第23話 花火は照らす
(彩音Side)
晴れてカップルとなった私と大樹だが、二人の間に漂う空気の温度感は、大して変わった感じがしない。
ふと、手元の焼きそばに視線を向ける。
これを「あーん」なんて食べさせたりしたら、どんな反応をするだろうか。
(……いや、まだ早いか)
ただでさえ浮かれているこのバカを、これ以上調子に乗せるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、向こうから由奈と里中君が戻ってくるのが見えた。
「……ただいま」
里中君は平然とした雰囲気を装っているが、顔が真っ赤になっているのがバレバレだ。
横を歩く由奈も、どこか落ち着かない様子。
ふふん、やはり私の思った通りだ。絶対にキスしてたな。
……何ならそれ以上のことまでした? いやいや、流石に海でそれはないか。
「おかえり。二人とも遅かったじゃない」
「ご、ごめんね彩音」
照れくさそうに謝罪する由奈。
私はコホンと咳払いして、こう言った。
「由奈と里中君にご報告がありま~す」
「報告……?」
由奈が不思議そうに首をかしげる。
私はおもむろに、横の的場を親指で指さした。
「それでは大樹さん、どうぞ」
「えっ、お、俺が!!?」
突然のキラーパスに、大樹が分かりやすく動揺した。かと思えば、すぐ開き直ったように胸を張って、こう言った。
「あー、俺と三ケ森、付き合う事になったから」
「えっ、えぇぇぇぇッ!?!?」
ワンテンポ遅れて、由奈の叫び声が夏の海に響き渡った。
「大樹、お前……」
隣の里中君も、開いた口が塞がらないといった様子で固まっている。
「彩音と的場君が!? 付き……え、本当!? いつ!?」
「……ついさっきよ。このバカがいきなり熱烈な告白をしてくるもんだから。断る理由も無いしね」
「熱烈とか言うなよ、恥ずかしいだろ三ケ森!」
「あれれぇ~? 彩音、って呼ぶんじゃなかったっけ?」
「そこはやっぱりもう少しだけ時間くれ!」
どうやら恥ずかしいとか照れくさいなんて感情を、人並みに持ち合わせてるらしい。大樹のクセに生意気だな。
「ま、私らの事はいいから。それより二人は何か進展あったの? な~んかさっきより妙に距離近くない?」
「な、なな何のことかな!!? 私たちはただ、楽しく海を眺めてただけで……っ!」
由奈はわかりやすくパニックを起こし、茹でダコのように顔を真っ赤にしながら否定した。
里中君も気まずそうに明後日の方向へ視線を逸らしている。
……そんな二人の唇が少しだけ赤く腫れているのを、私は見逃さない。
全く、しらじらしい奴らだ。
◇
――それから私たちは、持ってきたボールでビーチバレーをしたり、波打ち際でパチャパチャやって、ひとしきり海を楽しんだ。
昼間の騒がしい時間はあっという間に過ぎ去って、現在は夕方。
大勢いた海水浴客たちの姿もまばらになる。水着から私服に着替えた私たちは、遊泳エリアから少し離れた場所にいた。
「じゃん! やっぱ海といったらコレっしょ!」
大樹はそう言いながら、ビニール袋から出した花火を得意げに見せびらかした。
それから私たち四人は、オレンジに染まる海を背景にして花火に興じた。ゴミを持ち帰りさえすれば、利用規約上は問題無かったはず。
「おい学人、打ち上げ花火でサバゲーしようぜ! 先に被弾した方が負けな」
頭が沸いてるとしか思えない大樹の提案を、里中君は冷たく諭した。
「する訳ないだろ。人に向けるなそんなもん」
……もしかして私、とんでもないバカを彼氏にしてしまったのでは?
