第六話:京洛電撃侵攻 ~上洛、そして三好・六角の粉砕~
「近衛……これ、本当に『合戦の行軍』なのか?」
美濃・岐阜を発ち、近江(滋賀県)の街道を南下する織田軍の縦隊。その中仕切られた参謀部隊の馬上で、三宅輝は周囲の兵士たちの様子を眺めながら呆れ顔で呟いた。
「当然です! 自衛隊式・近代機動行軍ですよ!」
近衛聡子は、手にした双眼鏡で街道の先を観測しながら、誇らしげに胸を張った。
通常の戦国大名の行軍といえば、足軽たちは重い荷物を背負わされ、泥に塗れて足を引きずり、途中の村で掠奪(乱妨狼藉)を働きながら、疲労困憊で戦場に辿り着くのが常であった。
しかし、現在の織田軍三万の行軍風景は、それとは根本的に異なっていた。
兵士たちの背には、三宅が考案した「人間工学に基づいた二本背負いリュック(背嚢)」が整然と担がれている。その中には、超高カロリーの「安藤式ポテト・レーション」と「乾燥具だくさんトン汁の素」、そして各自の予備弾薬と衛生パックが完璧にパッキングされていた。
さらに、行軍は「五十分歩行・十分休憩」の規則正しいタイムスケジュールで管理され、休憩時間には安藤の指導による「足の裏の皮の点検と消毒」が義務付けられている。
「ご覧ください三宅班長! 兵士たちの足取りの軽さを! 行軍速度は従来の二分の一(倍速)、落伍者(脱走兵・病人)はゼロです! これぞ『物流と衛生がもたらす長距離機動』の真髄ですよ!」
「それだけじゃないよ、聡子ちゃん」
馬に並んだ安藤一馬が、ニコニコと笑顔を見せた。
「今回、今井宗久さんたちの協力で、近江へ入る前の全集落に『先回りした補給拠点』を開設してあります。そこには温かいジャガイモ煮込みと清潔な水が用意されているので、兵士たちは現地調達(掠奪)をする必要が全くありません。おかげで沿道の民衆からは『まるで神仏の軍勢だ』と拝まれていますよ」
「……掠奪をしない軍隊か。戦国時代じゃ奇跡どころか異次元の話だな」
三宅は感心したように頷いた。
行軍中の掠奪を防ぎ、民心の離反を予防しつつ、圧倒的なスピードで敵の防衛線を突破する。自衛官三人衆の構築した「ロジスティクス(兵站網)」は、戦術以前の段階ですでに勝利を確定させていた。
◆
「報告! 織田の軍勢、すでに近江・観音寺城の眼前に迫っております! その数、およそ三万!」
南近江を支配する戦国大名・六角義賢(ろっかくよしかた/承禎)の居城である観音寺城。大広間に駆け込んだ物見の報せに、義賢は持っていた盃を取り落とした。
「なに……!? 岐阜を発ってから、まだ数日しか経っておらんのだぞ!? なぜそれほどの大人数が、そんな速度で移動できるのだ!?」
六角義賢は、上洛を目指す織田信長を足止めすべく、要衝である観音寺城と周囲の支城群に万全の防衛陣地を敷いていた。観音寺城は巨大な山城であり、従来の戦い方であれば、包囲して兵糧攻めにするだけでも数ヶ月から一年はかかる不落の要塞はずだった。
「慌てるな!」
義賢は立ち上がり、家臣たちを鼓舞した。
「観音寺城は険しい山に守られた城ぞ! 尾張の田舎侍どもがいくら束になって来ようと、この山を登ることはできぬ! 矢と石を浴びせかけて追い返してくれるわ!」
しかし——。
六角義賢はまだ知らなかった。彼らが相手にしているのは、城攻めの常識を「爆薬と突撃工兵」で上書きする、未来の戦術集団であることを。
◆
観音寺城の山麓。
「三宅班長、準備は整いました!」
聡子がサバイバルナイフを抜き放ち、信長の前に進み出た。
「信長様。これより我が『特種突撃工兵隊』による、観音寺城攻略作戦を開始します! 従来の『力責め(梯子をかけて登る)』などという愚策は一切使いません!」
信長は本陣の床几に腰掛け、面白そうに顎を鳴らした。
「見せてみよ、近衛。あの山城を、貴様らがどうやって粉砕するかをな」
「了解! ……三宅班長、合図を!」
「全工兵隊、攻撃開始!」
三宅の胴の通った怒号とともに、夜陰に紛れて山肌に取り付いていた三宅率いる「突撃工兵隊」が一斉に動いた。
彼らが担いでいるのは、槍や盾ではない。新開発された『大型黒色火薬樽(戦国式バンガローア爆薬)』と、高圧の可燃性油を噴出する『戦国式火炎噴射器(ギリシャ火の再現)』であった。
「一番小隊、大手門の土塁へ取り付き完了!」
「導火線、展張!……点火ッ!」
工兵たちが手際よく木製の城門や土塁の根元に爆薬樽を設置し、泥をかぶせて爆破威力を内側に集中させる(現代の指向性爆薬の原理である)。
——チュチュチュチュ……ドカァァァァァンッ!!!!!
