第11話 仲直りのキス
歓楽街を走り抜け、私達は車が行き交う幹線道路へと出た。
街灯がぽつぽつと灯り始め、辺りはすっかり薄暗くなっている。
「ここから近いバス停は、と」
学人は息を整えながら、スマホに表示させた地図をタップしている。
「あっちだ、行こう由奈」
そう言って歩き出す学人の後ろを、私は静かについていった。
手の平に残る、学人の余熱。私はそれを惜しむように握りながら、彼に尋ねた。
「……何で、私の場所が分かったの?」
「今日の放課後、由奈がバス停とは反対方向に向かってったから、つい気になって」
申し訳なさそうに視線を落としながら、彼は続けた。
「……黙って後をつけたのは悪かった。でもなんか、嫌な予感がしたんだ。最近ずっと様子が変だったから」
学人は歩幅を緩め、隣を歩く私に視線を向けてきた。
「なあ。何で一人であんな場所に行ったんだ?」
学人の問いかけに、私は自分の愚かさが惨めになり、地面に目線を落とした。
「……自分でもバカな事したなって思ってるよ。でも、学人以外の男の人にも慣れなきゃって思って」
「……俺以外の?」
「それで、学校の男子より、見ず知らずの他人の方が割り切って気楽に関われるかなって思って……」
「はぁ……何だよそれ」
深く溜息をつく学人の声に、怒りと呆れが混ざっているのが分かって胸が痛む。
「だって……私の体質のせいで学人にばかり迷惑かけるのが、申し訳なくて」
込み上げてくる感情を抑えきれず、声が震えてしまう。
「あの日……学人に怖い思いさせて……それなのにずっと補給につきあわせて……。私さえいなければ学人は普通に過ごせるのに、私の都合で縛り付けるのが、辛くて……っ」
「そんな風に思うのはやめてくれ」
学人がきっぱりと言い放ち、私の目の前で足を止めた。
「何度も言うが、俺は迷惑だなんて思ってない。この前のアレは……確かにちょっと驚いたけど、由奈を嫌いになるとか、そんなわけないだろ」
「でも……」
「頼むから、幼馴染なんだから頼れるところは頼ってくれ。それに……俺、由奈が傷つくようなことがあったら、本気で悲しい」
真剣な眼差しで放たれた言葉に、息が止まった。
学人の真っ直ぐすぎる熱がその視線から伝わってきて、胸の奥が熱く痺れていく。
けれど次の瞬間、自分の言葉の重さに気づいたのか、学人はハッとしたように顔を真っ赤にした。
「すまん、彼氏でもないのになんか偉そうだったな……今のは調子に乗った」
照れ隠しに焦るように、学人が視線を泳がせる。
そんな彼を見つめながら、私の顔もまた、一気に熱を帯びていくのが分かった。
(――何それ、ずるいよ)
そんな顔で、そんな優しい言葉をかけられたら。
私のちっぽけな意地は、一瞬で溶けて消えてしまう。
ただの幼馴染相手に、私の気持ちが、これ以上引き返せないくらい本気になってしまう。
今朝まで冷え切っていた胸の奥底に、愛おしくて切ない熱が、じわりとどこまでも広がっていくのを感じた。
◇
やがて私たちは、目的のバス停へと辿り着いた。
ぽつんと灯る街灯の下。次のバスが来るまでの数分間、時刻表の看板の横で並んで立つ私たちの間に、静かな沈黙が降り積もっていく。
さっきまでの激しい鼓動は落ち着いてきたけれど、代わりに胸を占領しているのは、学人へのあふれそうな想いだった。
隣に立つ学人の横顔を見る。彼は所在なさげにポケットに手を突っ込み、バスの時刻表をじっと見つめている。
「ねえ」
「ん、どうした?」
隣に立つ学人が、ひょいと顔をこちらに向ける。
私は震える息を呑み込みながら、意を決してこう言った。
「補給、お願いしたいんだけど、いいかな」
「い、今!? ここは流石に人の目が多いから、もう少し我慢できないか……!?」
しどろもどろになる学人に、私は慌てて否定する。
「そ、そうじゃなくて! その……手、繋ぎたくて」
「あっ、て、手か! すまん、変な誤解したな……」
気まずそうに咳払いをすると、学人はこちらに手を差し出した。
「ほら」
私はその手を、そっと握る。
本当は、今すぐ精気の補給が必要なほど空腹な訳ではない。
けれど無性に学人の温もりが欲しくて、手を繋ぎたくなっている自分がいた。
繋いだ手の平から、じんわりとした熱とともに精気が流れ込んでくる。私の胸の奥底から、多幸感が満ちていくのを感じる。
「そういえば、学人にまだ言ってなかったね」
「ん?」
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
「あっ、……おう」
学人は視線を泳がせながら、握った手にほんの少しだけ力を込めた。
「もうあんな無茶はするなよ?」
「うん」
私は静かに頷いた。
◇
その日の夜。
お風呂を終え、部屋のベッドに座っていると、スマホが小さく震えた。
画面を見ると、学人からのメッセージが表示されている。
学人『そろそろ夜の補給しとくか?』
バス停で繋いだ手の熱が蘇り、顔が熱くなる。私は迷うことなく、たぷたぷと画面を叩いて返信した。
由奈『お願い』
窓を開け、バルコニーに出る。すぐにあちらの窓も開いた。
ピョンっと、いつものように窓から飛び移ってきた学人。
本人は平然としているけれど、いつ足を滑らせるかと思うと、私は毎回ヒヤヒヤさせられている。
学人は何も言わず、静かに私との距離を詰めた。
私はそっと目を閉じ、学人からのキスを待つ。
――ちゅ、
唇に柔らかな温もりが触れる。
この数週間、私自身の手で壁を作ってしまい、ただ命を繋ぐためだけの事務的な儀式と化していた補給の時間。
でも、このままは嫌だと思った。学人がくれる温もりを、義務なんて言葉で分類したくない。
私は意を決して、学人の背中に手を回し、抱きしめた。
ぎゅっ、と。
一瞬、学人の身体がピクッと強張ったのが伝わってきた。
けれどすぐ、彼の左手が私の背中に回される。
そして空いた右手で、私の頭をぽふんと優しく撫でてくれた。
まるで本物の恋人がする、互いの愛を確かめ合うようなキスだった。
やがて静かに唇が離れた後も、私たちは腕を解くことができず、しばらく密着したまま無言で立ち尽くしていた。
夜風に髪が揺らされる。触れ合う距離があまりに近すぎて、学人の顔をまともに見ることができない。
やがて私たちは、どちらからとなく互いの距離を離した。
「あっ、あ……ありがとう」
「おう……じゃあ、また明日」
学人はどこか落ち着かない様子でそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。
向こうが閉まるのを見届けてから、私も部屋に戻り、窓とカーテンを閉める。
……静まり返った部屋。
一人になって、急激に押し寄せてきた恥ずかしさが、胸の中を暴走する。
(〜〜〜っっっ!!)
顔から火が出るどころの騒ぎじゃない。
学人にハグしちゃった……! しかも自分から……。
けど……、ハグを返してくれたって事は、学人も私の事、好きなのかな。
分からない。今はもう、何も考えられない。
私は勢いよくベッドに倒れ込むと、枕に顔をうずめて、足をバタバタさせながらのたうち回った。
ああ、好き。好き。
どうやら私は学人のことが、たまらないほど大好きみたいだ。




