第15話 釘を深めに
(由奈Side)
ファミレスでの勉強会を終え、私と学人はバス停に移動した。
人の少ない休日のバス停で、二人きりの静かな時間が流れる。
私は胸の奥でずっと燻っていたモヤモヤを、隣に立つ学人にぶつけた
「ねえ、学人」
「ん、どうした?」
「……勘違いしたらダメだからね」
私がぽつりと呟いた言葉に、不意を突かれた様子の学人。
「なっ、いきなり何を言い出すんだ……」
「さっき彩音に『あ~ん』ってされたり、ボディタッチされたりして、デレデレしてたでしょ」
「でっ! デレデレなんかしてないだろ……!」
「してたよ」
食い気味に言い返すと、学人は気まずそうに視線を泳がせた。
私は彼への視線を逸らさず、釘を刺すように言葉を重ねる。
「あの子、誰に対してもあんな距離感だから。うっかり本気になったりしたらダメだよ」
「な、なっ……ならないって!」
顔を真っ赤にして必死に否定する学人。
私は心の中に生じた不安を誤魔化すように、鞄の紐をきゅっと握りしめた。
「ねえ学人、一つだけ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「もし学人に彼女が出来たら、私への補給、どうするか考えてる?」
「俺に彼女が出来たら……」
急な質問に、学人は言葉を詰まらせた。
「それは……由奈以外の、ってことか?」
「ふぇっ、な、何それ! まるで今は私が学人の彼女みたいな言い方……」
予想外の返しに、私の顔は一瞬で熱くなった。
学人も自分の発言が意味する所に気付いたのか、耳まで真っ赤に染め上げている。
「あ、ちがっ! すまん、言い方を間違えただけだ!
えっと、だから……要は毎日の補給をどうするかって話だろ?」
「あっ、そ、そういうこと……」
互いに気まずそうに視線を逸らす。
学人は軽く咳払いをして、真剣な声音を取り戻した。
「う~ん、すまん……考えたこと無いな」
「そうだよね……」
「でも、由奈に特定の相手が見つかるまでは、補給は続けるよ」
迷いのない声だった。
「相手の女の子からしたら、いくら義務とはいえ面白くないかもしれないよ?」
「そうは言っても、幼馴染の命が懸かってる以上、見捨てる訳にはいかないだろ」
その言葉に、少しだけ意地の悪い疑問が首をもたげた。
「彼女には黙って……私とのキスを続けるってこと?」
自分でも少し攻撃的だと分かりつつも、聞かずにはいられなかった。
学人は苦笑いを浮かべ、しっかり首を横に振る。
「そんな不誠実なマネは出来ない。由奈との事情を分かって貰えるよう説得するさ」
「もし……説得出来なければ?」
「その時は由奈を優先するよ。命が懸かってる方を優先するのは当然だろ?」
なんでもないことのように言い切る学人の言葉が、私の心に重く染み込んでいく。
(命が懸かってるから、当然——)
彼の優しさが嬉しい反面、それがただの義務感によって差し出されていることに、私の胸にチクリと痛みが生じる。
冷たい感情が胸の奥で渦巻く中、バスがやってきた。
バスに乗り込む私達。休日の車内は空いていて、二人掛けの席に座る事が出来た。
心地よい揺れとエアコンの冷気が、火照った私の頬を冷ましていくようだった。
私の命を守るためなら、自分の恋すら後回しにしてしまう。学人ならそうするだろうと、なんなら私は聞く前からうっすら思っていた。
私のこの体質が彼の自由な恋を奪っている――そう考えただけで、少し、苦しい。
◇
その日の夜。
互いの部屋のバルコニーを繋ぐいつもの場所で、私たちは補給の時間を迎えていた。
夜風が肌をかすめ、遠くで虫の声が鳴いている。
すっかり見慣れた学人の顔が接近し、唇がそっと重なった。
(……あ)
ここ最近、こうしてキスをしている最中、学人への想いが溢れて止まらなくなる。
唇から伝わる温度がじんわりと身体に染み渡り、胸の奥がポカポカと温かいモノで満たされていく。
学人と繋がったままの唇を、いつまでも、ずっと離したくない。
切ないくらいにそう思ってしまう自分がいた。
胸を焦がすこの熱い気持ちを、恋という言葉で形容していいのか、自分ではまだ分からない。
もしかしたらサキュバスとしての本能が、『この男を手放してはならない』と私の精神に作用して、こんな気持ちにさせている可能性もある。
そうやって、グルグルと思考を巡らせていると、
――ぽふん、と。
学人の手が私の頭を優しく撫でた。
……ああ、この手の温もり、好きだなあ。
今だけは難しい事を考えるのはやめよう。
学人の温もりに、今はただこの身を任せていたい。
◇
数日後、恐れていた中間テストの答案返却日がやってきた。
「由奈、勉強会の成果はどう?」
声をかけてきた彩音に、私は少し誇らしげに答案用紙を見せた。
「ふふっ。見て、赤点回避できたよ」
「うわっ、めちゃくちゃギリギリじゃん……」
私の答案を覗き込みながら、呆れたようなジト目を向けてくる彩音。
「由奈って真面目そうな見た目のわりに、全然勉強出来ないよね」
「うっ、イジワル言わないでよ……赤点回避出来たんだから十分でしょ」
むっと頬を膨らませる私に、彩音は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それじゃあ赤点回避祝いも兼ねて、何かパーっとやっちゃう?」
「パーっと……?」
すると彩音が、教室後方へと声を張り上げた。
「ねえ的場ァ、里中君もちょっと来て」
学人と的場君が、トコトコとこちらへ近づいてくる。
「うい、三ケ森! その感じだと赤点回避したみたいだな」
「まさかあんたは大丈夫よね?」
「学人先生のご指導のおかげで、この通りよ!」
的場君は誇らしげに、赤点ラインをギリギリ1点上回った答案用紙を披露してみせた。
「よしっ。じゃあこの勉強会メンバーで、祝勝会のカラオケなんてどう?」
「イイね!」
ノリノリで乗っかる的場君。彩音が私に視線を向けた。
「由奈もいいでしょ?」
急なカラオケのお誘いに、思わず学人の顔を見上げる。
「あっ、えっと……学人はどうする?」
「行くよ、せっかくだし。由奈も一緒に行こう」
「あ、うん。学人が行くなら、私も」
「決まりね。じゃあ今日の放課後、この四人で」
学人とのカラオケなんて、今日が初めてだ。
胸が弾んで、頬も緩みそうになる。だが私は、彩音にからかわれないよう、何でもないようなフリを精一杯に取り繕った。