地響きとともに、凄まじい爆発音が山全体を揺らした。
観音寺城の頑丈な大手門が、木片と土砂の土煙となって一瞬で吹っ飛んだ。
「ひ、ひぇぇぇっ!? 雷だ! 山が爆発したぞ!?」
城壁の上で守っていた六角の兵たちが、耳を塞いでパニックに陥る。そこへ、二番小隊が「火炎噴射器」を構えて突入した。竹筒と蛇腹ポンプを組み合わせた装置から、オレンジ色の炎の濁流が櫓に向かって噴射される。
「アツい! 火だ、火の蛇だぁぁっ!」
「よし、通路の開拓完了! 第二波、近代化歩兵隊、突入せよ!」
三宅の指示のもと、土嚢で身を守りながら、高精度火縄銃を構えた織田の歩兵隊が怒涛の勢いで雪崩れ込んだ。
曲がりくねった山道を登ってくる敵に対し、六角軍は上から矢を射かけようとしたが、トレンチコート状の「防弾綿甲冑」を着込んだ織田兵には矢が刺さらない。逆に、下から正確無比な交叉射撃が放たれ、城壁の上の射手が次々と射ち落とされていく。
「バカな……バカな……! わずか二刻(約四時間)で、観音寺城の三の丸と二の丸が落ちただと……!?」
本丸で報告を聞いた六角義賢は、ガクガクと全身を震わせた。
戦術、火力、破壊力……その全てが、自分たちの知る「戦」の概念を超絶していた。立ち向かうことすら、ただの自殺行為に思えた。
「殿! もはや万事休すにございます! お引かれてくだされ!」
「くそぁぁっ! 織田信長……一体どんな化け物を従えているのだぁっ!」
夜が明ける前、六角義賢は城に火を放ち、甲賀の山奥へと這うように逃亡していった。
不落と謳われた観音寺城は、織田軍の「電撃工兵戦術」の前に、わずか一夜にして落城したのである。
◆
近江の六角氏を文字通り「秒殺」した織田軍の進撃速度に、日本中が震撼した。
近江を破れば、京までの間に遮るものは何もない。
永禄十一年九月、織田信長は前代未聞の圧倒的兵力と、整然とした隊列を率いて、ついに京都へと足を踏み入れた。
京の街に入った瞬間、安藤一馬の指示のもとで『京都衛生・復興プロジェクト』が即座に発動された。
「全員、マスク(布製の口覆い)を着用! 街中のゴミと死骸を即座に回収・焼却しろ! 井戸水には消毒用の石灰を投入! 応仁の乱以来荒れ果てた京の街を、一週間で完全クリーン化するぞ!」
安藤率いる「自衛隊式衛生隊」が京の市街地に散らばり、路地の清掃、防疫作業、そして困窮する京の庶民に対する「炊き出し(特製ジャガイモ豚汁)」を大規模に開始した。
「これ……本当に織田の兵隊さんかい?」
「戦国の大名が入ってくるといえば、放火と奪い取りが当たり前だったのに……」
「見てみろ、街がピカピカになっていくぞ! 腹いっぱい温かい飯まで配ってくれるなんて……まるで極楽浄土だ!」
京の公家や町衆たちは、涙を流して織田軍を歓迎した。
これまで京を支配していた三好三人衆や松永久秀といった勢力は、民衆を力で押さえつけるだけであったが、信長と自衛官三人衆は「清潔と食料と秩序」をもたらしたのだ。
京の支配権を争っていた三好三人衆は、織田軍の圧倒的な火力と民衆の圧倒的な支持を前に戦意を喪失し、一度も本格的な交戦をすることなく阿波(徳島県)へと逃げ去っていった。
◆
二条御所。
新しく十五代将軍に就任した足利義昭の前に、織田信長と自衛官三人衆が参列していた。
義昭は豪華な衣装に身を包みながらも、信長の背後に控える三人——凄まじい覇気を纏う近衛聡子、鋭い眼光の三宅輝、そして温和ながら底知れぬ智謀を感じさせる安藤一馬に、隠しきれない恐怖を抱いていた。
「織田上総介……見事な上洛であった。余を将軍の座に就かせた功績、誠に天晴れである! 恩賞として、副将軍、あるいは管領の職を授けようと思うが……どうだ?」
義昭が持ちかけた最高の権力と名誉。
しかし、信長はフッと鼻で笑い、緩やかに首を振った。
「将軍様。そのような古い職名など、余には不要にございます」
「なに……? 不要だと……!?」
「余が求めるのは、そのような形式的な権力ではございませぬ。……近衛、前へ」
「ハッ!」
聡子がサッと前に進み出た。
聡子は懐から、羊皮紙(南蛮から取り寄せた紙)に描かれた巨大な世界地図を広げ、二条御所の床いっぱいに見せつけた。
