第12話 共同戦線の成立
(彩音Side)
私――三ケ森彩音は、喧騒に包まれた教室を離れ、クラスメイトの由奈と共に中庭のベンチでお弁当を広げていた。
由奈はここ二、三週間、まるで心ここにあらずといった様子で、ずっと元気が無かった。
何かあったのか何度も聴いたけれど、本人は「何でもない」の一点張り。
それが、今日に来て一変した。
朝からどこかソワソワしていて、ふとした瞬間に思い出したようにニヤニヤしている。
今こうしてお昼ご飯を食べている間も、頬を緩めながらボーッとしている。
これは重症だ。
「由奈」
呼びかけてみるが、完全に自分の世界に入り込んでいて無視される。箸から玉子焼きが滑り落ちかけている事さえ気付いていない様子だ。
「お〜い、由奈」
「ひゃっ、ごめん! なに!?」
ぽとりと落ちた玉子焼きが白米の上に着地した。
私は思わず呆れ混じりの溜息をついた。
「それにしても、分かりやすいね〜由奈は」
「な、なにが……?」
白々しい言葉と共に目を泳がせる由奈。私はニヤニヤと笑みを浮かべながら、彼女にビシッと箸を突きつけた。
「喧嘩中だった好きな人と仲直りした恋する乙女、みたいな顔してるよ」
「こ、恋!? してないしてない! 全然そんなんじゃないからっ!」
「こんなに分かりやすいのに、何で否定するかねぇ〜」
真っ赤な顔で必死に否定する由奈を見ながら、私はへらりと苦笑した。
まあ、重苦しい顔をしているよりも、こうしてテンパっている姿の方が友人としては安心する。
そしてその相手に関しては、大体予想がつく。
「里中君でしょ?」
「ち、ちがうよっ! 学人とはただの幼馴染で……!」
「授業中も目で追いかけ合ってる二人がただの幼馴染ねぇ」
私の言葉に、由奈は「本当に付き合ってないんだってば……」と声を縮こまらせた。
なるほど。まだ付き合っていないというのは、どうやら本当らしい。
「付き合ってはいないけど、好きなのね?」
「っっ!!」
私が核心を突いた瞬間、由奈は耳まで赤くした。
「が、学人は大切な幼馴染だけど、恋愛的な好きとは違って、えっと……その……!」
あせあせと手を泳がせながら言い訳をこねくり回す由奈を見て、私は心の中で深く頷いた。
(あー、はいはい。そういう感じね)
誰がどう見ても完全に恋する乙女っすわ。
本人は必死に自分の気持ちから目を逸らそうとしているみたいだけど、溢れ出る熱量は隠しきれていない。
(けど……由奈も里中君も、どっちも自分からグイグイいくタイプじゃないしなぁ)
お互いにお互いを思いやりすぎて、一歩踏み込むのを躊躇っている――そんな二人の恋愛模様が、この私にかかれば手に取る様に明らかだ。
(どうすれば、この両片思いがくっつくかなぁ……)
このじれったい背中をどのように押してやるべきか、私は頭を悩ませた。
よし、まずは外堀の外堀から攻めてくか。
私はスマホを開くと、クラスのグループLIMEから一人の男子生徒を友達追加し、そのままメッセージを送った。
彩音『同じクラスの三ケ森だけど』
彩音『放課後、ちょっと顔貸して』
◇
放課後のチャイムが鳴り、教室からは続々と人が出て行く。
ある程度人の数が減ったのを見計らって、私は一人の男子生徒の席へ歩み寄った。
「よっ、的場」
軽く手を挙げて私が挨拶した相手は、クラスメイトの的場大樹。声がデカくて口は軽いが、どこか憎めない愛嬌の持ち主だ。
親しい男子の友達がそれほど多くない里中君が、よくお昼を一緒に食べている相手が彼である。
「おう。珍しいな、三ケ森が俺に用なんて」
「別に大した用でもないんだけどさ」
私は腕を組み、探るような視線を彼に向けた。
「最近、里中君って何か変わった様子とかあった?」
「ある! めっちゃあるぞ!」
私の質問に食い気味に返してきた彼は、身を乗り出してこう語った。
「学人のやつ最近ずっと元気が無かったんだけど、今日になって急に笑顔が戻ってた。あれは絶対何かあったぞ」
「ふーん……」
「で、心当たりでもあるのか?」
「一緒なのよ、由奈と。あの子もここしばらくずっと元気が無かったけど、今日は分かりやすいほどゴキゲンなの」
「つまり……?」
「要するによ。あの二人の間で溝が深まる出来事が少し前にあって、それが昨日何かのキッカケで埋まったってこと」
「な、なるほど……」
私の推測を聞いて、的場が感心したように口をぽかんと開ける。
そして、もう一つ気になっている事を的場に追及した。
「ところでさ。里中君の今日のお弁当のおかず、覚えてたりする?」
「えーっと、全部は覚えてないけど……確か玉子焼きと唐揚げ、あとはプチトマトが入ってたな」
「ふむふむ……昨日のも覚えてたりしない?」
「昨日は玉子焼きにウィンナー、それから……ブロッコリーが入ってたのは確かだ」
「自分で聞いててあれだけど、あんた記憶力すごいわね」
「学人のやつ、俺がおかず一個くれって言っても毎回絶対に死守するんだよ。だから逆に気になって覚えてたんだよな」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず口元をニヤリと緩めた。
「ねえ的場、今ので一つ明らかになった事実があるわ」
「なんだ?」
「由奈は里中君に毎朝お弁当を作ってあげている」
「ま、マジかよ!」
私の推論に、的場は目を見開いた。
「まあ、里中君が作っている可能性もゼロではないけど。とにかく、二人が同じお弁当を食べているのは間違いないわ」
「じゃあ……あいつが弁当のおかずを不自然なくらい死守していたのは……」
「愛する幼馴染が作ってくれた愛妻弁当を、アンタなんかに食べさせるわけにはいかなかった、ってコト」
「やっぱりな、そんな事だろうとは思ってたぜ! じゃああの二人は付き合ってるんだな!? 」
「いえ……由奈と里中君、恐らくまだ付き合ってはいないわ」
そう断言した私に、的場が首をかしげる。
「俺はどう考えてもクロだと思うけど……三ケ森がそう思う根拠はあるのか?」
「ハッキリした根拠は無いけどね。由奈の口ぶりや挙動から推測した、女の勘よ」
「三ケ森がそんなに自信満々に言うなら、その通りなんだろうな……」
「けど残念なことにあの二人、よほど大きなキッカケが無いとなかなかくっつかないと思うわ」
「ああ……確かにそんな雰囲気だな」
お互いを思いやり過ぎるがゆえの及び腰。二人の仲を進展させるには、第三者からの刺激が不可欠だろう。
「ねえ的場、これは提案なんだけど……私達で強引にあの二人をくっつけるってのはどう?」
私は思わず笑みをこぼした。
すると的場も、その企みの面白さに毒されたように口角を吊り上げた。
「イイね、面白そうじゃんか。何か作戦はあるのか?」
「なかなかエグい作戦があるの。的場、あんたの協力が必要よ」
「乗るぜ。なんでも言ってくれよ」
にやりにやりと嫌らしい笑みを重ねる私達。
じれったい二人の背中を押す共同戦線が、ここに成立した。