私はススキ花火を左手に持ちながら、大樹の頭をバシッとしばいた。
「大樹、あんまりバカな事言ってたら捨てるわよ?」
「うっ、ごめんなさい……」
――素直な点だけは、評価してやってもいいか。
「なんか彩音と的場君、お似合いだね。ふふっ」
線香花火に火を付けながら、由奈が可愛らしい声でコロコロと笑う。
「なぁに由奈、線香花火にはまだ早くない?」
「私、あんまりバチバチした花火ってちょっと苦手で……」
……なんて可愛らしいんだ。儚いお姫様かよ。
線香花火のオレンジの光に照らされる由奈を見ていたら、私の中のお節介スイッチがバチンと入った。
「里中君、聞いた? 由奈は花火が怖いんだってさ。彼氏が一緒に握ってくれたら怖くないんじゃない?」
「えっ……、と」
里中君はちょうど都合よく、ススキ花火に火をつけたところだった。
彼は由奈の方に近づいて、激しく花を咲かせる花火の持ち手をそっと差し出した。
「……持ってみるか、花火」
「あっ……、うん」
里中君と由奈の手が、一本の花火を一緒に握った。まるで、言葉を用いないコミュニケーションを交わしているようにも見える。
パチパチと弾ける花火の光に照らされつつ、視線を合わせられずに固まる二人。
どう見ても、互いへの好きが溢れている。花火の光に照らされる彼らは初々しくて、私には眩しすぎる。青春映画のワンシーンでも見せられてる気分だ。
それにしても、尊いなコイツら。
それでこそ応援しがいがあるというものだけれど。
◇
飲み物が足りなくなったので、近くの自販機まで男子二人が買い出しに行く事に。
私は由奈と一緒に線香花火を灯しながら、しっぽりと女子トークにしゃれ込んでいた。
「彩音は、的場君のどういう所が好きなの?」
静かな波の音に混じって、由奈が首をかしげながら尋ねてくる。
パチパチと爆ぜる火の玉を見つめながら、私は素直に言葉を返した。
「裏表がないところ。あとアイツ、隠し事とか絶対出来なさそうじゃない? そこもポイント高いよね」
「ふふっ、彩音には真っ直ぐな人が合ってると思うよ」
「真っ直ぐっていうか、バカなだけなんだけどね」
そう言いつつ、私の口元は勝手に緩んでいた。
昔の男たちに嘘をつかれ、裏切られ続けてきた私にとって、あの裏も表もないバカの素直さは、救いになっていたりする。
ぽとん。由奈の線香花火の玉が落ちる。
暗がりの中で彼女の横顔をじっと見つめ、私は本題を切り出した。
「今日、里中君とチューしたでしょ」
「へぁっ、な、なんで!?」
案の定、声をひっくり返してパニックになる由奈。
「いや、明らかに唇赤くして帰ってきたから。やったのね、相当ディープなやつ?」
ニヤリと意地悪くその顔を覗き込んでやると、由奈は真っ赤になった頬を両手で包み、視線を彷徨わせた。
そして観念したように、小さく頷く。
「…………はい」
「ふーん。里中君、見た目によらず意外と肉食系なんだ。大変ねえ由奈も」
普段は真面目でカタブツな里中君が、海の物陰で彼女を攻め立てているところを想像する。
「ち、違くて! キスをおねだりするのは、いつも私からで……」
思いがけない言葉に、私は目を丸くした。
あの奥手でピュアな由奈が、自分からキスのおねだり……?
「由奈って、意外と彼氏の前では大胆なの?」
「……学人といると、自分でもどうかしてるって思うくらい、好きが溢れちゃって」
耳の先まで真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむく由奈。
その表情があまりにも可愛らしくて、私は脱力混じりの溜息をついた。
「……はい、はい、分かりました由奈さん。もうこれ以上のノロケは私の体力が持ちません、許して下さい」
降参だとばかりに両手を上げると、由奈は「もう、彩音!」と恥ずかしそうに抗議の声を上げた。
やがて、ジュースの買い出しに行っていた男子二人が戻って来た。
空の色が深い紺色へと移り変わる海辺で、私たちの特別な日が、まだまだ賑やかに続いていく。