そこには、日本列島などほんの小さな島国に過ぎず、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、南北アメリカ大陸、そして広大な太平洋と大西洋が鮮やかに描かれていた。
「な……なんだ、この巨大な地図は……!? 本朝(日本)はどこだ!?」
義昭が目を丸くして叫ぶ。
聡子は不敵な笑みを浮かべ、日本列島を指でチョンと突いた。
「将軍様。これが私たちの住む『地球』の姿です。日本など、この広大な世界においては、東の果ての小さな極東の島国に過ぎません」
聡子の言葉に、周囲の公家たちもざわめいた。
「信長様と私たちが目指すのは、この小さな島国の中での不毛な権力争い(戦国時代)の終焉……そして、この地図のすべてを我が織田家の足元に平定する『地球規模の天下布武』です!」
「ち……地球規模……!?」
義昭は絶句した。
この男と、この狂った未来の兵士たちは、最初から「日本将軍」などという小さな枠組みで物事を考えていない。世界のすべてを視野に入れて動いているのだ。
信長はゆっくりと立ち上がり、義昭を見下ろした。
「義昭様。貴様は余の掲げる『新しい秩序』の象徴として、その座に座っていれば良い。天下の政と、世界への進出は……すべて余と、この未来の兵たちに委ねてもらおう」
「ひ……ひぃぃっ……!」
義昭は信長の圧倒的な覇気と、三人衆の漂わせる規格外のスケール感に圧倒され、ただ頷くことしかできなかった。
◆
その夜。京都・本能寺。
境内の庭園で、信長、聡子、三宅、安藤の四人は月を見上げながら、堺の極上酒(と安藤特製のつまみ)で乾杯を交わしていた。
「……ふう。京の上洛まで、あっという間だったな」
三宅が酒盃を傾けながら、しみじみと呟いた。
「演習場でタイムスリップしてから、まだ一年も経っていない。飯を変え、金を稼ぎ、ジャガイモを植え、工兵爆破で城を落とし……俺たち、本当に歴史を変えちゃってるぞ」
「何を言ってるんですか三宅班長!」
聡子が酔いも手伝って、目を爛々と輝かせた。
「まだまだここからが本番ですよ! 京を抑えたということは、いよいよ日本の『西』と『東』の強豪たち……武田信玄、上杉謙信、毛利元就との決戦です! そして彼らを速やかに撃破・吸収した後は……ついに大海原へ繰り出します!」
「はいはい、聡子ちゃん。まずは武田の騎兵隊対策と、毛利の水軍対策ですね」
安藤が笑いながら手帳をめくった。
「武田の騎兵隊に対しては、すでに三宅班長と開発した『鉄条網(有刺鉄線)』と『対騎兵用・地雷(黒色火薬式)』の量産に入っています。毛利水軍に対しては……信長様、例の『鉄甲船(世界初の装甲艦)』の建造計画を進めましょう」
「鉄甲船だと……?」
信長が興味深そうに身を乗り出した。
「うむ! 木造の船に鉄板を張り、大砲を積み込んだ『巨大鉄製軍艦』か! それがあれば、瀬戸内海の毛利水軍など一溜まりもあるまい!」
「ええ! さらに、蒸気機関の基礎研究も進めています! 数年内には、風を必要としない『黒船(蒸気軍艦)』を完成させます! それで一気に明(中国)やヨーロッパへ殴り込みをかけましょう!」
「ハハハハハ! 素晴らしい! 最高だ近衛!」
信長は天を仰いで大笑いした。
「武田も、上杉も、毛利も、明も、南蛮の国王どもも……すべて我が軍の進撃の足音に怯えるがいい! 余と貴様ら三人で、世界の果てまで征くぞ!」
「了解!!」
月光が照らす本能寺の境内に、四人の不敵な笑い声がどこまでも響き渡っていた。
かつて演習場から飛ばされた三人の自衛官——戦争大好き戦略的脳筋の近衛聡子、医療衛生と歴史の鬼・安藤一馬、そして最強のサバイバー・三宅輝。
彼らが第六天魔王・織田信長と出会ったことで始まった歴史の変革は、もはや誰にも止められない巨大な「時代のうねり」となっていた。
近代化された圧倒的火力。
飢饉を克服した不滅の補給線。
そして、世界を見据える果てしなき野望。
京を制した織田軍の次なる標的は、甲斐の虎・武田信玄、そして世界の大海原!
自衛官三人衆の「地球規模ドミネーション」は、新たな激動の章へと突入するのだった——!




