第16話 修羅場のゴング
(由奈Side)
その日の放課後。
私と学人、彩音、的場君の四人で、駅前にあるカラオケ店へとやってきた。
薄暗い個室に入った途端、的場君が真っ先に端末を手に取った。
「よっしゃ、一発目俺がいきまーす!」
手際よく曲を検索し、マイクを握りしめる的場君。
スピーカーから流れ出したのは、テレビでよく見る男性アイドルグループの、アップテンポで元気なナンバーだった。
彼のノリの良さも相まって、部屋の空気は一気に盛り上がる。
「フゥー! やるじゃん的場ァ、ナイス一番手!」
そう言って彩音は、的場君とハイタッチした。
「イェイ! 次、学人いけ!」
「よしっ!」
デンモクを受け取った学人が立ち上がり、曲を送信する。
学人の選曲は、一昔前に流行した、男性ロックバンドのやや激しめの曲だった。
(学人、こんな曲歌うんだ……)
モニターの光に照らされる真剣な横顔。
マイクを強く握り締め、少し低い声でリズムに乗る学人の姿は、いつもの穏やかで優しい感じとは違っていた。
いつも隣にいる彼の、普段とは違う雰囲気。新鮮さを感じる。
(カッコいいな……)
やがて曲が終わり、最後の余韻が部屋に響く。
「里中君、歌上手いじゃん! めっちゃ意外なんだけど」
そう言って驚く彩音に、学人が苦笑いした。
「ハハ、ありがとう」
私は学人の脇腹をちょんっと突いて、耳元で言った。
「なんか、意外な選曲だね」
「そうか?」
「うん。もっと落ち着いた曲歌うのかと思ってた」
「どんなイメージだよ」
学人は照れくさそうに笑いながら、ジュースのグラスに口をつけた。
グラスを置くと、彼は私にマイクを回してきた。
「ほら次、由奈の入れた曲始まるぞ」
「あ、うんっ!」
学人からマイクを受け取り、その場で立ち上がる。
イントロが流れ出すと同時に、私はぎゅっとマイクを握りしめた。
『カワイイだけでも♪ イイと思います♪』
女性アイドルの可愛らしいポップな歌を、精一杯の気持ちを込めて歌い上げる。
間奏に入ってふと画面から視線を外し、みんなの方を振り返ると……。
彩音も、的場君も、そして学人までもが、なんとも言えない険しい顔をしている。
部屋の空気が、先ほどより2℃ほど下がった気もする。
(あれ……この曲、みんな知らないのかな……?)
不安を覚えながらもどうにか最後まで歌い切り、曲が終わった。
「ね、ねえ彩音! 私の歌、変じゃなかった!?」
「あ、あぁ! アレンジが素敵だったわ、すごく独創的!」
「アレンジしたつもりは無いんだけど……」
「い、いやいや、良かったよ八枝さん! なんていうか、リズムの取り方に個性が光ってた!」
「えへへ、そうかな……」
的場君のフォローに苦笑いを浮かべつつ、私は一番気になっている人物へと視線を向けた。
「ねえ学人、私の歌どうだった……?」
「ああ、えっと……なんていうか、可愛い歌だな」
一瞬だけ言葉に詰まりながらも、学人は優しくそう言ってくれた。
可愛い。
学人にそう言って貰えただけで、私は頬が緩むのを抑えられなかった。
「あ、次は彩音の歌だよ」
画面に曲名が映し出されたのを見て、私は彩音にマイクを差し出した。
彩音はマイクを受け取ると同時に、学人の方へ軽い足取りで近寄っていく。
「里中君、この曲知ってる?」
「ああ、知ってるけど」
「やった! じゃあ一緒にデュエットしようよ!」
(デュエット! 学人と!?)
彩名による学人への申し出に、私の心臓が嫌な跳ね方をした。
学人もまた、思いがけない誘いに狼狽している。
「え、お、俺と!?」
「いいからいいから、ほら立って!」
強引に腕を引かれ、流されるまま立ち上がる学人。
イントロが終わり、二人の歌声が重なり始める。
彩音の透き通るような歌声と、学人の少し低い声が、驚くほど綺麗にハモっていた。
さらに曲がサビに差し掛かると、彩音は自然な動作で、学人の肩に手を回した。
二人の距離がギュッと縮まる。
顔を見合わせて歌う二人の姿に、私の胸の奥がキリキリと痛み出した。
曲が終わると、彩音は「イェーイ」と弾けた笑顔で学人とハイタッチした。
私は学人が座った瞬間に、彼にしか聞こえない小声で耳元に囁く。
「……前にも言ったけど、彩音のこと本気にしちゃダメだからね!」
「なっ、してないって……っ!」
必死に否定する学人の顔は心なしか赤く、それが私の焦りと嫉妬をさらに煽るのだった。
◇
それから、皆の歌が何周かした後。
「私ちょっとお手洗い行ってくるね」
そう言って彩音が席を立つ。
「じゃあ俺ドリンク入れてくる。学人のも入れてきてやるよ、さっきと同じのでいいよな?」
「ありがとう、頼んだ」
そうして、彩音と的場君が同じタイミングで部屋を出ていった。
学人と二人きりになった室内で、私の胸の中では、先ほどのデュエットで芽生えた嫉妬の炎が再びくすぶり始めた。
「由奈、次は何歌う?」
何事もなかったかのようにデンモクを操作する学人を見ながら、私は胸のモヤモヤを抑えきれず、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、学人」
「ん?」
「キスしたい」
学人は驚きのあまりデンモクを落としそうになりながら、素頓狂な声を上げた。
「う、嘘だろ! 今!?」
本当は、すぐに補給が必要なほど空腹な訳ではない。
けれど、胸の中で激しく渦巻く炎を鎮めるには、学人とのキス以外の方法は考えられなかった。
「二人とも今出て行ったばっかりだし、大丈夫だよ。いつもみたいなガッツリした補給じゃなくて、10秒、いや5秒でいいから……」
おねだりするように見上げると、学人はゴクリと喉を鳴らし、覚悟を決めたように私の肩を寄せた。
「っ、分かったよ……! すぐ済ませるからな」
すっと顔が近づき、重なる唇。
——ちゅっ。
あと5秒。
吸い付けられるような熱い感覚。物足りなさに引かれて、小さく角度を変えてもう一度。
あと4秒。
学人の舌を追いかけて、唾液を絡め取る。
あと3秒。
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「いやートイレ並び過ぎててしばらく入れそうに——」
部屋に入ってきた彩音は私達を見るなり、一瞬にして言葉を失った。
密着したまま固まる、私と学人。
『DUMチャンネルをご覧の皆様~~~』
空気が、完全に凍り付いた。




