第17話 緊急の取調べ
(彩音Side)
カラオケの部屋のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に私の脳はフリーズした。
親友の八枝由奈と、その幼馴染の里中学人。
私が見る限り二人はどちらも奥手で、どう見ても両想いだが付き合っているようにはとても見えなかった。
だからこそ、そんな二人を強引にくっつけようと、的場と結託した勉強会では由奈を追い込んで。
今日のカラオケでも、当て馬ムーブのデュエットで由奈の嫉妬心を煽り立てた。
それなのに。
「お前らとっくにくっついとったんけオラァ!」
「ま、待って彩音! たぶんきっと誤解してると思う!」
「そう三ケ森さん、誤解だ! 由奈のやつ、目にゴミが入ったっていうから、俺はそれを取ってあげようと……」
「ほう。つまり里中君は由奈の目のゴミを取ろうとして、うっかりディープな口づけを交わしてしまった、と」
はぁ、と大げさにため息を吐きながら、私は髪をかき上げた。
「お二人さん。この私にそんな苦しい言い訳が通ると思って?」
「彩音、話を……」
泣きそうな上目遣いで私を見上げる由奈に加虐心をくすぐられつつも、私は人差し指をビシッと突き立てた。
「問答無用! お前ら揃って現行犯逮捕じゃい!」
私が二人に詰め寄ったタイミングで、ドリンクバーのグラスを持った的場が部屋へと戻ってきた。
「ただいまー、ってどうした三ケ森? そんな怖い顔して」
「緊急事態よ的場ァ! コイツらとっくにデキてたわ!」
「のええぇぇっ!!? どういうことだ学人!」
「大樹これは誤解なんだ、俺と由奈は怪しい仲じゃ――」
「里中君、今は苦しい言い訳を並べる時間じゃないわ」
そう言って私は、二人の正面のソファにドカッと腰を据えた。
「今からここは緊急取調室よ。二人とも、この私から言い逃れしようなんて思わないことね」
「うう……っ」
「ぐっ……」
私の気迫に観念したのか、由奈と里中君は気まずそうに目を逸らした。
「で、二人はいつから付き合ってるの?」
冷ややかな視線でそう問いただす。だが、由奈は焦ったように手を左右に振った。
「あ、あのね彩音! 私達、別に付き合ってるとかじゃなくて……」
「由奈、この期に及んでまだそんな言い逃れしようとするの?
付き合ってもない相手とカラオケでキスする高校一年生なんて、どこの世界に存在するのよ」
呆れて溜息をつくと、由奈と里中君が一瞬だけ目を合わせた。
何やら二人の間で妙なアイコンタクトが交わされたようだ。
「……高校入学から一週間くらい経った頃かな。俺から告白したんだ」
腹を括った様子の里中君から飛び出したのは、あまりにも衝撃的な事実だった。
「ってコトは、二ヶ月近く前!? 勉強会の時には、あんたら既にデキてたってこと!?」
「あ、あー……そうだ」
気まずそうに頭をかく里中君。その隣で、由奈も申し訳なさそうに小さくなっている。
その時私の脳内では、先日の己の言葉が去来した。
――由奈と里中君、おそらくまだ付き合ってはいないわ
由奈の口ぶりや挙動から推測した、女の勘よ――
あの時の自分、恥ずっ!
「な、なんてこった……彩音の勘が外れた……」
「言うな的場ァ!」
これまでの私の当て馬ムーブは全部、私の独り相撲だったというの!?
圧倒的な徒労感と恥ずかしさが一気に押し寄せ、私は天を仰いだ。
「くふふっ、ふは、あハハハハ!」
「うおっ、三ケ森が壊れた!?」
突如として腹を抱えて爆笑し始めた私に、的場がどん引きしながら後ずさりする。
笑いごとじゃない。いや、だが笑うしかないのだ。あまりにも綺麗に踊らされていた自分の滑稽さに。
ひとしきり笑い終えて表情を戻すと、私は由奈と視線を合わせた。
「里中君とは何もないなんて、何でずっと嘘ついてたのよ由奈」
「ひゃいっ、あ、あのね、それは……っ」
言葉に詰まった由奈へ助け舟を出すように、里中君が割って入った。
「茶化されるのが嫌だったから、皆には黙ってようって俺が言ったんだ」
なるほど、年頃の高校生らしい理由だ。
「まったく由奈……私にだけは本当のこと言ってくれて良かったのに」
「ご、ごめん……」
縮こまる親友の姿を見ていると怒る気なんて一ミリも湧いてこず、ただただ溜息ばかりが漏れた。
「私、二人をくっつけようと思って色々頑張ってたのよ? ねぇ的場」
「頑張った。俺達めちゃくちゃ頑張った」
的場が深々と頷く。
とはいえ――あざとい泥棒猫の演技まで買って出た私の徒労感は、どこか心地よい爽快感へと徐々に変わっていた。
「でも……なんか、安心しちゃったわ」
私は少しだけ表情を柔らかくして、二人の顔を交互に見つめた。
「……里中君、由奈は危なっかしいところがあるから、守ってあげてね」
「ああ、もちろん」
迷いのない里中君の返答に、私は思わずくすりと笑ってしまう。
「なーんて、こんなこと私が言うまでもないか」
「あのね、彩音……この事、クラスの皆には……」
不安そうに視線を彷徨わせる由奈に、私はフッと笑みを返した。
「分かってるって。二人の関係はここだけの秘密にしといてあげるわよ」
そう言って、隣で呑気にメロンソーダを飲んでいる男の肩をバシバシと叩く。
「的場、この事はくれぐれも他言無用よ。分かった?」
「いってぇ! 大丈夫、絶対喋らないから! 学人も八枝さんも安心してくれ!」
ドンと胸を張る的場に、里中君が苦笑した。
「三ケ森さんなら心配ないけど、大樹は危なっかしいんだよなぁ……」
「おい学人! 俺を信じろよ!」
さてさて、まさかこんな事になるなんて。
私の作戦は完全に空振りに終わったけれど、こうして二人の絆を確かめられたのなら、まあ良しとしよう。
冷えきったココアを一口飲んで、喋りつかれた喉を癒す。
そして私は、これからこの初々しいカップルを、生温かい目で見守ることに決めた。
◇
カラオケが終わり、バス停に向かって仲良く去っていくバカップルの背中を見送った後。
”げしっ”と。私は的場の尻に蹴りを一発入れた。
「いでっ、何すんだ三ケ森」
「何でもないわ。ただの八つ当たりよ」
もう一発。
”げしっ”。
「あだっ! なんだよ、八枝さんに先を越されたのがそんなに悔しいのか」
「うるさい。大人しく蹴られときなさい」
”げしっ”。
「理不尽!!」
”げしっ”。




