第4話:バディの契約と、最初の一手
「――おい待て、何する気だ、検察官様」
俺が素早く身を引こうとしたが、レイヴァルトの長年鍛え上げられた素早い手つきが勝った。レイヴァルトの指先が俺の首輪の側面――小さく刻まれた制御刻印へと直接触れる。
バチバチッと、青白い微小な火花が散った。
俺の視界に、首輪の制御シグナルが激しく明滅する警告ログが展開される。
【緊急割り込み検知】
* 操作者: レイヴァルト・フォン・ルグラン(一等検察官権限)
* 処理内容: オズワルド侯爵の仮所有権を一部オーバーライド
* 状態: 奴隷ルクの『管理・収容・捜査動員権』を検察庁へ一時移送完了
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「……は?」
「これでよし」
レイヴァルトは満足そうに口元を歪め、手袋の指先をポンと叩いた。
「今日からお前は、このオズワルド邸のただの雑用奴隷ではない。この一等検察官レイヴァルト・フォン・ルグランの特別捜査助手――コードネーム『デバッガー』だ」
「勝手にコードネームなんてダサいもん付けるなよ! ていうか、権限を上書き(オーバーライド)して自分に引き継がせるなんて、アンタそれ完全に職権乱用のハッキングだろ!」
「ハッキング……? 聞き慣れない言葉だが、法と権限の解釈を少し柔軟に変えただけだ。なに、文句があるなら過電流の過酷なお仕置きに戻すこともできるぞ?」
「……っ、狡猾なエリート貴族が」
俺は心の中で盛大に舌打ちした。首輪が完全に外れたわけではない。だが、単なる雑用係として屋敷の裏庭で磨り減らされる境遇からは、一足飛びで脱出したことになる。手持ちの権限が一段階上がったのだ。
その時、青ざめた顔で固まっていた魔導院の調査官が、わなわなと震える指で俺を指さした。
「ふ、ふざけるな! たかが奴隷の妄言だ! 熱収縮の隙間から細い刃物で刺殺など、そんな大道芸のような真似ができるわけが――」
「――できるさ。現に、この屋敷にはそれを可能にする『特定の人物』がいる」
レイヴァルトが冷徹な声で調査官の言葉を遮った。その視線は既に、部屋の隅に倒れた遺体ではなく、この事件によって最も得をする人物――そして、先ほど俺が指摘した「温室の管理権限」を持つ人物へと向けられていた。
俺は壁に立てかけていたほうきを再び手に取り、呆れたように肩をすくめた。
「まあ、犯人の目星くらいなら、わざわざ現場を荒らさなくてもデータに残ってますよ。検察官様、被害者の背中の傷口の角度と、あの温室の壁の『バグの隙間』の直線上に、さっきからずっとそわそわしてる人物の足跡ログが残ってます」
レイヴァルトと俺の視線が同時に、廊下の奥で青い顔をして震えていた「温室係の庭師長」へと注がれた。
「ひっ……! な、何のことだ! 私は何も――」
「取り調べは検察庁の取調室でやろう。……おい、連れて行け」
レイヴァルトの短い命令とともに、衛兵たちが一斉に庭師長を取り押さえる。完璧に見えた「完全魔導密室殺人」は、俺の現代論理と物理エラーの指摘により、発生からわずか数分で呆気なく崩壊したのだった。
騒然とする現場をあとにし、静かになった廊下をレイヴァルトと俺の二人が並んで歩く。
「……見事な手際だったな、ルク」
レイヴァルトが軍服の襟を整えながら、前を見据えたまま呟いた。
「だが、これで終わりではないぞ。温室係の庭師長ごときが、公爵家の使者を殺す動機も、その高度な魔導炉の仕様を知り尽くしていた理由もない。バックにいるのは……この屋敷の主、オズワルド侯爵だ」
「知ってますよ」
俺は首の後ろで手を組み、欠伸交じりに答えた。
「あいつの隠し金庫の魔導鍵、さっき廊下を通り過ぎた時にチラッと見えましたけど、セキュリティがガタガタでしたからね。あそこに間違いなく『消された裏口座のログ』がありますよ」
レイヴァルトは足を踏み止め、驚愕の表情で俺を振り返った。
「……お前、そこまで見えているのか?」
「見えてますよ、世界のバグ(ソースコード)ならね」
俺は不敵に口元を歪め、首元の鉄のリングをトントンと指で叩いた。
「さあ、検察官様。次はどの『腐ったシステム』をデバッグしてやりますか?」
身分も立場も真逆の二人が、帝国の闇と「世界の真理」に挑むための最初の一手が、いま静かに打ち下ろされたのだった。




