第5話:黒幕の領域(エリア)と反撃のログ
「……フン、どこへ連れて行かれるかと思えば、検察庁の地下執務室か。相変わらず貧相な趣味だな、ルグラン一等検察官」
嘲笑を浮かべながら取り調べ用の革椅子に深々と腰掛けたのは、この屋敷の主であり、帝国貴族院の重鎮――オズワルド・フォン・グラハム侯爵だった。
煌びやかな金糸の刺繍が施された絹の外套に身を包み、太い指にはいくつもの高価な魔導リングが光っている。彼の背後には、お抱えの最高級魔導士たちが控えており、その存在自体が「法さえも金と権力でねじ伏せられる」という絶対的な傲慢さを漂わせていた。
「オズワルド侯爵。当庁に拘留された庭師長は、すでに自白を開始しています」
レイヴァルトは淡々とデスクの上に魔導記録板を並べた。
「公爵家の使者殺害は、あなたが命じた裏取引の口封じであったと。貴方は密室殺人を実行させるため、温室の魔導炉のメンテナンススケジュールを意図的に操作させた」
「ハッ! 馬鹿馬鹿しい!」
オズワルド侯爵は大袈裟に肩をすくめ、吐き捨てるように笑った。
「下等な庭師の妄言を真に受けるとはな。私にそんな殺人をする動機がどこにある? 証拠は? 物理的な隙間があったなどという都市伝説めいた屁理屈で、この私を拘束できると思っているのかね? 最高執政院の評議会が黙ってはいないぞ」
「……証拠なら、ありますよ」
部屋の影から、ぼろ布を纏った小柄な少年――俺が前に踏み出した。
オズワルド侯爵の目が不快そうに細められる。
「なんだその汚らしいガラクタ奴隷は。レイヴァルト、貴様は我が家から盗み出した雑用奴隷に口を割らせるつもりか?」
「俺が雑用係だったおかげで、あんたの屋敷の『システム基盤』を隅々までスキャンできたんですよ、侯爵様」
俺は首元をぽりぽりと掻きながら、フッと不敵な嘲笑を浮かべた。その瞬間、俺の両眼が淡い碧色の光を放ち始める。
「あんたが『絶対に破られない』って過信してる、あの執務室の隠し金庫……古代魔導暗号『ゼノ・コード』で守られてるやつです。あれ、あんたが年に一度、暗号鍵を更新する時に【デフォルトのバックアップ領域】を削除し忘れてますね?」
「……なっ、何を言っている!?」
オズワルド侯爵の顔から笑みが消え、代わりに動揺の色が走り抜けた。お抱えの魔導士たちも青ざめ、慌てて魔力探知を展開しようとする。だが、俺の思考の速度には到底追いつかない。
【対象オブジェクト:オズワルド隠し金庫】
* セキュリティ状態: 外部アクセスブロック中
* バックドア検出: 旧バージョン1.02の復元用ログメモリに未暗号化領域を検出
* 実行処理: ログパケットの割り込み(インジェクション)を開始……完了。
俺が空中でパチンと指を鳴らした。
その瞬間、レイヴァルトが手にしていた魔導記録板が眩い光を放ち、執務室の隠し金庫の内部データ――過去5年間に及ぶ「裏口座の取引ログ」と「帝国の法を免れるために買収した要人のリスト」が、空間上にホログラムとなって一斉に展開された。
「ひっ……!? な、なんだこれは! なぜ金庫が開いている!?」
「開けてなんかいませんよ。外側に残ってた『過去の記録』を読み取って再現しただけです」
俺は冷ややかな目で、ガタガタと震え出した侯爵を見下ろした。
「あんたたち貴族は『完璧な魔法』で守られてる気になってるが、コードを書いた人間がマヌケだと、どれだけ金をかけてもデータはダダ漏れなんだよ。……ざまぁみろ」
「……く、クソガキがぁぁぁっ!」
激昂したオズワルド侯爵が立ち上がり、指輪の魔導回路を起動して俺を焼き払おうとした。
「――そこまでだ、オズワルド侯爵」
バチィン! と重厚な衝撃音が響き渡る。レイヴァルトが抜き放った漆黒の魔導剣が、侯爵の指輪の魔力回路を瞬時に唐竹割りに切り裂いたのだ。
「国家叛逆、および公爵使者殺害の教唆容疑で拘束する。……連れて行け!」
レイヴァルトの冷酷な通告とともに、検察庁の衛兵たちが押し寄せ、崩れ落ちる侯爵と魔導師たちを拘束していく。権力に胡坐をかいていた貴族の「完全敗北」だった。
取り調べ室に残されたのは、静寂と、レイヴァルト、そして俺の二人だけだった。
レイヴァルトは剣を鞘に収めると、深く息を吐き出し、俺へと歩み寄った。その瞳には、最初にあった侮蔑の色は一切なく、一人の優秀な「相棒」を見る強い光が宿っていた。
「……見事だったな、デバッガー。これで第1のバグは消去された」
「だからそのダサいコードネームで呼ぶなって……。で、俺の首輪はいつ外してくれるんですか?」
「ふん、言ったはずだ。『特別捜査助手』だと。これくらいの手札で解放するわけがないだろう。……次の現場が待っているぞ、ルク」
レイヴァルトはニヤリと口元を歪めると、黒い外套を翻して部屋をあとにした。
俺はやれやれと首を振ったが、その口元にも、現代世界の退屈な日常では決して味わえなかった、スカッとするような高揚の笑みが浮かんでいた。
(……フン、上等だ。この世界のバグ、全部ハックしてデバッグしてやるよ)
底辺の奴隷とエリート検察官。世界の理を書き換える二人の「世界ハッキング」は、ここから本格的な展開へと突き進んでいくのだった――。




