第四話:美濃電撃戦 ~近代化歩兵と突撃工兵の初陣~
「近衛……お前、本気で言っているのか?」
尾張と美濃の国境付近、新設された織田軍の前線基地。幕舎の中で、三宅輝は腕組みをしながら目の前に広げられた和紙の図面を覗き込み、苦笑いを浮かべていた。
そこには、これまでの戦国時代の合戦概念を根底から覆す「部隊編制図」が描かれていた。
「本気も本気、超ド本気ですよ三宅班長!」
近衛聡子は、棒切れで図面の一点を激しく叩いた。
「今回の美濃攻略戦(いわゆる墨股・美濃制圧作戦)において、私たちが目指すのは『犠牲者ゼロの絶対的圧倒』です! 尾張ブランドの爆発的な売り上げによって、我が織田軍には潤沢すぎる軍資金があります。ならばやるべきことは一つ! 『火力と資材の力で、敵の戦意と陣地を物理的に擦り潰す現代的電撃戦』です!」
「近衛ちゃんの言う通りです」
安藤一馬が、新開発された「野外救護嚢(衛生バッグ)」の薬品を点検しながら笑みを浮かべた。
「豊富な資金で買い集めた職人たちと、僕たちの知識で作った『簡易黒色火薬の大量生産ライン』、そして『高純度鉛弾』。さらに、消毒用の高濃度エタノールと生薬を組み合わせた止血剤……。兵士の生命維持と火力の供給体制は完璧です」
「……はあ。お前ら二人が組むと、本当にロクなことにならんな」
三宅は呆れつつも、自身の腰に吊るされた『工兵用サバイバルスコップ』をポンと叩いた。
「だが、俺の役目は『突撃工兵』の育成と陣地構築だ。レンジャーの基本中の基本……穴を掘り、敵の進行を阻み、味方の頭上を固める。土木工事で勝つ戦だな」
「その通りです! これぞ『戦国式・野戦陣地および野戦築城ドクトリン』! 美濃の斎藤龍興軍に、現代軍事学の恐ろしさを叩き込んであげましょう!」
◆
永禄年間、美濃・犀川対岸。
美濃の国主・斎藤龍興の側近である日根野弘就は、数千の美濃兵を率いて川の対岸を見下ろしていた。
「……何だ、あの織田の戯れ言のような陣立ては?」
日根野は不快そうに眉をひそめた。
通常、戦国時代の合戦と言えば、矢倉を建て、竹束を並べ、旗印を打ち立てて陣を構えるのが常識である。しかし、川の対岸に現れた織田軍三千は、旗印もそこそこに、全員が腰に下げた妙な鉄のシャベルを取り出し、猛烈な勢いで地面を掘り始めていたのだ。
「報告! 織田軍、川沿いに溝を掘り、掘り起こした土を土嚢袋に詰めて積み上げております!」
「敵の鉄砲隊、土嚢の後ろに身を隠し、こちらを窺っております!」
「バカめが!」
日根野は吐き捨てるように鼻で笑った。
「穴を掘ってモグラのように隠れるとは、尾張のたわけめが臆病風に吹かれたか! 弓矢や鉄砲など、我が美濃の精鋭が川を渡って肉薄すれば一溜まりもないわ! 全軍、川を渡り、織田の浅はかな陣を叩き潰せ!」
「「「おーっ!!」」」
美濃軍三千が、解き放たれた怒濤のごとく川へと躍り出た。水しぶきを上げ、刀や槍を掲げて突進してくる。戦国時代の常識に従えば、川を渡る敵を水際で迎え撃つのが定石であった。
しかし——。
◆
「敵前渡河を確認……距離、二百メートル」
土嚢と深さ一メートル半の壕の中に潜む聡子が、単眼鏡で冷徹に敵の動きを観測していた。
聡子の隣には、黒い羽織を羽織り、面白そうに目を輝かせる織田信長が並んで腰をかがめている。
「近衛……敵は川の中ほどまで来たぞ。まだ撃たぬのか? 従来の火縄銃なら、そろそろ射程だが」
「信長様、焦りは禁物です」
聡子はニヤリと口元を歪めた。
「従来の火縄銃の有効射程は五十メートル程度。ですが、我が『織田家開発奉行所』が資金を惜しまず改良した『高精度・前照準器付き重火縄銃』と、粒状化して威力を三倍に跳ね上げた『特製黒色火薬』の敵射程は……百五十メートル以上です!」
今回、自衛官三人衆が豊富な軍資金で大量生産させたのは、銃身の制度を高め、現代小銃のような照準器を取り付けた新型火縄銃であった。さらに、三宅の指導により、兵士たちは「狙って撃つ」射撃訓練を反復して叩き込まれている。
「距離、百五十!……全射撃小隊、構え!」
三宅の胴の通った声がトレンチ内に響き渡る。
土嚢の上にずらりと並んだ数百本の銃口が、川の中で足をとられる美濃兵たちへ向けられた。
「……放てッ!」
——ドドドドドンッ!!!!!
