招待状とニブクロカ 上
魔力を帯びた真紅の蝋で封じられた漆黒の封筒。それは王宮が開催する舞踏会の招待状だ。
年に一回開催される舞踏会はかっての王家の退廃の象徴であり、簒奪王が玉座を奪った今とあっては貴族たちの唯一の贅沢の機会となっている。
「本当ならこんな招待状、破って捨てちゃいたいくらいだけどね」
「なら捨てちまえよ。力が足りないってんなら俺がやってやろうか?」
手紙を持って家へと戻る道中。
私のため息を聞いてマイルズが手を差し出してくるが、当然招待状を渡すことなんてするわけない。私は首を横に振って言葉を続けた。
「代々の慣わしでね、舞踏会は国王とその直系の親族は参加を義務付けられているのよ。……兄様も他の部分で貴族連中をうんと締めつけてるからね。そいつらのお遊びの場を完全になくして恨まれるわけにもいかなかったし、だからってルールを変えて王族が参加しなくてよくしちゃうと、今度はそこでどんな悪巧みをされちゃうか分からないし……」
適度な貴族たちのガス抜き兼牽制の場なのだ。あそこは。
「だとしてもだ。あんたがそんなところにノコノコいく理由はねぇだろ」
「言ったでしょ、決まりだって。……それに普段城とか政治とかの厄介なことは全部兄様に押し付けているもの。年に一回くらいは我慢するわよ」
なんだかんだ私だって行ってしまえばお城で着せてもらえる綺麗なドレスや美味しいご飯は純粋に楽しめるのだ。貴族と関わるちょっとの時間が面倒くさいのと、あとは。
「でもなぁ……ここから王宮ってそこそこ遠いから、数日間薬草園の世話が出来ないのが悩みどころなのよね。──あ、でもそっか。今はマイルズがいるから水やりくらいは頼めるわよね」
「は?あんたまさか俺をおいて行こうってのか?」
不服極まりない、と言いたげな声が聞こえてきた。いやなんであんたがそんな声を出すのよ。
「そりゃそうでしょ。っていうか普通に考えてよ。あんたは兄様を殺そうとした暗殺者なのよ。城に入れるわけがないでしょう」
彼一人で兄の命が脅かされるとは思わないが、城に兄を殺そうとした暗殺者がやってくるなんてことになったら反対する人たちが……。
……人たち、ではないかもしれない。貴族連中は歓迎した上でついでにもう一度くらい兄に差し向けられないか画策しそうだし、兄さんは兄さんで全く気にしないだろう。
とはいえ絶対反対しそうな人も一人はいるし、そもそも普通に考えてそんな許可が降りるはずもない。
私がそう主張してると言うのに、マイルズはマイルズで引く姿勢を見せなかった。
「はっ、仮にそうだとしても逆にここへ暗殺者を一人置いていくのも防犯的には最悪だろ。大体あんたが一人でそんな舞踏会にいくなんざ、ドレスの裾を踏んづけて十は転倒しておかしくねえだろ。支えは必要なんじゃねえか?」
「失礼ね!転倒なんかしないわよ!……五回くらいしか」
「五回はしてんのかよ」
呆れた声が聞こえてきた。うう。
仕方ないじゃないのと脳内で言い訳をしながら、私は玄関を開けて家に入る。リビングに置かれていたレターナイフで封筒を慎重に開けていく。
「大体、あんたがどう主張したところで舞踏会は招待制よ。招待状もない状態で行こうだなんて……、」
封筒からこぼれ落ちた紙の感触に違和感を覚える。
あら、紙が重なって……重なる?
手元に目線を向ければ、漆黒の紙に金の文字が並べられている。一枚は当然だが私宛の、正賓として招待する旨を記した招待状。
そしてもう一枚は漆黒の紙に空色の文字。正賓が使用人や部下を連れてくるために使われている招待状。
「…………え、ええぇ……?」
そこにはマイルズを、私の使用人枠として来場を許可する旨が記されていた。
「な、なな、なんで!?」
え?マイルズのやつ、なんか裏で工作でもした!?
弾かれたようにマイルズを見れば、彼も瞳を丸くしていたというのに私と視線が合うとにやにやと笑みを浮かべた。
「へぇ、こんな正式な招待状がきたってんなら居残るほうが無粋だよなぁ?何せ王宮からの誘いで、簒奪王の妹姫様の身の回りの世話役だ」
「世話役なんていらないわよ!姫になってから一度も持ったことないのに!!」
王宮に行けばメイドたちが身の回りの世話をしてくれるが、あれだってドレスの着付け以外では不要なくらいなのに!
