第19話 水着回 前哨戦
(由奈Side)
夏休み初日の朝。
朝ごはんのトーストをかじりながら、私の頭の中は来週に控えた学人との海デートのことで一杯だった。
いやそもそも、デートだと思っているのは私だけ? でも彩音と的場君もイイ感じっぽいし、見ようによってはダブルデートに見えなくも……でもでもやっぱり、ただの仲良しグループでのお出かけ?
うう……分からない。こんなに不安になったり、はしゃいでるの、私だけかな。
それにしても、海。ああ、海かぁ……。
当然ながら、水着を着なきゃいけないわけで。
最後に着た水着といえば、中学校の授業で使った紺色のスクール水着だ。さすがに高校生にもなって海でスク水は浮いちゃうかな。
かといって、雑誌に乗っているような露出度の高いビキニなんて、とてもじゃないけれど着られない。想像しただけで顔から火が出そうだ。
「由奈ちゃん、ニコニコでご機嫌ね。楽しい事でもあった?」
エプロン姿のママがいきなり尋ねてきて、私はパンを喉に詰まらせかけた。
「んぐっ……な、なんで?」
私、ニコニコしてた……?
自分では全然気付かなかった……。彩音も言ってたけど、どうやら私は顔に出やすいらしい。気を付けないと。
「見たら分かるわよ、由奈ちゃんのママだもの。その感じだとガク君と仲良くやれてるのね?」
「に、ニコニコなんてしてないから! 学人とは、その……普通だよ」
あせあせと取り繕う私を見て、ママは「はいはい」とニヤニヤ顔を崩さない。
「まあ元気なのは何より。一時期は顔色も悪くて心配だったけど、その感じだと大丈夫そうね」
そういえばそんな時期もあったな。私が自己嫌悪をこじらせて、学人を一方的に遠ざけた。
そんな私を学人は受け入れて、優しく包み込んでくれた。そんなの、好きにならないほうが無茶な話だ。
「それは、まあ……学人が協力してくれてるおかげだよ」
「ガク君には足を向けて寝られないわねぇ。で、そのガク君と何のお悩みかしら? ママに言ってみなさい」
ママは肘をつき、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
隠し通すのも限界だと悟り、私は小さく息を吐いて打ち明けることにした。
「あのね……来週、学人も入れてクラスのお友達と一緒に、海に行くことになって……」
「あら、海! 青春ねぇ〜」
「で、でもっ、着ていく水着がなくて……どうしたらいいか悩んでて……」
「なーんだ、水着のお悩み? 大丈夫よ、ママが若い頃に着てたやつ貸してあげるわ! ハイレグでなかなか攻めたデザインだけど」
「いらない! 絶対着ないからね!?」
「冗談よ冗談。お小遣いあげるから、ガク君と一緒に選んでくれば?」
「学人と水着買いに行くとか無理だから! でもお小遣いはありがとう!」
からかわれて真っ赤になる私を見て、ママは楽しそうにクスクスと笑った。だが、ふと表情を少しだけ真面目なものに変えると、思い出したように人差し指を立てた。
「そういえば由奈、海に行くなら一つだけ言っておくわ」
「なに?」
「ガク君にあまりキュンキュンしないように気を付けてね」
「どういう意味?」
「サキュバスの力って恋愛感情と密接に結びついてるの。相手を意識して心がキュンキュンするほど、身体が精気を激しく消費しちゃうのよ。気を付けないと、いつもより早く『お腹が空く』かもしれないわ」
初耳の事実だけれど、妙に心当たりがあった。
夜の繁華街で学人が私を助けてくれた時。あの時の私は、すごく学人に対してドキドキして、自分から精気の補給を求めた。
この前のカラオケだってそうだ。彩音とデュエットする学人を見て、胸が苦しくなってキスを求めたのも、そういうこと……なのかな。
「まあでもガク君が一緒ならその場で『補給』すればいいだけだし、安心ね♪」
「あ、安心出来ないよ! みんながいる前で補給なんてできるわけないでしょ!?」
「海の物陰でこっそり……なんて、余計にドキドキして燃え上がっちゃうかもね♡」
「やめてよママ!」
顔が熱い。身を乗り出しながら叫ぶ私に、ママは「由奈ちゃん、ファイトー」とケラケラ笑いながら、お皿を下げ始めた。