地響きのような銃声が一斉に轟いた。
従来の「引き金を引いてから一瞬遅れて発射する」火縄銃とは異なり、改良された火薬と火縄機構は、引き金を引いた瞬間に火花を散らし、弾丸を吐き出していた。
「ぐわぁぁぁッ!?」
「な、なんだこの威力は!? 鎧ごと射抜かれたぞ!?」
川の中で逃げ場のない美濃兵たちの前列が、まるで目に見えない巨大な薙ぎ払いの手に倒されるように、一瞬で崩れ去った。
「ひ、ひるむな! 相手は鉄砲だ! 撃ち終わった直後の空隙(リロード時間)を狙え! 突撃せよ!」
日根野が狂ったように叫ぶ。戦国時代の鉄砲は、一発撃てば再装填に四十秒から一分近くかかる。その間に距離を詰めれば、ただの鉄の棒と同然——それがこれまでの常識だった。
だが、彼らが対峙しているのは、現代の軍事教育を受けた「自衛官」が構築した陣地である。
「第一列、退避! 第二列、前へ! 交叉射撃開始!」
聡子の笛の音が響く。
一列目の兵士が素早くトレンチの底へ身を沈め、あらかじめ装填済みの「予備の銃」を受け取る。代わりに、すでに装填を終えた二列目の兵士が土嚢の上に顔を出し、狙いを定めた。
——ドドドドドンッ!!
「な……なにぃ!?」
日根野の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
間髪を入れず第二波の斉射が美濃兵を襲う。さらに、二列目が退くと同時に三列目が立ち上がり、間髪入れずに第三波が放たれる!
「三段撃ち……いや、違う!? 絶え間なく弾丸が飛んでくるぞ!!」
三宅が構築した「トレンチ&弾薬補給助手システム」により、兵士一人につき三本の銃が配備され、後ろの補給兵が絶え間なく装填を行うことで、実質的な「継続的な機関銃火力の再現」が行われていたのだ。
川は美濃兵の血で赤く染まり、水面には無数の死傷者が浮いていた。美濃軍の突進は、川の中央で完全に足止め(ピン留め)された。
◆
「よし……敵の足が完全に止まりました! 恐怖で動けなくなっています!」
聡子が単眼鏡を覗きながら叫ぶ。
「三宅班長! 『突撃工兵隊』の出番です!」
「了解だ。……おい野郎ども! 俺に続け!」
三宅がサバイバルスコップを掲げ、壕から飛び出した。
三宅の後ろから飛び出したのは、選り抜きの猛者たちで結成された「織田家・特種工兵隊」である。彼らは槍も刀も持っていない。手にしているのは、竹筒に黒色火薬と鉄屑をギッチリと詰め込み、導火線をつけた『戦国式手榴弾』と、短く詰めた手砲である。
「う、うわあぁっ! 横から変な奴らが走ってくるぞ!」
川の中で混乱する美濃兵に向かって、三宅率いる工兵隊は全速力で肉薄した。
「導火線点火! 投げろッ!」
三宅の号哨とともに、数百個の竹筒が放炎しながら美濃兵の渦中へと投げ込まれた。
——チュイン……ドカァァァン!! ドカンッ!! ドカドカァンッ!!
