招待状とニブクロカ 下
ニブクロカの収穫を無事に終え、私とマイルズは乾燥網に干し終えた花々を眺めていた。
「あとはこれを二日くらい乾かして、乾燥したところで花を切りひらいて縫い合わせるの」
「なんでそんな面倒くさいことするんだよ……」
「そりゃあ、今の大きさじゃさすがにドレスは入らないもの」
いくらニブクロカが自分の数倍の大きさのものを入れられるとはいえ、ドレスくらい大きくて嵩張るものを入れるには十五個くらいのニブクロカを縫い合わせる必要があるだろう。
「ふーん、面倒だねぇ……」
そういいながらもマイルズは地面にしゃがみ込み、置いていた図鑑をパラパラとめくりはじめる。
あら、早速有効活用しようとするなんていい姿勢じゃない。
マイルズという男としばらく過ごしたけれど、やっぱり普段の姿を見ていると元暗殺者なんて物騒な存在にも思えない。
首輪がはまっているのもあるかもしれないが、それでも奥の園に立ち入らないように命じた時以外に首輪を使ったことはないし、脱走を目論んだあのとき以外に減らず口以外の反抗的な様子を見せたこともない。
──死罪同然っていってたけど、そこまでしなくちゃいけないのかしら。
ふと浮かんだのはそんな疑問だ。確かに罪を償うことは必要だろうが、望みもせずにこんな薬草園で一生を終えるくらいなら、働きに応じて温情くらい貰えたっていいんじゃないかしら。
幸い今度の舞踏会で兄さんに会う機会もあるし、その前に手紙で相談してもいいかもしれない。うん、そうしてみましょ。
結論はついたが、やはり手持ち無沙汰だ。今日の荷物もマイルズが片付けてくれたから、急ぎでやることも特にないし……。
ふと好奇心でマイルズが眺めている植物図鑑を後ろから覗きこめば、ニブクロカと実際に荷物を出し入れする図、それに花や葉の効能が記されていた。
でもこの図鑑、効能は字の説明しかないのね。これだとマイルズには分からないかもしれないわね。
マイルズの後ろから手を伸ばして文字に指を当てる。
「……──っ!」
触れた背中が大きく跳ねた気もするけれど、私の意識は図鑑の説明へと割かれていた。
「ここに書いてあるのが効能なんだけどね、ニブクロカは葉っぱも薬草として使えるわ。乾燥して煎じれば心臓病の薬にもなるの。血管を広げて血の巡りを良くするとかで」
だからさっき花を摘んだ時に茎と葉も合わせて摘んだわけだ。乾燥したら葉は薬用に分けて、花の部分は袋の材料に使う。
「本当は花の繊維や茎を素材に、魔法で袋を作れれば量産しやすくなると思うんだけど……それだとコストがかかるみたいで、実用化はまだ先みたいなのよね」
「っ…………、………」
「あと、ニブクロカは使い捨てなのよ。ほら、ここの絵は中に入ってるものを取り出すために、商人が袋を破こうとしてる」
図鑑を指差して挿し絵の説明もするが、反応が全くない。素直な返事どころか、憎まれ口ひとつ返ってこない。
──もしかして聞いてなかったのかしら?
図鑑を覗き込んでいた首を動かしてマイルズを見れば、その顔は真っ赤に染まっていた。
「マ、マイルズ。どうしたのよその顔!?熱でもある!?」
ニブクロカは心臓病には使えるけれど解熱効果はない。もしそうだとしたら別の薬草を持ってこなきゃ!
慌てて立ち上がるよりも前に、マイルズの絞り出すような声が聞こえてくる。
「……っ……じゃ、ねぇよ。……っつうか、クソ。あんた、それ本当にわざとじゃねえんだよな?」
「は?わざとってなにが……」
私の困惑しきった声に、マイルズがもう一度大きく息を吐き出す。
「はぁあぁあ………」
「マ、マイルズ?やっぱりどこか体調が……」
「動くな。……今動いたら、本気でキレるぞ」
低く掠れた声はどこか湿っている。
マイルズの熱のこもったアイスブルーは一瞬だけこちらへ向けられた。正確には私と彼の境界線。私の鎖骨のあたりから下側の──。
そこまで理解した瞬間、マイルズの視線は弾かれたようにそらされる。私も一気に顔全体が熱くなった。
「……っっっ!!!」
ようやく私は自分がどれだけとんでもないことをしていたのかを自覚する。彼は兄さんでもホウソンおじいちゃんでもないのに、こんな密着するなんて……!
「あ、ご、ごめんなさ、っ、」
慌てて飛びのこうとするが、当然私がそんな勢いよく動けばバランスを崩すのはいつものことで。
いつもと違うのは、マイルズがその手を私の腕へと伸ばしてきたことだ。
そのまま彼は私の腕を引き、気がつけば背中から私はマイルズの腕の中に閉じ込められていた。
「え、っちょ、……!」
単純に助けてもらったというには近すぎる。私と彼の境界線がどこにあるかも分からないくらいだ。
トクトクトク……と早鐘を打つ心臓がどちらのものか分からない。
先ほどのマイルズに負けず劣らず体をこわばらせた私は、耳元で吹き込まれる声をただ聞くことしかできなかった。
「……勝手に踏み込んで、振り回して、そのくせ勝手にそっちの都合で逃げるなんざ、ずりぃだろ。ちょっとはお前も、調子がくるっちまえ」
吐き捨てられるような言葉にどういうことかと顔を見上げようとするが、それよりも早く頭の上に置かれた図鑑の重みに首が曲がる。彼の顔が見れない。ただその鍛えられた胸元の熱を感じることしか。
「次にうかうか近づいてきたら……こんなお行儀良くすませてやらねぇからな」
そうとだけ言って彼はそのまま、私に図鑑を押し付けるようにして立ち去っていく。
後に残されたのは頰の熱が引かない私と頭に乗せられた植物図鑑。それに仄かに残るニブクロカの香りだけだった。




