草花図鑑と変化 上
マイルズが変だ。
いや、変と言えば最初に出会った頃から暗殺者なんて仕事だったのに軽薄で、こっちを姫様なんて馬鹿にしたように言ってきたけど。
最近は、そう。変の種類が違う。
薬草の収穫に枝の剪定、薬草の乾燥。どんな作業をしていても後ろから突き刺さってくるのだ。視線が。
「…………ねぇ」
「あぁ?なんだよお姫様。今日は別にサボってねえだろ」
だというのに振り返ればその視線をわざとらしくそらしていつものような憎まれ口を叩いてくるのだ。
こんなのモヤモヤがたまらないわけがない。
マイルズのいう通り今の彼は黙々と薬草の根を乾きやすいように広げて乾燥網に並べている。以前よりもずっと丁寧な扱いだ。そのこともいっそう、私の困惑に拍車をかけていた。
──やっぱりこれ、原因があるとしたら雷の日のことよね。
マイルズが脱走を目論んで失敗し、自決を選ぼうとした日のことを思い出す。……どれも心当たりになりそうなのが困るし、だからと言って今更蒸し返すのもなぁ。
「サボってないのは事実だけどね。なに、そんな欲しいものでもあるの?」
だから誤魔化すようにそんな風に聞いてみた。あるいは欲しいものがあると明確に口にするなら、彼が今なにを考えているのかも分かるかもしれない。
「……欲しいもの。ねぇ、まあそれらしいもんはあるようなねぇような」
だというのにマイルズ自身もずいぶんとまぁ煮え切らない返事だ。おまけにそんな話をしながらも目が合うことは一切ない。
……いくら何でも失礼じゃない?
さすがにこれは問い詰めても許されるだろう。思わずずいっと前に一歩進んで……進みかけたところで、思い切り足を滑らせる。
「……っ!」
「っぶね!」
いつものように床と仲良く転がることはなかった。五歩分は離れていたはずのマイルズが一瞬で距離を詰めて、私が乾燥網を巻き込んで大横転するのを防いでくれたからだ。
「あ、ありがと……」
「……別に。つーか、本当あんたドンくさすぎねぇ?本当に簒奪王の妹とは思えねぇんだけど」
「一言余計よ」
いつものような嫌味の応酬はあるけれども、やっぱり変だ。前のマイルズだったら乾燥網は助けたとしても私を助けてくれるとは思えなかったし、それに今だって倒れないように私の背中に手を回している。……距離が近い。
「大体あんただって兄様に簡単に転がされてその首輪をはめられたんでしょ。そんな人に兄様と比べられてもね」
「その言い方はズルだろ。…………」
しかも、てっきりそのまま軽口が終われば離されるかと思ったのに、彼の手のひらが私から離れることはない。
そのまま数秒間、謎の沈黙が過ぎる。
(き…………気まずい……!!)
え?これどうしたらいいのかしら。
当然私から手を押しのけて離れるべき?
でも私のことだから勢い余ってまたひっくり返る可能性もある。悲しすぎることに。
心臓の音がやけに早くなっているのを感じながら、震える喉から何とか声を絞り出した。
「あの……もう離していいわよ」
「………っ、〜〜〜!」
途端、弾かれた様に手が離される。あまりの勢いに、二、三歩足がもつれて慌てて踏みとどまった。
顔を上げれば、先ほどまでいたはずのマイルズはいない。いつもなら音もなく動くはずの彼が、わざとらしいほど大きな足音と共に離れていくのが聞こえた。
「…………もう、なんなのよ!!!」
マイルズのやつ、明らかにおかしいわ。
──もしかしたら毒の後遺症かしら。
オロチナドキシンはショック死するほどの痛みと魔力の変容が主な毒性だけど、魔力の変容が原因で精神が不安定になるケースはたしかにあったはず……。
「うぅん……薬草園は魔力が濃いから、影響が大きくないとは言えないわね」
あるいはどこかヤケになっているのかもしれない。
あの時は私も怒っていたしパニックになりかけてたからまともに話もできなかったけど、自決を選ぶくらいには今の状況を悲観しているのだから。
よく考えずとも当たり前だ。
彼にとっては面白みもない薬草園で、姫なんて言われているが市井の出の小娘にこき使われるのだから。
やっぱり彼にも気晴らしになるようなものが必要なんじゃないか。うん、そうだ。ホウソンおじいちゃんがきた時に相談してみましょ。
そう決めたのとほとんど同時に、門の方から鐘が聞こえてくる。……ナイスタイミング!
***
「ホウソンおじいちゃん!あのね、おじいちゃんに聞きたいことがあるの」
「ほっほっ、今日はずいぶんとお元気そうですな。姫さま。いきなりどうしたんですかい?」
荷物を上げ下ろししてくれているホウソンに声をかければ、いつものように穏やかな笑みをむけてくれる。
「前にお願いしてた植物図鑑がなるべく早く欲しくって。兄様にお願いとかできないかしら」
マイルズの気晴らしになればと思って頼んでいた本だが、こうとなれば一刻も早くほしい。普段は一週間に一度だけの荷運びだけど、もし来週になるよりも前にホウソンの手元に入るのなら、特別にそれだけ早く配達してくれたりしないかしら?
私のお願いにホウソンはうーんと考え込むそぶりをした。……やっぱり難しいかしら。
「ええと、無理はしなくていいのよ、おじいちゃんだって何度もここと城下町を往復するのは大変でしょうし」
「いえいえ。姫さまのためならあの程度の山道などなんのそのですよ。ですが、困りましたな」
「な……なにが?」
ごくりと唾を飲み込むと、彼はすぐ後ろに置いていた荷物袋を手に取る。そのまま私に取り出したものを差し出して、ウィンクをしてみせた。
「姫様のために早いうちにと思って声をかけておりましてな。……実はもう手に入れておったんじゃよ」
「!!……ホウソンおじいちゃん、大好き!!」
図鑑のような本なんてそう簡単に手に入るものではない。ましてや私が今回リクエストしたような図鑑があるかどうか、国中を探すだけでも大変だっただろう。
それなのにこんなに早く持ってきてくれるなんて!!
思わず感極まってしまい、子どものころのような勢いで飛びついたら、おじいちゃんは私を笑いながら受け止めてくれた。
──そんな最中、地を這うような声が背後から聞こえてくる。
「……チッ、ベタベタしやがって。ジジイ相手にずいぶん甘ったれた声を出すじゃねえか」
「……っ!ま、マイルズ……見てたの!?」