「きゃあああぁぁっ!?」
「手足が……手が吹き飛んだぁぁっ!」
水柱とともに激しい爆発音が連続して巻き起こる。爆ぜた竹筒から撒き散らされた鉄屑と小石が、美濃兵の皮膚や眼球を容赦なく穿った。
兵器の性能差、そして戦術の次元の違い。
美濃軍三千は、織田軍の本体と刀を交えることすらできず、わずか二十分の戦闘で完全なパニック(集団恐慌)へと陥った。
「ひぃぃっ! 悪魔だ! 尾張の兵は悪魔の術を使うぞ!」
「逃げろ! 逃げろぉぉっ!」
武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように美濃へ逃げ帰っていく美濃兵たち。
日根野弘就もまた、顔面を蒼白にし、自慢の髭を恐怖で濡らしながら、手勢とともに這うように撤退していった。
◆
「……勝った。……いや、勝ったというレベルではないな」
トレンチの中から戦闘の全貌を見ていた柴田勝家が、ガクガクと膝を震わせていた。
織田軍の死者はゼロ。軽傷者が数名(自爆を防ぐための暴発事故程度)。対する美濃軍の損害は、死傷者五百以上、捕虜多数。
刀を交えるどころか、川を渡りきることすらさせずに敵の精鋭を壊滅させたのだ。
「権六、これが……近衛たちの言う『現代の戦』だ」
信長はゆっくりとトレンチから上がり、血に染まった川を見下ろした。その表情には、恐怖ではなく、狂おしいほどの歓喜と全能感が満ちあふれていた。
「兵士を死なせず、自軍の損害を最小限に抑え、圧倒的な火力と土木技術で敵を物理的に粉砕する……。なんと美しい……なんと理にかなった戦い方か!」
信長は聡子の肩を掴み、豪快に引き寄せた。
「近衛! 見事だ! 貴様らの言った通り、我が軍の損害は皆無! 美濃の連中は恐怖で二度と川を渡って来られまい!」
「当然です、信長様!」
聡子は胸を張り、ドヤ顔を弾けさせた。
「これが『火力と陣地による流血拒否戦術』です! 無駄な精神論や突撃など、現代軍事学においては愚策中の愚策! 勝つべくして勝つのが、プロの自衛官(作戦参謀)の仕事ですから!」
その時、後方から救護用の担架を持った安藤が走ってきた。
「聡子ちゃん、三宅班長! 負傷した美濃の捕虜たちの手当を開始します! 軽傷者は感染症を防ぐために抗生剤(赤味噌ペニシリン)を投与し、包帯を巻きます!」
「おう、頼むぞ安藤」
三宅が汗を拭きながら頷く。
勝家が疑問深そうに安藤に問いかけた。
「なぜ敵の負傷者など助けるのだ? 即刻首を撥ねればよかろう」
安藤は真顔で首を振った。
「いいえ、勝家様。これも重要な『戦略』なんです」
「戦略……?」
「はい。捕虜を丁寧に治療し、腹いっぱい美味い飯(自衛隊カレー)を食べさせてから美濃へ送り返すんです。そうすれば、彼らは美濃でこう言いふらします。『織田軍は恐ろしい火力を持ちながら、捕虜には親切で、素晴らしい医術と美味い飯をくれる』と」
信長が「ハッ」と息を飲んだ。
「……なるほど! 敵の士気を内側から崩壊させる気か!」
「その通りです、信長様!」
聡子がニヤリと笑う。
「『戦うだけ無駄、降伏した方が得』と思わせれば、美濃の城主や侍たちは戦わずして我が軍に降伏してきます。これぞ『孫子の兵法』、戦わずして勝つ『心理的超克戦』です!」
◆
安藤と聡子の狙いは、寸分の狂いもなく的中した。
