなく、老夫婦は育てたお茶を自分で処理して、出来上がった茶葉を店で売っていた。収穫時期が終わり、店番を任させることも多くなったエイトに、首都でのことを話す常連客がやってきた。
「首都って、あの『ネームオールドハウス』のことですか?」
つい、お客に話しかけてしまった。エイトがいる国、ジャポンの首都がそのような名前だったのを思い出す。なんとなく、そこに行けば何か自分にできることが見つかる気がした。
「おや少年、首都に興味があるのかい?そういえば、学校には通っているの?毎日店番や茶畑の世話をしているようだけど」
「学校は、ええと、僕、記憶をなくしてしまったところを、ここの老夫婦に助けてもらいまして、学校まで面倒を見てもらうわけにはいかなくて」
「そうなのかい?じゃあ、魔力検査はまだしていないみたいだね。もし検査して魔力があったのなら、首都に学園に通うことができるからね」
常連客の一人が、エイトに学校についての質問をする。
エイトはとっさに嘘をついてしまった。嘘をついてしまったが、学校に通えていないのは確かだ。とはいえ、転生前の記憶があるのに、学校生活をまた送りたいとは思えない。
学校の存在や魔力について知ることができたエイトは、魔王の時は当然、魔力が莫大にあったが、今の身体はどうだろうかと考える。姿は魔王を少年にしたような姿だが、魔力まで弱まっているのではないか。
急に黙り込んだエイトを心配したお客は、魔力を持っているかの有無を調べる簡単な方法を教えてくれた。
「なに、魔力があるかないかは、簡単にわかる。こうやって、手のひらを前に出して、念じるんだ。そう、自分が一番使えそうな魔法をイメージして目をつむる。心の中で唱えれば完成だ。魔力持ちなら何らかの変化が起こる。魔力がゼロだったら、何も起こらない。検査は、検査官の前でその方法を実践すればいいだけだよ」
「ちなみに私たちは魔力がないよ。この世界で魔力を持っているのはわずかで、魔力を持った人間は貴重なんだよ。魔力があるとわかった子供は、学園に行って魔力の使い方なんかを学ぶことになる」
「私ら庶民には関係ないことだけどね」
丁寧に説明してくれた常連客二人は、新茶の袋を買って、店を出ていった。
「ありがとうございました」
エイトは、商品を買ってくれたお礼と、魔力云々に関する説明、学園について教えてくれたお礼も込めて、深々と頭を下げた。




