第6話 どう見ても愛妻弁当です
(由奈Side)
朝五時半時。
昨日より早くセットしたアラームの音で、私――八枝由奈は目を覚ました。
軽く伸びをしてベッドから抜け出すと、そのまま静かにキッチンへと向かった。
米を研いで炊飯器にセットし、スイッチを入れる。
冷蔵庫から必要な食材を取り出すと、火にかけておいたフライパンで手際よく玉子を焼いていく。
綺麗に巻けた玉子焼きをまな板へ移し、次は切り込みを入れたウインナーに火を通しながら、ほうれん草のバター炒めも並行して作っていく。
香ばしい匂いがキッチンを満たしていく中、後ろから足音が近づいてきた。
「おはよう由奈ちゃん。今日は随分早起きねぇ」
眠たそうな目を擦りながら現れたのは、パジャマ姿のママだった。
「おはようママ。これから毎朝お弁当を作ることにしたから」
「あらっ、あらあらあら……!」
ママは目を丸くした後、ニヤニヤと笑みを浮かべて私の顔を覗き込んできた。
「もしかして、ガク君に食べさせるお弁当?」
「……そうだけど」
図星を突かれて小さく頷くと、ママはパッと表情を輝かせ、私の肩を叩いた。
「えらいわぁ~由奈ちゃん! 精気を供給してくれる男の子には、しっかり栄養のあるものを食べさせなきゃいけないものね!」
「べ、別にそういうのじゃなくて! 色々助けてもらってる学人には、少しは感謝を示さないとって思っただけだから……!」
必至に否定するほど、つい顔が熱くなる。ママはそんな私の反応を楽しむように、優しく目を細めた。
「ふふっ。ガク君、喜んでくれるといいわね」
「うん……」
私は小さく呟いた。
こんな異常体質な私のことを、優しく受け入れてくれた学人。
その顔を思い浮かべながら、私はお弁当箱におかずを詰めた。
◇
少しだけ震える指で、学人の家のインターホンを押した。
ピンポーンと澄んだ音が響いた後、少し時間を置いてガチャリとドアが開き、制服姿の学人が姿を見せた。
「お待たせ。おはよう由奈」
「おはよう、学人」
私は手に持ったバッグを強く握りしめながら、意を決して言葉を紡いだ。
「あの、早速なんだけど……今朝の補給、いいかな?」
「お、おう……」
学人は一瞬だけ驚いた顔をした後、優しい手つきで私の身体を引き寄せた。
キスという名のエネルギー供給。
私の背中に、学人の温かい腕が回される。
白昼堂々行うそれは、やっぱり少しだけ恥ずかしい。
――っちゅ。
ご近所さんに見られたらどうしよう、という不安が脳裏をよぎる。
けどそれ以上に、学人と唇が繋がっているこの時間は、私の中に言葉に出来ないほどの多幸感をもたらしてくれる。
サキュバスとしての本能が、そう感じさせるのだろうか。
あるいは本当に、本能のせいだけなのかな。心の中で自分に問いかけるが、答えはよく分からないままだ。
「んっ、ぅ……」
口内に広がる学人の味に、頭の奥がじんわりと痺れていく。
これ以上は、サキュバスの本能で我を忘れてしまいそうだ。私は名残惜しさを押し殺し、ゆっくりと唇を離した。
「……ありがと、学人」
もう何回も彼と唇を重ねているが、未だに全然慣れない。顔が熱くてたまらない。
「……っ、じゃあ、行こう」
どこかぶっきらぼうな口調で言いながら、学人はパッと私から目を逸らした。
バス停までの道を歩き出す。私は学人の背中を追う形で、半歩後ろをついていった。
◇
バス停へ向かう道中、私は思い切って学人に声を掛けた。
「あのさ、」
「ん、どうした?」
「き、今日……学人にお弁当作ってきたんだ」
「へ、お、お弁当? 俺に?」
驚いたリアクションの学人が、ピタッと歩みを止めた。
「コンビニのパンばっかり食べてるから……あ、もしかして迷惑だった……?」