解放された美濃の捕虜たちは、尾張の圧倒的な医療と「美味すぎるカレー」の味、そして怪我を綺麗に治された感動を美濃全土で語り継いだ。
「織田様に刃向かっても、雷のような鉄砲と爆雷で殺されるだけだ」
「だが、降伏すれば温かい飯と、病気を治してくれる未来の医者様が待っている!」
この噂は美濃の武士や農民たちの戦意を完全に挫いた。
さらに、三宅率いる工兵隊が夜陰に紛れて美濃の要衝・墨股に進入。三宅の「現代的プレハブ建築ノウハウ」と「突撃工兵の超高速土木技術」を駆使し、わずか一晩で強固なトーチカ(特製木造・土嚢要塞)を完成させてしまった(いわゆる『墨股一夜城』の現代軍事技術バージョンである)。
自慢の居城・稲葉山城(後の岐阜城)の目と鼻の先に、一晩で不落の近代要塞が出現したのを見た斎藤龍興と家臣たちは、絶望のあまり言葉を失った。
「もうダメだ……織田には勝てん……!」
美濃の有力武将である「西美濃三人衆」(稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就)は、織田軍の圧倒的な火力と、捕虜に対する人道的な扱い、そして何より「尾張ブランド」がもたらす圧倒的な経済力に魅せられ、戦うことなく次々と織田家へ寝返った。
◆
永禄十年間(1567年)。
一度の本格的な流血戦(犀川の戦い)以降、ほとんど血を流すことなく、織田信長は美濃全土を完全に平定した。
稲葉山城の天守閣。
美濃を眼下に見下ろす絶景の中、信長は城の名を『岐阜』と改め、新しい印章を取り出した。
そこに刻まれていた文字は——『天下布武』。
「近衛、安藤、三宅」
信長は静かに三人を見つめた。その瞳には、尾張の一大名だった頃の面影はなく、日本、そして世界を見据える「絶対的指導者」の威厳が宿っていた。
「貴様らのおかげで、余は最小の犠牲で美濃を手に入れた。飯があり、銭があり、病を払う医術があり、敵を寄せ付けぬ兵器がある。……今や我が織田軍に、敵などおらん」
「お褒めいただき光栄です、信長様」
聡子はビシッと敬礼した。
「ですが、これで終わりではありません。美濃を平定したということは……次はいよいよ、日本の中心『京都』への上洛です!」
「うむ」
信長は不敵に微笑んだ。
「京へ上り、足利将軍を戴き、天下に我が威光を示す。……だが、余の目的は日本国の天下などという小さなものではない」
信長は天守の窓から、はるか西の空……海の向こうを指し示した。
「近衛。貴様が最初の日に言った言葉を覚えているか? 『海の向こうの大陸すら、あなたの足元にひれ伏させましょう』とな」
「……ええ、もちろん覚えております!」
聡子の瞳に、狂おしいまでのミリタリー魂と野望の火が燃え上がった。
「信長様! 日本の天下統一など、私たち自衛官三人衆と織田軍にとっては通過点に過ぎません! 近代化歩兵部隊の増強、蒸気船(黒船)の建造、そして世界標準のロジスティクス(兵站網)の構築! これらを押し進め、アジア、さらには欧州の列強諸国まで、我が織田家の旗印を掲げて進撃しましょう!」
「おい近衛! また規模を拡大させてるだろ!」
三宅が青ざめて叫んだ。
「ヨーロッパって何だ!? 大航海時代だぞ!? 大西洋を渡る気か!?」
「ひえぇぇっ! 船酔いするから海戦は嫌ですぅぅっ!」
泣き叫ぶ安藤と頭を抱える三宅。しかし、聡子と信長の大笑い声が、岐阜城の天守閣にどこまでも高く響き渡った。