精気の消耗が激しくなる。
つまり、学人にときめけばときめくほど、危険が増すということだ。
でも、多分無理だ。ドキドキしないよう意識すればするほど、ドキドキしてしまう自分がもう鮮明過ぎる程に目に浮かぶ。
水着の悩みどころではなくなった私は、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
そんな私の葛藤など知ってか知らずか、スマホの画面には友人からのメッセージが届いていた。
彩音『水着買いにいこ~』
―――
そんなわけで彩音に呼び出された私は、駅前の大きなファッションビルへとやってきていた。
若者やカップルで賑わっており、中でも期間限定で特設された水着ショップは一際華やかな熱気に包まれている。
「さあ由奈! 今日はあのカタブツ君の理性を粉々に打ち砕く最高の一着を見つけるわよ!」
店内に足を踏み入れた瞬間、彩音は拳を握りしめて鼻息荒く宣言した。
その勢いに圧され、思わず一歩後ずさる。
「粉々にしなくていいから! 普通の水着があればそれで……」
「甘いわよ由奈、華のJKが彼氏に見せる水着選びを妥協しちゃダメ!」
私の言葉をバッサリ切り捨てると、彩音はズカズカと店内奥へと進み、ラックから一着の水着を引っこ抜いて私に突きつけてきた。
「見てこれ、鮮やかな赤の紐ビキニ! これなら里中君も一撃でノックアウトよ!」
「ひっ……紐しかないよこれ! 無理無理、絶対に無理!!」
目の前に差し出された強烈な一着に、私はブンブンと首を横に振った。
あんなのほぼ裸だ。自分がアレを着る姿を想像するだけで胸やけして、学人に見せるどころの話じゃない。
「え~、なんでよ。由奈スタイル良いんだから、これくらい攻めた方が里中君も喜ぶのに」
「学人はそんなスケベじゃないもん! もっとこう……布面積がたくさんあるやつがいいな」
「布面積に逃げちゃダメよ~」
彩音の制止を振り切って、私は必死の思いで店内を捜索した。
目指すは、できるだけ肌の露出を抑えた、可能な限り防御力の高い水着だ。
(私の命と尊厳を守るためにも……布面積は絶対に確保しなきゃ……!)
ママから教わった、好きな相手にドキドキすると精気の消耗が激しくなる、というサキュバスの体質。
派手な水着で学人の前に立ち、彼に変な目で見られたりしたら、胸のドキドキが限界突破してその場で精気切れを起こしてしまう。
まさに死活問題なのだ。
「あ、これなんて私に似合わないかな……?」
私が指差したのは、上半身をガッチリカバーしつつ、ひざ辺りまで包み込む水着。
「由奈……水泳の大会にでも出るつもり?」
「よ、良くないこれ? 日焼け対策もバッチリだし、動きやすそうだし……」
「却下。愛する彼氏との海でそれはないでしょ! 里中君もガッカリしちゃうわよ、俺の彼女体操着で来たのか~って」
「学人はそんなこと言わない!」
「とにかく布面積は諦めて」
そこからは、まさに死闘だった。
派手な水着を着せたい彩音VS布面積を死守したい私。
店内を右往左往しながら、攻防を繰り広げること小一時間。
お互いに肩で息をつきながら、私たちはついに一つの妥協点へとたどり着いた。
「……まあこれなら清楚でカワイイし、由奈の雰囲気にぴったりじゃない。私としてはもっと攻めてほしかったけど」
「これでも私にとっては大冒険なんだからね……!」
彩音と一緒に選んだ水着を、鏡の前で身体に当ててみる。
可愛らしいデザインでありつつも、ちゃんと「布」が存在している。これなら私の尊厳も無事で済みそうだ。
(……学人、可愛いって思ってくれるかな)
鏡に映る自分の姿を見つめながら、ふとそんな不安が胸をよぎる。
彩音の言っていたように、学人の理性を打ち砕くなんて芸当はできないけれど……。
ほんの少しだけでも、可愛いって思ってもらえたら、嬉しいな。
「よしっ、決まりね! すみませーん、これ買いまーす!」
手際よく店員さんを呼ぶ彩音。
もう退路は断たれてしまった。
決戦の日が、すぐそこまで迫っている。