反応が気になっておそるおそる伺うと、学人は慌てて手を振った。
「い、いやいや! 有難い!」
「良かった……」
胸を撫で下ろす私に、学人が尋ねてくる。
「でも何で急にお弁当なんか……?」
「精気の供給は与える側もエネルギーを消耗するっていうのを、ママから聞いて」
「そうなのか……確かに最近、妙に体がダルくなる事が多いような……」
「だから……学人には、少しでも栄養のあるものを食べて貰いたくて」
恥ずかしさを隠しながらお弁当の理由を口にすると、学人の表情がふっと柔らかくなった。
「心配してくれてありがとう、由奈」
「学校で受け渡しするのは周りに勘違いされちゃう可能性があるから……」
丁寧に包んだお弁当箱を鞄から取り出し、学人に差し出した。
「これ、今渡しとくね」
「ありがたく頂戴します」
大事そうに受け取ってくれる学人の姿に安堵しつつ、わずかに不安も残っている。
「口に合うといいんだけど……」
「由奈の手作り弁当とか、楽しみでしかない」
「あ、あんまり期待しないでよ!?」
素直な喜びの言葉を口にする学人に、私は思わず声を張り上げてしまった。
バス停へ向かう足取りが、昨日より少しだけ軽い。
◇
その日の昼休み。
今のところ、サキュバスの発作が出る気配は無かった。
私は自分の席でスマホを隠すように持ち、学人にこっそりLIMEを送信した。
由奈『今日は大丈夫そう』
ポケットの振動に気づいた学人がスマホを一瞥し、チラリとこちらに視線を向けてきた。
私が小さく頷くと、彼も「了解」と言うように浅くアイコンタクトを送ってくれた。
すると学人の席へ、クラスメイトの的場君が近づいてきた。どうやら一緒に昼食を食べるらしい。
私は鞄の中を漁るフリをしながら、二人の会話にこっそり聞き耳を立てた。
「あれ、学人。今日は弁当?」
「まあな」
「いいなー、俺は今日もコンビニのやっすい菓子パンだよ。……ていうか、そのウインナー旨そうだな。俺にも一個くれよ」
「ダメ」
間髪入れずに即答。
「えー、じゃあその玉子焼き」
「断る」
「ちぇ、ケチ。一個くらい減っても分かんねぇだろ」
前方の席で二人のやり取りを聞いていた私は、思わず胸が熱くなるのを感じた。
私の作ったお弁当を、誰にも渡したくないと言わんばかりの学人の頑なな態度。
……なにコレ。
嬉しい。
「由奈、なにニヤついてんの?」
「ひゃっ!!?」
思わず変な声が出た。
声をかけて来たのはクラスメイトの三ケ森彩音。中学の頃からの同級生で、私がこのクラス内でマトモに話せる数少ない友人の一人だ。
髪色は明るく、スカート丈も短い。男子生徒相手にも対等に話せる人で、私とは色々と真逆なタイプだ。
「教室騒がしいし、中庭の方でお昼一緒に食べない?」
「う、うん! いいよ」
私は小さく頷き、お弁当と水筒を持って立ち上がった。
彩音と二人で中庭へと移動し、日陰になったベンチに二人で腰を下ろす。
お弁当の蓋を開けると、彩音が目を輝かせて覗き込んできた。
「わ、由奈のお弁当美味しそう」
「ありがと……一応手作りなんだ」
「へえ、気合入ってんね」
そんな会話を交わしながら、二人で静かにお弁当を食べ始める。
学人も今頃、あのお弁当を食べてくれているのかな……などと頭の片隅で考えていた、その時だった。
「ところで私さ、由奈にずっと聞きたかったんだけど」
箸を止めた彩音が、目を輝かせながら私を見つめてきた。
「由奈って、里中君と付き合ってるの?」
「!!?」
突然飛び出した学人の名前に、私の心臓が跳ね上がった。
箸から玉子焼きが滑り落ちていく事にさえ気が回らないほど、私の脳内はグルグルと混乱した。