……だが、招待状は招待状。
兄や今の上層部が出ても良いと許可を出していて、マイルズも乗り気なら私が口を挟む権利はない。
「……はぁ。分かったわよ。でも舞踏会に行くっていうなら準備は手伝ってもらうわよ?」
「はいはい、お姫様の仰せのままに。何をやれっていうんだ?」
わざとらしい恭しいお辞儀に鼻を鳴らしてやる。やること?決まってるでしょ、そんなの。
「ニブクロカの収穫と乾燥、それから縫製よ」
***
そう言ってマイルズを連れてきたのは西の畑だ。
ここは水生の薬草たちが多く育てられており、一歩畑に降りればゆるやかな流水が足元を満たす。
花弁がまるで袋のように細長い筒状になっている花を差し示した。
「これがニブクロカよ。小さい花だけれどその中に花の何倍もの大きさのものを入れられてね。旅人や行商人には昔から愛用されているのよ」
人差し指ほどの大きさの花にポーションの瓶が二、三本は入るのだ。しかも重みはほとんどない。長旅には必須のアイテムだった。
「聞いたことはあんな……でもそんなもんが舞踏会と何の関係があんだよ」
見当がつかねぇとマイルズは頭をかく。
「舞踏会で衣装を着るでしょ?もちろん手配は兄様の方でしてくれてるんだけど、一度私が着ると私のものって扱いになるらしく……」
処分を頼んでもいいのだが、なにせそこは王宮だ。本当に処分される前に妙なルートを辿る可能性だってある。うっかり私に呪いをかける目的で、魔術師の手に渡りでもしたら大惨事だ。
「だからうちに一式持って帰るの。形さえ変えて別のものにしちゃえば呪いの対象にならないし、布はいいから巾着とかにして普段使いしたり、生地をばらしておじいちゃんに町へ持っていってもらうと、喜んでもらえるのよ」
多少手間だし面倒だが、流行り廃りが激しいドレスを王宮や家のタンスの肥やしにするよりもずっといい。
「……お貴族様ってのは面倒だな。で、それが縫製とどう繋がんだよ」
未だに分かっていないようだ。私はふふんと腕を組んでみせる。
「ふふん、決まってるじゃない。このニブクロカをたくさん縫い合わせて、ドレスを持ち帰るための荷物袋を作るのよ!」
「はぁ? そんなことのためにこんな面倒な薬草採んのかよ……」
「そんなこと、じゃないわよ。今回は特に私のドレスだけじゃなくてあんたの服もあるんだから」
「はっ、それこそ気にしなくていいと思うんだがな」
……会話をしてて気づいたけど、そうよね。マイルズも舞踏会では着飾るんだもの。
薬草園の力仕事を任せるという理由もあってか、初めて会った時からずっとラフな格好をしている男だが、顔立ちはそれなりどころではないレベルで整っている。
こんな男が身なりを整えて舞踏会に向かったら、それこそご令嬢たちの羨望の的なんじゃないかしら。
それこそダンスのお誘いとかされておかしくないわよね。
どこぞの令嬢と華麗に踊るマイルズ……うん、絵になる光景だわ。
「……姫様……、姫さん」
暗殺者ってところがたまに、いえ、もの凄い傷だけど、逆にそういう立場がスパイスになることもあるでしょうし。あ、でもお城の人たちってマイルズが暗殺者ってそもそも知ってるのかしら……。
「……ひめさん、……おい、センシア!」
「っ!?え、なによ急に!?!?」
気がついた時にはマイルズが目と鼻の先にいる。目元がわずかに赤らんだアイスブルーの目が、真っ直ぐこちらを見ていた。
「何よ、じゃねえよ。そっちが何なんだよ。さっきから返事もしねぇで俺のことじーっと見つめてさ」
「え、あ……。呼んでたの?ごめんなさい、ぼーっとして気づかなかったわ」
なるほど、私が反応しないから何度か呼びかけてるうちに近くなったってことね。
……いえ、だからって近すぎない!?本当に目の前にいるわよ!?
思わず先ほどまでの距離を思いだして体が一瞬硬直する。
それ以上マイルズが何かを言い出すのを待つ前に、私の方から勢いよく飛びのいた。
「い、いえ。そうよね。だからそういう理由でニブクロカを収穫しなきゃいけないの!手伝いなさい、マイルズ!」
そう言ってニブクロカが咲き誇る一画へと早足で歩き出す。今走ったら絶対にこける自信がある。けれどこの場を離れようと今の私は必死だった。
「おい、姫さん!……ったく、ほんと。思わせぶりなことばっかすんなよ」
だからマイルズが背後でそんな風にため息をついてたなんて、さっぱり知らないまま。




