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第7話 修羅場の気配

(由奈Side)


「で、由奈と里中君は付き合ってるんですかい? どーなんですかい?」


「な、何で学人の名前が出てくるのよ」


 動揺を隠そうと声をひっくり返しながら、冷や汗が背中を伝う。

 もしかして、昨日のキスを見られてた……!?


「おっと、その反応は図星ってやつ?」


「が、学人とはただの幼馴染で、彩音が思ってるような関係じゃないよ」


「じゃあ昨日の昼休み、里中君とどこに行ってたの?」


「あ、あれは……」


「由奈の腕を掴んでどこかへ消えた里中君……二人はどこで何をしてたんでしょうねえ」


 彩音はニヤニヤと笑みを浮かべ、ずいっとこちらに肩を寄せながら尋ねた。

 人目をはばかって校内で深いキスをしていたなんて、口が裂けても言えるはずがない。


「っ……ちょっと気分が悪くなって、保健室に連れてってもらっただけだよ」


「ふぅむ、なるほどねえ」


 胡散臭そうに私を見つめ、ふぅと息を吐く彩音。


「要するに、まだ付き合ってはいない、と?」


「まだって何……」


「だって里中君、いっつも由奈のこと目で追ってるから」


「えっっ!?」


 思わぬ言葉に、私の思考は速度制限下の動画サイトのように固まった。

 学人が私のことを見てる……? ううん。それはきっと、私が発作を起こして倒れたりしないか心配してくれてるだけで……。


「案外自分では気付かないもんだね。私の目からはめっちゃ分かりやすいんだけど」


「そんな……そんなわけな――」


「それに、由奈もちょいちょい里中君の方見てるし」


「み、見てない見てない! 全然見てない!」


 必死に首を横に振るけれど、熱くなった顔の温度は上がる一方だ。


「まったく、そんなに否定しちゃって。いやー両片思いってとこですか? 一番楽しい時期じゃーん」


「ち、違うから! 勝手な事言うのやめてよ彩音!」


「はいはい、ごちそうさまでーす」


 楽しそうに笑う彩音を前に、私は玉子焼きを口に押し込むことしかできなかった。

 胸がざわめく。しっかり味付けしたはずの玉子焼きは、友人が設置した時限爆弾のせいでロクに味が分からなかった。



 その日の夜。

 私の部屋のバルコニーで、寝る前の補給を完了した私達。

 涼しい夜風に頬を撫でられながらも、学人と重ねた唇の余熱は冷める気配が無かった。


 息が整うのを待ってから、私は昼休みに中庭で起きた出来事を学人に切り出した。


「ねえ学人。彩音のことは知ってるよね?」


「ああ、三ケ森さん? あの背の高い女子だろ、俺達と同じ中学だった」


「今日の昼、私と学人が付き合ってるんじゃないかって彩音に問い詰められて……」


「……そうか」


「昨日の昼休み、私と学人が一緒に教室を出てったのを怪しまれたみたい。

 もちろん否定はしておいたよ、私が体調を崩して保健室に連れてってもらったって事にして」


「実は……俺の方もだ」


「学人も?」


「大樹の奴、変な所でカンが鋭いっぽい。やっぱり学校ではもう少し目立たないようにするべきか……」


「その方がいいかも……」


 私たちの間に、少しだけ気まずい空気が流れる。

 二人の秘密の関係がバレそうだという、そんな焦りもあるけれど。

 学校では距離を置かねばならないという事実に、胸の奥がツンと冷え込むのを感じた。


 ――寂しいって思ってるのかな、私は。


 そんな沈黙を断ち切るように、私は学人にこう尋ねた。

「あ、あのさ、学人」


「ん?」


「今日のお弁当、どうだった?」


 フッ、と学人は口角を緩ませた。


「美味かったよ。特に玉子焼きの味付けが最高だった」


「そっか、よかった……!」

 思わず笑みがこぼれる。そうやって言って貰えると、作った甲斐があったというものだ。


「また明日も作ってあげるね」


「俺としては有難いんだけど、無理してないか? 早起きするのとか」


「気にしないで。自分の分も作るから、一人分も二人分も変わらないよ」


「でもやっぱり、せめて材料費くらいは出さないと……」


「いいの、ママ公認だから」


「美奈さんが?」


「精気を供給してくれる学人は私の恩人だからって。お金はママが絶対受け取らないと思う」


「そっか……じゃあ、お言葉に甘えて。明日もお願いします」


「あまり期待はしないでおいて欲しいけど……頑張るね」


 やがてそろそろ寝ようかという時間になり、学人はピョンとジャンプして自分の部屋へと戻っていった。

「おやすみ、由奈」


「ん、おやすみ。学人」

 私は静かに部屋の窓を閉めた。

 明日のお弁当には何を入れようか。そんな事を考えながら、私はベッドへと潜り込んだ。



 翌朝。

 昨日と同じように二人分のお弁当を作り終えた私は、例の如く学人の家のインターホンを押した。

 制服姿の学人が姿を見せる。


 いつものルーティーンが始まる。

 周りに誰もいないことを確認し、私たちはそっと身を寄せ合った。

 学人の手が私の背中に優しく回され、顔が近づく。少しだけつま先立ちで、お互いの唇を重ねた。


 ちゅ……。


 唇を通して、学人の精気が全身に流れ込んでくるのを感じる。

 背筋が痺れるような甘い感覚に包まれる――まさに、その時だった。


 バンッ! と、学人の家の扉が勢いよく開け放たれた。

「ちょっと、今日のゴミ出し当番はお兄ちゃ――」


 聞き覚えのある声が、途中でぴたりと止まる。

 そこに立っていたのは、パジャマ姿でゴミ袋を手にした、学人の妹――美乃梨ちゃんだった。


「………………」


「………………」


 ぴたりと時が止まる。

 私と学人は唇を繋げたまま固まり、美乃梨ちゃんは呆然と立ち尽くしている。


 世界から、音が消えた。

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